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今からお前の身体をぜぇんぶバラして朝まで遊んでやるんだからよォ……お前がゲロ吐こうが血尿流そうがクソ漏らそうが俺はやめねぇよ……
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絵画が三枚ある。川名の書斎の中に残された二条の視界の端に黒い獣が一頭おとなしく眠っている。立ち上がっても反応は無し。同じ獣とはいえ、ノアとは性格に違いがあるらしい。川名の犬ではなく、川名が何の為かどこかから借りてきた犬、見張りとしての機能も無い。書斎の壁にかかっている三枚の絵。二条が川名の私邸の書斎に上がることはそう多くないが、前回見た時とは違う絵が掛けられれているようだった。二条は暇つぶしに絵を眺めた。
一枚目、風景画。丘の上から描かれた太陽の沈む絵、太陽の色彩が紫がかり夜の帳に降りて周囲が黒く沈み全体的に憂鬱な印象である。二枚目、抽象画。一見何が描いてあるかわからないが、赤と黒の色彩の中に何かが吊り下がっていて銀色の線が無数に走っている。まるで何か切りつけるように。三枚目、印象画。暗い路地風の通路の向こう側に、ぼんやりとした影が立ちはだかっている。それは、男だろうか。影は背後から強烈な光を浴び、そまるで見ている人間の方まで伸びてくるようで……。
『薫……?なんだよお前、緊張してるのか?』
強烈な光を背に男が立っている。光の下に、リングが照らされて、前座の男達がやりあっていた。
大学の学園祭でのプロレス試合興行である。
一回生で入り立ての薫が本来出られる場所でもないのに、壮一の相手をしないといけないことに決められている。
練習でやるのと、知らない人間が見ている前でやるのでは、違う。練習でさえ、そもそも乗り気ではなかったのだ。ただ周りに言われるがまま、やっていただけ。舞台袖は薄暗いが、その中でも壮一が笑っているのがわかった。彼は馴れ馴れしく身体に触れてくる。昨夜と同じ手つきで。
「……、……。」
彼の顔があまりに無遠慮に近づいて来る。周りには誰もない。外の音が、遠ざかっていく。誰もいないからといって、詰めすぎでは無いか、先に視線をそらしたのは薫だった。光輝く方を見ることもできず、視線は壮一の首のあたりを不自然に彷徨った。締められた、痕。
「お前が緊張しいだっていう、意外な一面が見られて良かったぜ。」
喉ぼとけが愉快そうに、上下に動いている。その動きを、止めてやりたい。
「……、ああ、そうかよ……」
「でも、困るなぁ……。台本通りに練習通りに、それなりに俺と奮闘してもらわないと。俺が一方的にお前を蹂躙する展開じゃ誰も面白くないだろ。」
永遠に。
「別に。俺は最初から面白くないから。」
壮一の喉の動きが止まった。鬱血痕が汗に濡れている。
「……FUCK YOU……」
先ほどより一段階低い冷めた声が降って来た。思わず顔を上げると、壮一の顔からは笑顔が消えていた。
「なるほど、なるほど、全面的に俺の脚本を否定するのか、ここに来て……。だったら、なんでもっと早く言わない。お前が納得いってないなら、いくらでも修正できただろ。いやいやつきあってやってたってか?え?」
「……」
その通りだよ、とは言わない。そもそも馴れ合いは嫌いだ。壮一だから手を合わせてもいいというだけの話で、そのほかの人間及びプロレスそれ自体にまだ薫は興味も糞も何もなかった。
「自分が都合悪くなると直ぐ黙るよなお前。お前がそういうつもりなら、いいよ……、俺が一方的にお前を叩きのめして早々に終わらせてやる。」
「……さっきの話じゃ、それじゃあ誰も面白くないんじゃないのか?」
「関係ない。今優先すべきなのはお前への指導だとわかった。それだけだ。」
「指導?指導だって?なんだよ、えらそうに、大体……昨日、」
とまで言って、薫は口ごもった。
今、俺は何を口走ろうとした。動揺したまま壮一を見た。
壮一は薫の動揺とは対照的にまったく冷めた瞳のままだった。それが一段と薫を厭な気持ちにさせたのだった。
「俺がお前を自分の私欲でいかに甘やかしていたかわかった。公私混同しすぎていた。俺も悪いね。これじゃあ会のためにならない。後輩たちのためにもならない。反省してる。俺は今もう、台本通りやる気はない。」
壮一は薫に背を向け、さっさと声援と音楽の向こう側へ行ってしまうのだ。
「なんだよ……!自分だけ言いたいだけ言って………!!いつもいつも……!」
