魔術師の仕事

阿部うりえる

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5章

4 放たれた刺客

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ネリーたちが彼らを必死で探し回っているなか、二人は町外れの森の中を歩いていた
「ごめんなさい…私の我がままに着き合わせちゃって…」
湖のほとりの草原に腰を下ろしながら彼女が言う
「俺はいいよ、でも君は人妻だろ?大丈夫なのか?俺なんかとこんなところで二人きりで…」
「うん…」
「愛してないのか?亭主のこと」
「分からないの…私、好きであの人と一緒になったわけじゃないから…」
まあこの歳で結婚したんだ、愛が何かも分からなくて当然か…
俺は彼女の隣に腰を下ろすと、肩にかかる髪を耳にかけてやりルカに似てきめ細やかな白い頬を撫で下ろした
頬を赤らめ、潤んだ瞳で俺を見てくる彼女…
やはり兄妹だな、犯される前の顔は幼い頃のあいつに似て色っぽい、あいつもこれくらい素直だったら扱いやすかったんだが…
「俺なんかの何がいいんだ?まあ、君みたいな可愛い子に好意を持たれるのは男としては悪くはないけどな」
彼女の顎を引き震える小さな肩に手をかける
目を瞑り俺に小さな唇を差し出す
それでは味わうとしようか…
唇が触れかかったその時、俺は何かの気配を感じ取った
これは…人間じゃないのは確かだ…この気配は知ってる奴だ…悪魔か…?
俺は彼女の腕を掴むと自分の後ろへとかばうように隠し辺りを見回した
これは奴だ…戻って来たっていうのか?
「どうしたの…?」
ロジーナがゲルハルトの服の裾を掴み困惑する
その時、何者かが木々の間からこちらに歩いて来る姿を確認し、ゲルハルトは目を細めた
「また会ったな?あの時はよくも沈めてくれやがったな?おまえに報復するためにはるばる地獄から来てやったぜ?」
ゾラス…こいつは俺が伯爵家から短剣を盗み出すために遣わした低級悪魔だ
あの時ちょうどあの家の召使の一人が強盗に刺されて死んだのをいいことに俺はその死んだばかりの亡骸を代償に奴との契約を結んだ
しかし使えないと分かり、俺はこいつを再び地獄に送り返したのだ
契約したのが俺みたいな悪魔だと人間の契約とは違い命をなくすことはない
こいつがここにいるってことは再び誰かがこいつを封印から呼び起こしたってことだろう
一度封印されれば自分の力ではそこからは抜け出せない、檻に入れられているようなものだからな…誰かは容易に想像がつく
俺はあの時、酒場で見たナベリウスの笑みの意味をこの時やっと理解した
どうする…彼女の前で悪魔の力は使えない…
ルカがどんな仕事をしているのかだって知らないんだ、それにあいつには言うなと言われている
「エーリッヒ…?」
その時、後ろで少女が震えながら呟いた
油断した、彼女は俺の後ろから飛び出すと悪魔の方に駆けだして行った
「おい!まて!だめだこっちに来い!」
この憑りつかれている人間は彼女の知り合いか?
俺の言葉に聞く耳すらかさず少女は悪魔の憑りついたその男に近づいていく
「ごめんなさい、私黙って出てきてしまって…私、あなたから離れて少し考えたかったの…」
ん?この男は彼女の夫か?なるほど、彼女を追ってきたところを運悪くあいつにさらわれたってわけか…
それともこれも奴の計画の一環か…
「ん?なんだ?おまえは?」
「え?どうしたの…?何を言って…」
「邪魔だ」
奴の腕が振り下ろされる
もうこうなっては力を使わざる負えない
力と力がぶつかる
その衝撃でそばにいた彼女が吹き飛ばされる
俺は高く飛ばされ落下する彼女の体を間一髪掴み上げた
「おい!大丈夫か!?」
どうやら気を失っているだけらしい
これで問題の一つは解決されたか…
それにしてもなんだ?今の力は…まるで俺と同等じゃないか…
俺は彼女を近くの木陰に横たえるとこちらを見て高らかに笑う奴の方を向き直り悪魔の姿へと変わった
「ふはは…すごいだろ?あの方がこの俺に力を下さったんだ、おまえを始末するようにとな」
やっぱりそうか…あいつは俺を憎んでいる
俺が奴の獲物であるあの男と転生の契りを結んで悪魔の力を得たことを…
俺自身にと言うより俺の中にあるあの男の力を憎んでいるのだろう…
「俺と同等の力を手にすれば、おまえは俺に勝てるとでも思っているのか?一度この俺に封印された小物の分際で」
「ちっ!」
ゾラスは顔を歪め舌打ちをすると地に異空間を呼び寄せた
怪しくうごめくようなその空間からは次々に触手のようなものが伸び出し、ゲルハルトめがけ襲い掛かってきた
ゲルハルトはすかさずその攻撃をかわす
かわしても触手は動きを止めず彼をめがけ追いかけてくる、すごい速さで
どうする…?こいつは見たところまだ生きてる…
これが知らない人間なら迷わず殺す所だが…
これじゃあきりがない
ゲルハルトは襲い掛かってくる触手を力を駆使して切り落とすも触手は再び元の形を取り戻しその切っ先を彼へと向ける
「どうした?おまえほどの悪魔ならこんなものかわしてこの人間にとどめを刺そうと動くはずだろ?まあ、今のおまえでは俺には指一本触れられないだろうがな?
それとも長く地上にいすぎたせいで人間の心が戻ってしまったというのか?」
悪魔はそう言うと再び腕を振りかざす
それが合図となって触手が彼に襲いかかる
ゲルハルトが再び力を発しようとしたその時、触手の動きが止まった
どうやらゾラスも動くことが出来ないらしい…
「な…」
「我は地の精に命ず、この者の操りし霊力の根源を取り除きて無へと返したまえ」
その言葉に地から伸び出た触手が激しくうねりだしたかと思うと出てきた異空間に吸い込まれその異空間もろともどこかへ消え去ってしまった
「なんだ!?」
動揺したようにゾラスが言う
「地のものは地へと帰したんだ」
ルカが木陰で眠るロジーナの様子を見ながら言う
はあ…こいつと二人ならこの男を殺さずに済みそうだ
「お、おまえはあの時の術者!」
ゾラスはまだ動きを封じられている
「いったいあいつに何をしたんだ?」
「人の体は地の精たちの管轄下にあるんだ、僕は彼らに頼んだだけさ
あいつが憑りついてるのは生身の人間の体だ…地に帰属するまで、つまり生きてるうちは人間の体には精霊の力が働くんだよ
おまえの知らない精霊魔術を使ったんだ」
なるほど…あの精霊使いの女に習った業か…
「それはそうと、これはどういうことだ?」
「ああ…それは後から話す…それよりまずこいつの封印をしてしまわなきゃな」
ルカが拘束されたエーリッヒへの守りの祈祷文をを唱えている間にゲルハルトは地獄の監獄へと続くであろう入り口を呼び起こす
地にはあの時と同じような深淵が口を開き罪人を捕らえるべく湧き上がってきた原始からの霊が憑りつかれた彼の体に巻き付き締め付けた
悪魔にしてみればこの霊に触れられることは死(消滅)よりも恐怖であったためそれから逃れるべく自然と人間の体から逃げ出してしまうのであった
すぐさまゾラスは大きな叫び声とともに彼の穴という穴から吹き出すように外へ飛び出すも霊に捕らえられ深淵へと引きずり込まれていった
やがてその穴も塞がりエーリッヒは地面に崩れるように倒れた
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