魔術師の仕事

５章

１ ロジーナ

ゲルハルトが住むことになったので彼の部屋を確保すべくネリーたちは普段物置として使われていた部屋の片付けをしていた
「あいつ外でサボってるな…全く、自分からここに住むって言ったんだから早く帰ってきて手伝うのが礼儀だろ」
ルカはイライラしながら買い出しからなかなか帰ってこないゲルハルトの文句をぶつぶつと言った
「あはは…なんかだんだんどっちが師匠なのか分からなくなってきたよ…」
脚立に上り棚の上をはたきではたきながら呆れたように言うネリー
僕の秘密を彼女に言うならあいつがいない今がチャンスなのか…
秘密を晒してしまったら彼女とこうして一緒にいることはできないだろう…
でも彼女のことだ…それでもいいなんて言い出すに違いない…
その時どうやって僕は彼女を突き放すんだ？そんなことできるのか…？
僕は大きなため息をつき窓の外をぼんやりと見つめた
その時、背後で何かが落ちたような物音に僕は我に返り後ろを振り返った
見るとネリーがぐらつく脚立から今にも落っこちようとしていた
「危ない！」
僕はとっさに宙に浮く彼女の体を抱きしめその頭をかばった
衝撃で僕らはそのまま床にたたきつけられた
そのあとすぐ足元に脚立が勢いよく倒れ大きな音を立てた
「大丈夫か！？」
僕は彼女の頭から手を放すと、胸の上できつく目を瞑る彼女に聞く
見たところ怪我はしていないようだ…はあ…間に合ってよかった…ひとまず息をつく
全く、ドジな子だ…でも僕はそんなネリーが愛おしくて少し微笑んだ
「あ…ごめんなさい…棚の上の荷物を下ろそうとしたらつい…」
彼女は静かに目を見開くとそう言って慌てたように僕の体から離れようとしたので僕はその手を掴み再び自分の方へ引き寄せた
彼女の鼓動が伝わる…
恥かしそうに頬を赤らめて少し潤んだ瞳で僕を見つめる彼女…こんなにも愛おしい…
「ルカ？」
困ったように彼女が言う
僕はおもむろに手を彼女の後ろに回すそして彼女の頭から頭巾を外すとその淡い色の髪をを二、三度撫で下ろし、引き寄せキスをした
何で君はこんなにも僕を惑わすんだ…失いたくない…
今の僕はこの忌まわしい契約を放棄できるのならなんだって差し出すだろう…
僕は唇をそっと離すといったん視線をそらし、そして再び彼女を見つめた
「ネリー…実は…君に言わなければならないことが…」
そう言いかけた時、突然部屋のドアが開いたので僕らは驚いたようにドア方に視線を移した
「返事がなかったから勝手に入っ…き…きゃーーっ！！」
ドアを開けたその見知らぬ少女は二人の重なり合う姿を見とめたとたん悲鳴を上げ逃げるように下へと下りて行った
「ロジーナ！？」
「ル、ルカ！？」
ルカ私を引き離すとその少女を追うように部屋を出て行ってしまった
ロジーナ？一体だれなの？
それに今何を言おうとしていたの？あんな悲しそうな目をして…
私はわけもわからず彼の後を追った
あの少女は誰なのだろう…歳は自分と同じくらいか…？
すごく可愛い子だ…もしかしたら…
ネリーはとりあえずお茶の用意をしながら、表で先ほどの説明をしているであろうルカと少女を気にするようにちらちらと見た
しばらくして話がすんだらしく二人が家に入ってきたのでネリーはテーブルにお茶を運んだ
「悪かったな、紹介する僕の妹のロジーナだ」
「あ…そうだったの…」
何だ…そういう関係か、彼の後ろから顔を出す少女はよく見ると彼と似たようなブルーの目を持ち、髪の色こそ彼とは違えど顔もどことなく彼に似ている
私は取り越し苦労にほっと胸を撫で下ろした
「あ…私、ネリー・ローランハルト、よ、よろしくね…」
少女は警戒しているかのような顔でネリーを見たので彼女は気まずそうに目を泳がせた

三人はとりあえず椅子に腰かけ、ネリーの入れたお茶を飲んだ
気まずい沈黙が流れる…
それにしても綺麗な子だな…透明感のある白い肌に艶のある長い黒髪よく映える
ドレスも高そうな生地を使っている…彼女にあう淡い紫色のドレス…
私はお人形のような少女に見とれため息をついた
「ふーん…ネリーさんだったかしら？あなた、お兄ちゃんとはどういった関係なの？」
ネリーの視線に気付いたロジーナは目を細め、長い黒髪を後ろにさらりと流しながら言った
「へ？どうって…弟子で助手で恋人？みたいな関係かな？」
突然の彼女の問いにネリーは気まずそうに目をそらしながらこめかみをポリポリとかいた
「うそー！ウソウソ！嘘よね！？こんな田舎娘みたいな子、ただの気まぐれで手を出しただけなんでしょ？さっきだって！！」
ロジーナはショックを受けたように立ち上がるとネリーを指さしながら大声をあげた
そのことでルカは飲んでいたお茶でむせかえった
「や、やだ！お兄ちゃん大丈夫！？」
ロジーナはルカの背中をさすりながら私に冷たい視線を送る
い…田舎娘って…そりゃあ来て早々お兄さんとのあんなシーン見せられたらショックかもしれないけど、いくらなんでも酷すぎる…
私はショックでうつむき押し黙ってしまった
「…ロジーナ、ネリーの言ったことは正しい、僕たちはそういった仲なんだ」
ルカがそのように言って聞かせるとロジーナは一瞬ショックを受けたような顔をしたが、すぐにつんとすますとネリーの方に詰め寄り彼女の体を調べるようにいろんな角度から見始めた
結構きつい子なのか…私は口をきつく閉じ彼女の視線を避けるように目を瞑った
「ふーん…胸もそんなないし…見れば歳も私とあまり変わらないわよね？ん？これ私の服？」
ロジーナはネリーの着ているドレスをつまみながら言った
「おまえのがちょうどあったから着せたんだ…」
ルカは気まずそうに目をそらしながら言っている
「自分のドレスは？」
「あ…人前でボロは着るなってルカに言われたから…」
恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだ
「嘘…」
ロジーナは驚いたようにそう呟くと椅子に座り、放心状態のままお茶を一口口に含んだ
「それはそうと…おまえ旦那にはここに来ることちゃんと言ってきたんだろうな？」
「そ…それは…」
そうか、彼女は結婚していると前にルカが言ってたっけ…
それにしてもこんなに若いのに人の妻なんてすごいな…
でも兄の問いに彼女の顔色が変わったのでこれは何か一波乱あるんじゃないかとネリーは思った