結局、衆人環視の舞台の上で始まったのは、演技でも何でもない、ただの、取っ組み合いの喧嘩である。ただ見栄えのする喧嘩である。薫の身体の中から緊張は全く消え失せていた。あまりに私情が大きくなりすぎて、周りが見えなくなった。双方武の心得があるから、傍から見れば、痴話喧嘩ではなく単なる派手な試合に見えた。流血もある。悲鳴も上がったが客足が引くことは無く、逆に盛り上がる。
ただプロレス研究会の面々だけが、顔を青くしていた。舞台上のふたりが、台本をはじめから完全に無視して自由試合、決まっているはずの勝敗も無視で、全くプロレスをやっていないことを理解して、動揺していた。レフリー役が何とか場を持たせようとするも、ほぼ意味をなしておらず、吹っ飛ばされる始末である。
「ほら……流石にもう、限界じゃない?痛いだろ?どうだ、少しは反省したか。」
薫の視界は揺れていた。関節技をかけられ、左肩が、抜けそうで、抜けられない。しかし、向こうだってダメージが無いわけがないのだ。終われない。これでは。しかし、さらに彼の太ももがきゅううと、締まるのだった。
「反省…‥?何を?」
必死にそれだけ言う、忍び笑い。
「ふーん、あ、そう、じゃあもう手加減しない。お前は強いし、まだまだ強くなる、けど、悪いけど俺の方がこの筋では先輩なんでな。これはもう”破壊”して教えてあげるしかないね。まー……一ヶ月、かな……。」
そこから先の記憶が無い。気が付いた時には医務室に寝かされ、遅れて肩に激痛が走り、歯を食いしばった。
「肩関節脱臼。」
大学の勤務医が呆れた様子で薫を覗き込んでいる。医務室にはその女医師しかいない。外では祭が続いている。
「しばらく絶対安静だ。」
重い腕を抱え、医務室を出た。衣装の上にジャージを羽織っただけの壮一がベンチに腰掛け、待って居た。
「てめぇ、どの面下げて……」
「帰るか。」
「はあ?」
壮一は立ち上がって薫を見たが、いつもの通り食えない笑みを浮かべている。
「ああ、ごめん、やり過ぎたね。でも、ああでもしないとお前、終われなかっただろうからさ。」
「……。俺が?……。お前がの間違いじゃねぇ?」
「…‥、……。ああ、うん。どっちでもいいよ、そんなことは、もう。お前がそう思うならそれでいいさ。途中からお前、愉しかったろ。それが伝わったから、もういいんだよ。愉しいだろ、プロレス。まぁ正確にはあれはプロレスとは到底呼べないが、客は盛り上がってたわけだし、終わり良ければ総て良しってね。やっぱりお前はセンスあるよ。うん。一応結果は”台本通り”俺の勝ちで終わったしな。あは!」
「勝手に自分の中で完結させて満足してんじゃねぇぞてめぇ……人の肩壊しておいて……!」
「はぁ?そりゃあお前が意地を張るから悪いんじゃないか。お前がプロレスをしないから悪いんだろ。今度からは止めろよな。俺もやりたくてやった訳じゃないんだから。それにぃ~、悔しいならさぁ~、腕治ったら俺に同じことをしてみせたらいいだろぉ、別にぃ、いつでもぉ、どこでもぉ、受けて立つからね!ああ、そうだ、そういう台本創ってやってもいいよね、お前のために、俺がね。」
「……。……。」
「そうだ、何か食いたいものある?なんでも奢るよ。初戦祝いね。出店も多いし周ってみるか。まだ時間はある。」
壮一の手が、痛くない方の薫の肩に触れたのだった。触るんじゃねぇ!という出るべき言葉が、咄嗟に出なかった、そして、振り払いもしなかった、その事実が自分でも意外だった。その時点で、もう、負けている。俺は今、この男に、勝てない。
肩に存在するはずの無い何かを感じて二条は鼻で笑った。今の間宮が、川名に個人的に使われることは別に今に始まったことでは無い。そのこと自体は、マイナスでも何でもない。ただ、霧野のことがあったせいで、以前に増して、まだ、奪う気なのかという気分にならないでもない。
「川名さんっていい人だね。」
間宮壮一がふとした時にそう言ったことがある。金持ちの道楽に飼われていた壮一が川名の協力の元、二条の元に戻ってしばらく経ってからの話だ。二人とも既に川名とは面識が出来て、食事も共にする仲である。二条は黙っていた。二人は、闇の中に横たわっていた。
「俺達みたいな関係性を理解して、ただ、支援してくれるんだから。」
ただ、その「タダ」が怖いんじゃないかよ。背後から身体に壮一の腕が回される、そのままゆっくり腹を胸を首筋をつたい顔まで上昇してくる感触。暗闇の中で、その両手が二条の顔を探り当て、頬を擦り瞳を覆うと闇が一段と濃くなる。同時に空気の濃度も一段濃くなった気がした。息苦しい。
「また、お前は俺に黙って、何か考えている。……。いいさ、別に言いたく無ければ、何も、言わなくて。こうしていられれば、満足だから、俺……。」
それは本心からの言葉なのか?
それとも俺を依存させるための嘘か?
