義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日

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義姉妹の学校生活

リベリオンてんちゃん

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 私が今日。
 家を早く出たのには理由わけがある。
 昨日の夜、遅くまで書いた、お姉ちゃんへ思いを伝える手紙。
 これを、お姉ちゃんの机へ忍ばせるためだった。

 もうこんなの嫌だ。
 お姉ちゃんから全く話しかけられないなんて。
 もう日に日に心が廃れていった。

 あの日。
 私が、お姉ちゃんを責め立てたあの日。
 そこから、ずっと後悔をしていた。

 言い過ぎてしまって。
 思ってもないことも口にしてしまって。私は最低な人だ。
 お姉ちゃんを好きになる資格は私にはないと思ったけど。
 やっぱり、お姉ちゃんが藤崎桃杏と話してるのは凄く嫉妬する。

 だから、今日伝えるのだ。
 自分の気持ちを。
 ごめんなさいって。

 まだ。7時半。
 こんな時間に学校に来るのは朝練をする部活くらいだろう。
 だから、教室には誰もいないはずだ。

 そう思って。教室に来たはずなのに。

「……なんで?」

 教室の外でぽつりとこぼす。

 一人。
 お姉ちゃんの後ろの席の、藤崎桃杏。
 その人がいた。

 隠れて、その人の様子を確認する。

 タイミング悪すぎないか。
 よりにもよって、何で今日いるんだ。
 いつも、私たちより遅くに教室に来るじゃないか。

 と思っていたら彼女は、自分のカバンから何かを取り出して。
 周りをキョロキョロしながら、お姉ちゃんの机の中へといれた。

 何、いれてんの。
 いや、あれは。私と同じだ。
 手紙をいれていた。どう見ても。
 なんの手紙?
 まさか、ラブレターなんてわけないよね?
 ……見たい。
 プライバシーの侵害以外の何物でもないけれど。

 ……でも。
 何をいれたの。
 もやもやが生まれて、どんどん大きくなる。

 普通に教室に入って、藤崎桃杏の横を通過する。
 なんとなく、私の手紙はいれなかった。


※※※※※※


 放課後になった。
 まだ教室には、人がざわめいている。
 ちらりと後ろを見てみたら、お姉ちゃんは何か考え事をしているようだった。
 ……そして、藤崎桃杏はもういない。
 帰ったのか。そう思ってホッと胸を撫で下ろす。

 お姉ちゃんは、藤崎桃杏の手紙を確認したのだろうか?
 まぁ、今はどっちでもいいや。帰ってくれたのだから。
 この二人の間に今日は何も起こらなかった。
 それでいい。

 私の書いた手紙を、さっさと帰ってお姉ちゃんの机の上にでも置こう。

 私はそそくさと、机の中の教科書をカバンの中にしまう。
 全部入れ終えて、カバンを手に持ち踵を返す。

 が。
 後ろの席にお姉ちゃんはいなかった。
 カバンは机の上に置きっ放しである。
 いや、それ自体は普通なのだ。
 職員室に行ったか、トイレに行ったかだと思う。

 だけど。
 あのカバンの中か机の中に、藤崎桃杏の手紙がある。

 もう無意識で体は動いていた。
 見てみたい欲を抑えきれなかった。
 いや、抑える気なんてなかった。
 ただただ見てみたかったのだ。

 机の中を、少し屈んで頭を横に倒して見てみる。
 スッカラカンだった。

 次に、カバンの中を見る。
 チャックは開きっぱなしで、不用心だなと思った。

 両手で探る。
 そして、それらしきものを見つけた。
 というか、完全にそれだった。

 封筒だ。
 剥がされた痕跡のあるハートのシール。
 ハートの時点で答えはもう出ている気がしたけど、中身も取り出す。
 こっちもハートだった。
 ……藤崎桃杏はハート大好き人間なのか。
 なんて少し余裕ぶったことを考えていたけれど、その余裕はすぐに消え失せる。

 手紙の内容が。
 もう、あれだった。
 あれだったのだ。
 それを表す語彙力が欠損してしまう。

 私は気付いたら走り出していた。
 『体育館裏』。
 その場所へ。

 はたから見たら、私はヤバイやつだろう。
 突然、後ろの席の人のカバンを漁りだしたと思えば、途端に走り出して。
 もうその様子は、狂ってる以外の何でもない。
 でも、走り続ける。
 手遅れになる前に。

 だからと言って、お姉ちゃんが藤崎桃杏の告白を受けるとは考え難い。
 それでも、怖い。
 だって。藤崎桃杏は、性格はあれだけど顔はいいから。
 告白の雰囲気に当てられて、何かの拍子にうっかりOKをしてしまうかもしれない。

 お姉ちゃんは、私が言うのも何だけど優柔不断なところがある。
 変な返事をして、相手にいいように捉えられて、強引に付き合わされる可能性も無きにしもあらず……な気がする。
 だから。
 早く行かないと。