手を重ね合わせれば、一層闇が深くなった。でも、反対に、闇の中で壮一の輪郭その熱を背中で感じるのだった。当たってる。散々したのに、まだ。
「……いちいち……いらつくんだよ……てめぇは……」
振動。くすぐったい息が首筋にかかる。また、笑ってる。薫の中で千切れそうになっていた何かが、切れた。
重ねていた手を外し、手首を掴みそのままベッドの上で、揉みあい、いつかの再現のように今度は薫が壮一の左腕に関節技をかけていた。リングではなくベッドの上という違いはあるが、同じ構図で、ギリギリと圧をかけていく、これだけ締めれば随分痛いはずなのに、まだ、笑っている。くぐもった声が聞えてきた。
「いらつくって?何に?妬いてんのか?ふふ……」
「このまま、外してやろうか?」
「……、……、……、」
「OKってことね。言っとくけど、この時間じゃもう普通の病院は開いてねぇぞ。」
「いいよ別に、さいあく、自分で、応急処置、できるしね、……、……」
聞こえないはずの彼の鼓動が、荒波のような激しい鼓動が、聴こえるような気がした。
「ああ……そお……」
鈍い音と共に、左肩が根元から外れると、流石に、悲鳴こそ上げないがベッドの上で顔を青くして震えている。だから言わんこっちゃないんだよ。顔がこちらを向く前にベッドの上に立ち上がってその横っ面を、顔面の左側を踏んだ。それから徐々に耳の下あたりの一点に体重をかけていくと、流石に壮一も悟ったのか必死に抵抗しようとするが、その為の腕が今、根元から外れていて上がらないようになっているのだから、全部無駄な行為である。
「自分で応急処置できんだろ、やってみろよ、ほら、うぜぇから、今からこっちも外してやるからよぉ……嬉しいだろ。人体の関節、仕組みについてはお前からよく教わったから……」
そのまま、顎を外したのだった。激痛に唸ってようが、関係ない。もう話せないどころか、まともに閉じれもしない。外れた骨を戻そうにも、お前の利き腕、左腕が今の不自由な状態じゃ到底無理だろうし、反対側の腕はもうこちらが抑えている。あとはその開きっぱなしで涎塗れの締まりのない穴を、欲望で塞いでやるだけだ。拒絶できないから、奥まで、呼吸できない程深くまで突いて、塞いで犯してあげる。口の端から泡と血が、噴きこぼれて染みが拡がっていった。さっきまで背後で余裕こいてニヤニヤしていたとは思えない程に彼は顔面を青くしたり紅くしたりして、忙しい。部屋中に苦い臭いと血生臭さが広がっていくと同時に、二条は自分の中で血の流れが速まっていくのを感じた。止めたい、でも、止めない。
彼の緑がかったその瞳がぐるんと上を向いて昇天しそうになる度、喉に牡を突き入れるのと同じ要領で、その都度、鳩尾に強く、膝を突きいれてやった。くの字に彼の身体が折れ曲がり、さっき食べた夕食が出てくる。膝頭で、彼の内臓歪み、せりあがり、上昇を感じると、二条の雄はみるみる高まって吐息した。壮絶な連続膝蹴りによって、壮一の昇天した意識は、すぐにこの、地上へ堕ちてくる、二人きりの地獄へと、舞い戻ってくるのだ。呻き声と共に。二条は、壮一の雄を探り当てた。もちろん勃起している。そういうところがイラつくんだよ。だから、何度も壊して、何度も再生させてあげる。ずっと、ずっと、壊れるまで。何度も。何度も。
「次はどこがいい?左脚?右腕?それとも全部ゥ……?」
答えは無い、呻き語が何か叫び、言っているが、もう言語として全く成り立っていない。
上にのしかかった。吐息が入り混じる。
「お前は全く動けない状況で俺に滅茶苦茶に犯されるのが好きだったよな。いちいち七面倒ぇお前のだ~ぁい好きな拘束なんかしなくても、こういう手もあるってことサ…‥何だ?その目は。ふふふふ、やめろって?アハ!!!………。やめるわけねぇじゃんヨ……、今更……お前からふっかけてきた癖ニ……、大体なんだ?川名が良い奴?どこが?言ってみな……、ふふ、だ、か、ら、サァ~、さっきから何言ってっかわかんねぇんだヨ……そんなに川名がいいならまた!身売りでもすればァ?!とめねぇよ…‥、流石に、ここまで酷いことされねぇかもよ?だって、俺が今からお前の身体をぜぇんぶバラして朝まで遊んでやるんだからよォ……お前がゲロ吐こうが血尿流そうがクソ漏らそうが俺はやめねぇよ……、絶対に。クリーニング代はてめぇが全部出せよ。」
携帯が鳴った。川名からの呼び出しである。犬が勝手について来るだろうから、そのままついて来るままにさせると良い、それから部屋の隅にあるアタッシュケースも持ってくるようにと言われ、電話は切られた。その通り、犬はおとなしく二条の三歩後ろ程の距離を保ってついて来る。黒の間は、襖が黒く塗られた広く太い梁も通った和室である。その広間は”日常的には”あまり使用されない。大体、特別な時に使うことが多かった。
呼び出された間を開くと、部屋の中心で間宮が霧野と裸でもつれ合っていた。大方そんなことなんじゃないかと思っていたから特に驚きもしなかったが、一言、ことわるべきじゃないのか?俺に。
裸の雄二頭を挟んだ反対側の襖側で川名とノアがそれを見ている。
川名は視線を上げ「ああ、遅かったじゃないか。迷った?」と問うた。
「ああ、少し遠回りしてしまったかもしれませんね。この家は、広いので。無駄に。」
犬が中に入ったのを確認して後ろ手に襖を閉めた。
「どうだ二条、久しぶりに少し勝負でもしないか。俺と。」
二条は珍しく少しだけ気が立っていた。もつれ合う雄同士の裸体を挟んで淡々と会話が続く。
「いいですけど。一体、何をやるってんです?」
「そこの犬とお前の奴隷のどっちが強いか闘わせるんだよ。前も似たようなこと、やっただろ。何回か。」
「……嗚呼、なるほどね……、いいですよ……。勝ったらどうなる。これも前と同じ条件で?」
「そうだね。お前がそれでいいなら、それがいいよ。ただし、殺しは無しで。」
今の間宮から二代前の間宮とその頃川名が慰み者にしていた玩具で闘わせてみたことがあったが、その時はどちらも、今の所有物に飽いていたから、最終的にその場で殺し合いにまで発展したのだった。本来は、勝った方が負けた方の所有物を一晩好きに扱っていい(殺しも込で)という条件だったのだが、その前にオワッテシマッタ!つまらない、非常につまらない遊びだったことを、今でも覚えている。不味すぎる料理を逆に忘れられないのと同じで。
ただ一つ今ひっかかるっていること、それは川名は霧野のことを、「そこの犬」と表現したものの、明らかに自分の所有物として扱っていることだった。所有物同士を戦わせる遊びをしようというのだから。
犬……。二条は思った。この霧野遥という人間が、一匹の雄犬として、今目の前の男を、この状況下で取り込もうとしているのではないか、と。川名の口から、殺しは無し、とも言わせている。だとしたら、だとしたら……。
「組長、ひとつ、つまらないことを聞いてもいいですかね。」
「つまらないこと?……なんだよ。」
「どうして、殺しは無し、なんです?今回に限って。甘くねぇですかね?」
川名は少しの間黙っていたが、動じる様子もなく、微笑んだ。
「逆に聞くが、いいのかな?お前、今の間宮を失っても。お前がせっかく育てたそいつを、俺がゴミのように殺してもいいっていうのか?譲歩してるんだよ、俺の方が。だって、お前が、可哀そうだからさ……。」
……、……、……。
「……。あは、そんなつまらない挑発しないでいただきたいですね。ご心配なさらなくても、どういう勝負をするのであれ、今の状況で間宮が負けるってことの方がまず考え難いな。俺が心配しているのは、組長、貴方が、その男に入れ込み過ぎているということですよ。誰も恐ろしくって言えねぇようだからよ、俺が言ってやりますよ。一応断っておきますが、別に本来俺が欲しかったから、手に入れたかったからという理由、負け惜しみで言っているわけじゃねぇですよ、本来さっさと処理すべきところの人間に対して、何やってんだよアンタ……ってことが言いてぇだけだよ。おわかりいただけたか?殺しは無しなんて、以前のアンタなら絶対に言わなかったはずですからね。……ま、いいや……、どーでもね……どうせ俺達が勝つからね。アンタはお気に入りの玩具を一晩とはいえ、取り上げられるわけだ、俺に!そうしたら、多少は目が覚めるでしょうよ。少し熱が入りすぎなんですよ。飽き性の貴方には、ちょうどいい休暇になるでしょうナ。そうだな、ついでに新しく卑猥な刺青でも彫ってやりましょうか、アンタの描いたのの上からね。」
間宮は身体を起こしながら霧野の様子を伺い、覆いかぶさった。薄く張りのある瞼の下で眼球が動いている。間宮は霧野の頭を抱え込むようにして、上に跨り圧し掛かり、軽く自分の膝を霧野の鳩尾に入れ体重をかけた。う゛、小さな唸り声とと共に、瞼が薄っすらと開いた。
「霧野さん、今の状況理解してる?」耳元でそう尋ねる。霧野は周囲を伺うように見て、理解していないという眼差しを間宮の方に向けながら、口内に、間宮の精液の味を、感じて、苛立った。しかし咄嗟の行動ができない。間宮はそんな霧野を尻目に「霧野さん、今は俺に敗けておいた方が良い。」と密やかにいうのだった。「負ける?……何の話……。」「今、組長と二条さんが俺達を何らかの方法で競わせようとしている。で、勝った方が、負けた方の奴隷を一時的にとるっていう、ゲームだよ。まぁよくある話だ。俺が二条さんの側、アンタが組長の側だ。俺が勝てば、一時的とはいえ、組長の元から離れられるよ。もう、うんざりじゃない?俺達と外に出た方がずっと霧野さんのために良いと、思わない?だから、わざとでも、負けた方が良い。俺と出ようよ、外に。」「……。」「まぁ、もし霧野さんに、どうしてか、その気がでないっていうなら、俺も、ただ、本気でやるけどね……。二条さんを負かすわけにもいかないし、それから、お前のためにもね。」霧野の身体は目覚めたばかりでも熱く火照っていた。寝覚めから異様に内側から疼く、身体。「てめぇ……、俺の寝ている間に、何してた……」霧野の眼が細く訝し気に間宮を上目づかっていた。間宮は意味深な笑みを浮かべ霧野の問いにはなにも答えないまま身体を起こしてしまった。霧野の周囲が一気に明るくなり、部屋の全貌が見渡せるようになった。自分達を挟んで、二条と川名が向かい合って立ち、双方に黒い犬が一匹ずついる。奇妙なシンメトリーな構図である。