 下駄箱で靴に履き替える。
 一つ深呼吸をして、再び走り出す。

「はぁ。……っはぁ」

 胸が苦しい。
 意味は二つある。
 けど、それについて細かく考えられる余裕はない。
 ただがむしゃらに走り続ける。

 私は今、酷い顔をしているだろう。
 汗でびっちょり額を濡らして、顔を左右にブンブン振り回しながら走って。

 そしたら、やっと体育館が見えてきた。
 体育館の側面を伝って、裏へと回る。

 見えた。
 藤崎桃杏とお姉ちゃんが。
 二人は今、だんまりしている。
 私は、お姉ちゃんの背後まで駆け寄った。

 瞬間に。
 藤崎桃杏が目を大きく見開いて、こっちを見た。
 彼女の頬には、若干泣いた痕跡がある。

 どこまで話しているのだろうか。
 泣いているということは、お姉ちゃんは断ったっていうこと?
 分からない。

 私だって、ここに来たはいいが何を言えばいいのか分からない。

 お姉ちゃんが振り向く。
 笑ってはいないけど、嬉しそうな顔だった。

 可愛かった。
 こんな顔を見たのはいつぶりか。

 そんなお姉ちゃんの顔を見て、私は。
 わけも分からずに。

「私の方が! お姉ちゃんのこと大好きだから‼︎」

 大声で、藤崎桃杏に言ってみせた。
 本当に意味が分からない。

 どこからかその声がやまびことなって跳ね返ってくる。
 陸上部の掛け声よりも、体育館のごっちゃになった音よりも、吹奏楽部の華やかで壮大な音よりも、学校中のどんな音よりも、その声はでっかくて想いがこもっていた。と思った。

 呆気にとられている二人を無視して、私はもう一度。

「大大大大好きだからぁぁ‼︎」

「「…………………………………」」

 一同沈黙。
 その沈黙に、ハッと我にかえる。

 あぁああ。
 言ってしまったぁ。
 言ってしまったよぉ。
 ばかばかばかばかばかばかばか!
 恨むぞ私め。

 んー。でも。
 これでよかった。
 これでいいんだ。
 この状況で、一番有効な戦術だったと思う。……多分。
 じゃないと、恥ずか死してしまう。

 ふと、お姉ちゃんに目をやると。
 頬が緩んで、抑えきれないかのようにくすくすと笑い出した。
 笑うな! 可愛いけど。

 その様子を見てか、

「あぁ。なるほど。ね」

 何かを納得したかのように、突拍子もなく藤崎桃杏が頷いた。
 多分、勘違いされてるぞ。
 私と、お姉ちゃんが付き合ってるって。
 変な噂を広められそうで怖いなぁ。なんて思ってしまう。

「……そっか。そっかぁ」

 あはは。と乾いた笑い声をあげる藤崎桃杏。
 その声は、かすかに震えていた。
 きっと、彼女は今、失恋を味わっている。

「…………っ」

 バッと、かかとをこっちに向けて、走り去っていた。
 腕で、目元を押さえながら。

 私は悪い女だ。
 その状況を見て、勝ったと思った。
 表情筋が緩みそうになる。

 いや。でも。
 問題はまだある。
 お姉ちゃんに謝らないといけない。

 と思っていたら、

「……てんちゃん。さっきの、もう一回」

 突然。そう言って、要求してきた。
 ……さっきのって、めっちゃ恥ずかしいやつのこと?
 というか、藤崎桃杏のことには何も触れないのか。
 それはそれで薄情な気がする。なんて心の中で笑う。

 それよりも。
 久しぶりに聞いた「てんちゃん」だった。
 その言葉の響きは、やはりいいものだ。

 んなことを考えつつ、一応私は要求通りに言ってみる。

「……大好き。だからぁ」
「覇気がない。もう一度」

 リテイクを乞われた。
 いや、恥ずかしい。
 ただでさえ、久しぶりに言う「好き」なのに。
 まぁ。嫌じゃないから、普通に言えるけど。

「大好き!」
「……うん。ありがとう」

 お姉ちゃんは満足したように、軽く頷いた。

「あの。さ」

 そう切り出したのは、お姉ちゃんからだった。
 声色は少し、寂しげなものとなっていた。

「……前は、あの時はごめん。ずっと言おうと思ってた。これを。やっと言えた」

 先手を打たれたというべきか。
 本当に申し訳なさそうに言われてしまう。
 これを言うのは、私の方なのに。

「ごめんはこっちのセリフ。……あの日は、嫉妬の気持ちが凄く大きくてさ、あんな傷つけるようなこと言っちゃった。ごめんね」
「私の方が悪いよ。なんだろう。……てんちゃんに、ぎゅーとかしなくなって。だからてんちゃんは不安になったんだよね。ごめん。嫌いになったんじゃなくて、てんちゃんとは一緒にいるだけで幸せだったから。……それについて、頭の中でそれは『好き』じゃないんじゃないかとか考えたけど。それでも、やっぱり好きだよ」
「……うん。なんかややこしいね」

 笑う。「あはは」って。
 対してお姉ちゃんは、はにかんだ。

「……じゃあ。てんちゃん。……今、しよーよ。ぎゅー」

 またまた突然にそんなことを言ってきたけど。
 私は即答する。

「うん。いいよ」

 お姉ちゃんの方から私に抱きついてきた。
 懐かしい感触だった。柔らかい。
 二の腕を触ってみたら、崩れそうなくらい柔らかかった。
 本当に例え方が悪いけど、お豆腐みたいだった。
 今の時間帯は温度的に暑いけど。
 それでも、てんちゃんのハグは温かかった。

「ねぇ。てんちゃん。キスしよ。口同士で」

 耳元で囁かれる。
 甘くトロトロとした声だ。
 今のこの雰囲気に、お姉ちゃんは当てられているんだなって思う。

「……それは。ダメだよ」
「……んー。頑なだ。てんちゃんって」

 断った。けれど。
 本当は、もうしてもいいと思えるようになってしまった。

 あの、保健の授業以来だ。
 LGBTQだっけ。
 女同士という私たちの関係は、おかしくない。
 家族同士だからって、血は繋がっていないのだから。
 普通なんだって知った。

 でも、今はしない。
 また今度でいい。
 ロマンチックな場所で、ロマンチックなキスを。
 お姉ちゃんとしたい。
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