「……。言いたいことはそれだけか?俺はね、二条、お前ならわかってくれると思っていたけど、人間の適性や特異性について考えるのが好きなんだよ。澤野に意外な特性があることに気が付いたから、そこを伸ばしてやっているだけだ。俺のためであり、澤野のためであり、ひいては組織全体の為である。お前の私利私欲とは違うんだ。わかるか?まぁ今のお前に何言ったって何もひびかないだろうけどね。だってお前、今、めずらしく俺への殺意が隠しきれてないぜ。そんなに嫌だったのか?俺が勝手にお前の玩具で遊んだのが。で、どういう勝負が良いとか、ある?お前が決めてくれて構わないよ。俺は。」
川名が言った。
「じゃあ、ここは、きわめてシンプルに行きませんか。単純な闘争。好きでしょ、そういうのも。」
「ああ、俺というより、お前の好きな肉弾戦ね。それも一興、まぁ、双方いい具合に消耗しているから、ちょうどいいといえばいいかもしれないが、今日はもう、これ以上俺の家を破壊して欲しくないんでな。何か破壊した度に罰符を支払ってもらうことにしてもいいけど、そうするとシンプルさは無くなってくる。相手に何か意図的に破壊させてやろうという戦略が絡んでくるから。ま、今、この低能共にそんな戦略が立てられるのかは謎だが、それでもいいのなら。」
「なるほどね、じゃあさぁ、もっと、シンプルな方法で、いきましょうか。まぁ……、組長が良けりゃあの話ですが、ね……。ふふ。」
「なんだ?やけにもったいぶるじゃないか。言えよ。」
「至極単純なゲームですよ。間宮にアンタのブツしゃぶらせてやるから、そいつは俺のをしゃぶるわけ。そうして先にイカせた方が勝ちです。どうです……?実に簡単で、手軽で、勝敗もわかりやすいでしょ。」
「……、……。」
「……ねぇ、今、組長が考えていることを当ててやりましょうか。”勝てない”、今、一瞬でも、そう、思ったんじゃないですか。俺に、勝てないってね……。でも、自分から俺に対して勝負の内容を決めて良いといった手前、下りたくても、下りれない阿保。そういう状況。アンタはそういう性格だし、そういう性格じゃなきゃこの世界でやっていけない、俺もついていってないわけだから、いいんですけどね……いかがか?」
「半分正解半分不正解ってとこかな。……。あんまり人を、なめるなよ、二条。いいよ、その勝負、俺は受けるよ。悦んで。……おい、駄犬……いつまでそうやって寝ているつもりだ。こっちに来い。」
勝負の内容は当事者ではない二人が淡々と決めていくのだった。
当の本人たちには参加する権利のみが与えられているだけ。意志は一切尊重されないどころか、存在しないものとされている。強制参加である。最初から参加するとかしないとかの権利は本来存在しない。
霧野は身体を川名の方へ身体を向けた。身体の奥からどろどろが出ていって、気持ちが悪い。霧野の口からは意図しない喘ぎ声が漏れていた。身体が未だ、起きてない。自分の身体では無いようでうまく動かせない。気が付くと物凄い力で首根を直接つかまれ、頭ごと引っ張られ乱暴に地面に引きずり転がされていた。手袋をした川名の足元に。
倒れたまま間宮の方を仰ぎ見れば、いつのまにか二条の足もとに蹲って少しも動かない。霧野が初めてドッグランに来た犬のように周囲を気にするような、そんなそぶりを見せていると、再度顔を鷲つかまれ起こされて、川名の方を向かされたかと思うと、右から左から勢いよく顔面を強く叩かれた上「今何故俺が叩いてやったか、わかるか?あ?」と問われる。即答を求められている。満足いく回答を心から求められている。今。
「……俺、……私が、集中力を欠いていたから……わざわざ、お手を煩わせ、穢してしまい、申し訳ございません、ありがとうございます。目が覚めました。」
と、自ら無理やり、というかもう勝手に、頭を下げながら無理やり言っている内、心が、肉の、内側の熟れた部分がどうしてか、くすぐったくなって、たまらなくなってきてしまう。
今だって、まだ、殺してやりたいのに……。何故……。嫌で、仕方ないのに……。
「目が覚めたようで、何よりだ。ところで霧野、お前負けたいなら、別に、負けてもいいぞ。闘わず逃げたっていい、お前がやりたくないのなら。降りたら。」
「……え?何、だって……?」
「厭でたまらないだろう?二条の快楽のために必死になるなんてお前にできる訳ないよな。だから負けたら負けたで存分に、二条のためだけに奉仕できるように調教されてきたらいい。別に俺は何も気にしないから。ただし、お前が戻ってくる場所はもう無いと思えよな。その程度の軽い忠誠など俺に必要ないから。」
ガリガリ、と川名の親指が畳を引っ掻くように動いていた。
(なんだ?……言ってることが滅茶苦茶じゃないか。何も気にしないと言いながら、明白に何か期待している…‥俺に。)
『君には期待している』
顔の無い男達から淡々と送られてくる指令。最初は刺激的だった。体のいい左遷と分かっていながらも、俺にだから任せられた仕事なのだと自分を言い聞かせ続けた。日のあたらない建物の奥で書類整理させられたり陳腐な事件の事務処理をさせられているより、まだ、ずっといい、と。でも、だんだんわかってくる。彼らの、偽の言葉、偽の笑顔、偽の感情、全部、嘘。都合の良い。ただ、厄介者を処理したいだけ。ついでに成果もあげられれば美味しいくらいにしか思ってない。知ってた。知らないふりをしていただけ。独りが好きな癖に、偽の、帰属意識を高めていたかっただけ。ごっこ遊び。本当はこの世のくらだらなさ、虚構性、その全てに、絶望している。
いや、何を流されている……。今、そんなこと、関係ないじゃないかよ……、真面目に必死になってまで二条のをしゃぶらなくてもいいと言われているんだぞ。最初から、やる必要が無い勝負じゃないか。こんなふざけた要求は、拒否できるのならば、本来、100%拒否すべきで、それで……?負けると二条と間宮と一緒にこの屋敷を後にすることになる。そうだ……、いいじゃないか、別に、こんな男と、離れられて。その代わり、二条から調教を受ける羽目になるとしても……、つまりこれは、珍しく、自分に選択肢があるということ?川名か、二条か、の、最悪の二択問題ということになるが。
このまま、何もしなければ勝手に二条の方に身柄が行くことになる。そうなった場合、川名の興味は、失われることになるだろう。それが一過性のものか永久的な物かは、わからない。わからないが、今までこの男と居て、それなりにこの男の性格を知った上で考えると……。と、ここまで考えることを想定して、川名が霧野に、つまり「負けることは許されない」と命令されているということが、わかってしまった。しかし、ことに男性同士の口淫という行為で間宮と同じ土俵で戦うこと自体、二条の言う通り不利であることは、身をもって知っている。
霧野は、川名の方を仰ぎ見た。いつも通りの冷めたすべてに飽いた様な横顔だった。二条達の方を眺めているようだが、今だって何も愉しんでいるようには見えない。自分で吹っ掛けておいて、まるで他人事の様。全てに絶望している。それでいて、何故かそこだけ空気が重いような、気迫。
ああ、そうだった……、
どうしてこんな肝心なことを、忘れていたんだろう……、
どうかしていた……、
二度と会えなくなると、俺が、この男を、検挙できないじゃないか……、
俺しかいないのだから、この男にここまで接近している人間など世界中捜したって……、だから……
自分の鼓動の音が聞こえる。首輪の通された首筋が、今何故か、とても熱い。川名の手が、伸びてきていた、叩かれると、見まがえた。しかしその手はただ、霧野の顔と首筋とを、黙って撫で上げるのであった。
一枚目、風景画。丘の上から描かれた太陽の沈む絵、太陽の色彩が紫がかり夜の帳に降りて周囲が黒く沈み全体的に憂鬱な印象である。二枚目、抽象画。一見何が描いてあるかわからないが、赤と黒の色彩の中に何かが吊り下がっていて銀色の線が無数に走っている。まるで何か切りつけるように。三枚目、印象画。暗い路地風の通路の向こう側に、ぼんやりとした影が立ちはだかっている。それは、男だろうか。影は背後から強烈な光を浴び、そまるで見ている人間の方まで伸びてくるようで……。
『薫……?なんだよお前、緊張してるのか?』
強烈な光を背に男が立っている。光の下に、リングが照らされて、前座の男達がやりあっていた。
大学の学園祭でのプロレス試合興行である。
一回生で入り立ての薫が本来出られる場所でもないのに、壮一の相手をしないといけないことに決められている。
練習でやるのと、知らない人間が見ている前でやるのでは、違う。練習でさえ、そもそも乗り気ではなかったのだ。ただ周りに言われるがまま、やっていただけ。舞台袖は薄暗いが、その中でも壮一が笑っているのがわかった。彼は馴れ馴れしく身体に触れてくる。昨夜と同じ手つきで。
「……、……。」
彼の顔があまりに無遠慮に近づいて来る。周りには誰もない。外の音が、遠ざかっていく。誰もいないからといって、詰めすぎでは無いか、先に視線をそらしたのは薫だった。光輝く方を見ることもできず、視線は壮一の首のあたりを不自然に彷徨った。締められた、痕。
「お前が緊張しいだっていう、意外な一面が見られて良かったぜ。」
喉ぼとけが愉快そうに、上下に動いている。その動きを、止めてやりたい。
「……、ああ、そうかよ……」
「でも、困るなぁ……。台本通りに練習通りに、それなりに俺と奮闘してもらわないと。俺が一方的にお前を蹂躙する展開じゃ誰も面白くないだろ。」
永遠に。
「別に。俺は最初から面白くないから。」
壮一の喉の動きが止まった。鬱血痕が汗に濡れている。
「……FUCK YOU……」
先ほどより一段階低い冷めた声が降って来た。思わず顔を上げると、壮一の顔からは笑顔が消えていた。
「なるほど、なるほど、全面的に俺の脚本を否定するのか、ここに来て……。だったら、なんでもっと早く言わない。お前が納得いってないなら、いくらでも修正できただろ。いやいやつきあってやってたってか?え?」
「……」
その通りだよ、とは言わない。そもそも馴れ合いは嫌いだ。壮一だから手を合わせてもいいというだけの話で、そのほかの人間及びプロレスそれ自体にまだ薫は興味も糞も何もなかった。
「自分が都合悪くなると直ぐ黙るよなお前。お前がそういうつもりなら、いいよ……、俺が一方的にお前を叩きのめして早々に終わらせてやる。」
「……さっきの話じゃ、それじゃあ誰も面白くないんじゃないのか?」
「関係ない。今優先すべきなのはお前への指導だとわかった。それだけだ。」
「指導?指導だって?なんだよ、えらそうに、大体……昨日、」
とまで言って、薫は口ごもった。
今、俺は何を口走ろうとした。動揺したまま壮一を見た。
壮一は薫の動揺とは対照的にまったく冷めた瞳のままだった。それが一段と薫を厭な気持ちにさせたのだった。
「俺がお前を自分の私欲でいかに甘やかしていたかわかった。公私混同しすぎていた。俺も悪いね。これじゃあ会のためにならない。後輩たちのためにもならない。反省してる。俺は今もう、台本通りやる気はない。」
壮一は薫に背を向け、さっさと声援と音楽の向こう側へ行ってしまうのだ。
「なんだよ……!自分だけ言いたいだけ言って………!!いつもいつも……!」
結局、衆人環視の舞台の上で始まったのは、演技でも何でもない、ただの、取っ組み合いの喧嘩である。ただ見栄えのする喧嘩である。薫の身体の中から緊張は全く消え失せていた。あまりに私情が大きくなりすぎて、周りが見えなくなった。双方武の心得があるから、傍から見れば、痴話喧嘩ではなく単なる派手な試合に見えた。流血もある。悲鳴も上がったが客足が引くことは無く、逆に盛り上がる。
ただプロレス研究会の面々だけが、顔を青くしていた。舞台上のふたりが、台本をはじめから完全に無視して自由試合、決まっているはずの勝敗も無視で、全くプロレスをやっていないことを理解して、動揺していた。レフリー役が何とか場を持たせようとするも、ほぼ意味をなしておらず、吹っ飛ばされる始末である。
「ほら……流石にもう、限界じゃない?痛いだろ?どうだ、少しは反省したか。」
薫の視界は揺れていた。関節技をかけられ、左肩が、抜けそうで、抜けられない。しかし、向こうだってダメージが無いわけがないのだ。終われない。これでは。しかし、さらに彼の太ももがきゅううと、締まるのだった。
「反省…‥?何を?」
必死にそれだけ言う、忍び笑い。
「ふーん、あ、そう、じゃあもう手加減しない。お前は強いし、まだまだ強くなる、けど、悪いけど俺の方がこの筋では先輩なんでな。これはもう”破壊”して教えてあげるしかないね。まー……一ヶ月、かな……。」
そこから先の記憶が無い。気が付いた時には医務室に寝かされ、遅れて肩に激痛が走り、歯を食いしばった。
「肩関節脱臼。」
大学の勤務医が呆れた様子で薫を覗き込んでいる。医務室にはその女医師しかいない。外では祭が続いている。
「しばらく絶対安静だ。」
重い腕を抱え、医務室を出た。衣装の上にジャージを羽織っただけの壮一がベンチに腰掛け、待って居た。
「てめぇ、どの面下げて……」
「帰るか。」
「はあ?」
壮一は立ち上がって薫を見たが、いつもの通り食えない笑みを浮かべている。
「ああ、ごめん、やり過ぎたね。でも、ああでもしないとお前、終われなかっただろうからさ。」
「……。俺が?……。お前がの間違いじゃねぇ?」
「…‥、……。ああ、うん。どっちでもいいよ、そんなことは、もう。お前がそう思うならそれでいいさ。途中からお前、愉しかったろ。それが伝わったから、もういいんだよ。愉しいだろ、プロレス。まぁ正確にはあれはプロレスとは到底呼べないが、客は盛り上がってたわけだし、終わり良ければ総て良しってね。やっぱりお前はセンスあるよ。うん。一応結果は”台本通り”俺の勝ちで終わったしな。あは!」
「勝手に自分の中で完結させて満足してんじゃねぇぞてめぇ……人の肩壊しておいて……!」
「はぁ?そりゃあお前が意地を張るから悪いんじゃないか。お前がプロレスをしないから悪いんだろ。今度からは止めろよな。俺もやりたくてやった訳じゃないんだから。それにぃ~、悔しいならさぁ~、腕治ったら俺に同じことをしてみせたらいいだろぉ、別にぃ、いつでもぉ、どこでもぉ、受けて立つからね!ああ、そうだ、そういう台本創ってやってもいいよね、お前のために、俺がね。」
「……。……。」
「そうだ、何か食いたいものある?なんでも奢るよ。初戦祝いね。出店も多いし周ってみるか。まだ時間はある。」
壮一の手が、痛くない方の薫の肩に触れたのだった。触るんじゃねぇ!という出るべき言葉が、咄嗟に出なかった、そして、振り払いもしなかった、その事実が自分でも意外だった。その時点で、もう、負けている。俺は今、この男に、勝てない。
肩に存在するはずの無い何かを感じて二条は鼻で笑った。今の間宮が、川名に個人的に使われることは別に今に始まったことでは無い。そのこと自体は、マイナスでも何でもない。ただ、霧野のことがあったせいで、以前に増して、まだ、奪う気なのかという気分にならないでもない。
「川名さんっていい人だね。」
間宮壮一がふとした時にそう言ったことがある。金持ちの道楽に飼われていた壮一が川名の協力の元、二条の元に戻ってしばらく経ってからの話だ。二人とも既に川名とは面識が出来て、食事も共にする仲である。二条は黙っていた。二人は、闇の中に横たわっていた。
「俺達みたいな関係性を理解して、ただ、支援してくれるんだから。」
ただ、その「タダ」が怖いんじゃないかよ。背後から身体に壮一の腕が回される、そのままゆっくり腹を胸を首筋をつたい顔まで上昇してくる感触。暗闇の中で、その両手が二条の顔を探り当て、頬を擦り瞳を覆うと闇が一段と濃くなる。同時に空気の濃度も一段濃くなった気がした。息苦しい。
「また、お前は俺に黙って、何か考えている。……。いいさ、別に言いたく無ければ、何も、言わなくて。こうしていられれば、満足だから、俺……。」
それは本心からの言葉なのか?
それとも俺を依存させるための嘘か?
手を重ね合わせれば、一層闇が深くなった。でも、反対に、闇の中で壮一の輪郭その熱を背中で感じるのだった。当たってる。散々したのに、まだ。
「……いちいち……いらつくんだよ……てめぇは……」
振動。くすぐったい息が首筋にかかる。また、笑ってる。薫の中で千切れそうになっていた何かが、切れた。
重ねていた手を外し、手首を掴みそのままベッドの上で、揉みあい、いつかの再現のように今度は薫が壮一の左腕に関節技をかけていた。リングではなくベッドの上という違いはあるが、同じ構図で、ギリギリと圧をかけていく、これだけ締めれば随分痛いはずなのに、まだ、笑っている。くぐもった声が聞えてきた。
「いらつくって?何に?妬いてんのか?ふふ……」
「このまま、外してやろうか?」
「……、……、……、」
「OKってことね。言っとくけど、この時間じゃもう普通の病院は開いてねぇぞ。」
「いいよ別に、さいあく、自分で、応急処置、できるしね、……、……」
聞こえないはずの彼の鼓動が、荒波のような激しい鼓動が、聴こえるような気がした。
「ああ……そお……」
鈍い音と共に、左肩が根元から外れると、流石に、悲鳴こそ上げないがベッドの上で顔を青くして震えている。だから言わんこっちゃないんだよ。顔がこちらを向く前にベッドの上に立ち上がってその横っ面を、顔面の左側を踏んだ。それから徐々に耳の下あたりの一点に体重をかけていくと、流石に壮一も悟ったのか必死に抵抗しようとするが、その為の腕が今、根元から外れていて上がらないようになっているのだから、全部無駄な行為である。
「自分で応急処置できんだろ、やってみろよ、ほら、うぜぇから、今からこっちも外してやるからよぉ……嬉しいだろ。人体の関節、仕組みについてはお前からよく教わったから……」
そのまま、顎を外したのだった。激痛に唸ってようが、関係ない。もう話せないどころか、まともに閉じれもしない。外れた骨を戻そうにも、お前の利き腕、左腕が今の不自由な状態じゃ到底無理だろうし、反対側の腕はもうこちらが抑えている。あとはその開きっぱなしで涎塗れの締まりのない穴を、欲望で塞いでやるだけだ。拒絶できないから、奥まで、呼吸できない程深くまで突いて、塞いで犯してあげる。口の端から泡と血が、噴きこぼれて染みが拡がっていった。さっきまで背後で余裕こいてニヤニヤしていたとは思えない程に彼は顔面を青くしたり紅くしたりして、忙しい。部屋中に苦い臭いと血生臭さが広がっていくと同時に、二条は自分の中で血の流れが速まっていくのを感じた。止めたい、でも、止めない。
彼の緑がかったその瞳がぐるんと上を向いて昇天しそうになる度、喉に牡を突き入れるのと同じ要領で、その都度、鳩尾に強く、膝を突きいれてやった。くの字に彼の身体が折れ曲がり、さっき食べた夕食が出てくる。膝頭で、彼の内臓歪み、せりあがり、上昇を感じると、二条の雄はみるみる高まって吐息した。壮絶な連続膝蹴りによって、壮一の昇天した意識は、すぐにこの、地上へ堕ちてくる、二人きりの地獄へと、舞い戻ってくるのだ。呻き声と共に。二条は、壮一の雄を探り当てた。もちろん勃起している。そういうところがイラつくんだよ。だから、何度も壊して、何度も再生させてあげる。ずっと、ずっと、壊れるまで。何度も。何度も。
「次はどこがいい?左脚?右腕?それとも全部ゥ……?」
答えは無い、呻き語が何か叫び、言っているが、もう言語として全く成り立っていない。
上にのしかかった。吐息が入り混じる。
「お前は全く動けない状況で俺に滅茶苦茶に犯されるのが好きだったよな。いちいち七面倒ぇお前のだ~ぁい好きな拘束なんかしなくても、こういう手もあるってことサ…‥何だ?その目は。ふふふふ、やめろって?アハ!!!………。やめるわけねぇじゃんヨ……、今更……お前からふっかけてきた癖ニ……、大体なんだ?川名が良い奴?どこが?言ってみな……、ふふ、だ、か、ら、サァ~、さっきから何言ってっかわかんねぇんだヨ……そんなに川名がいいならまた!身売りでもすればァ?!とめねぇよ…‥、流石に、ここまで酷いことされねぇかもよ?だって、俺が今からお前の身体をぜぇんぶバラして朝まで遊んでやるんだからよォ……お前がゲロ吐こうが血尿流そうがクソ漏らそうが俺はやめねぇよ……、絶対に。クリーニング代はてめぇが全部出せよ。」
携帯が鳴った。川名からの呼び出しである。犬が勝手について来るだろうから、そのままついて来るままにさせると良い、それから部屋の隅にあるアタッシュケースも持ってくるようにと言われ、電話は切られた。その通り、犬はおとなしく二条の三歩後ろ程の距離を保ってついて来る。黒の間は、襖が黒く塗られた広く太い梁も通った和室である。その広間は”日常的には”あまり使用されない。大体、特別な時に使うことが多かった。
呼び出された間を開くと、部屋の中心で間宮が霧野と裸でもつれ合っていた。大方そんなことなんじゃないかと思っていたから特に驚きもしなかったが、一言、ことわるべきじゃないのか?俺に。
裸の雄二頭を挟んだ反対側の襖側で川名とノアがそれを見ている。
川名は視線を上げ「ああ、遅かったじゃないか。迷った?」と問うた。
「ああ、少し遠回りしてしまったかもしれませんね。この家は、広いので。無駄に。」
犬が中に入ったのを確認して後ろ手に襖を閉めた。
「どうだ二条、久しぶりに少し勝負でもしないか。俺と。」
二条は珍しく少しだけ気が立っていた。もつれ合う雄同士の裸体を挟んで淡々と会話が続く。
「いいですけど。一体、何をやるってんです?」
「そこの犬とお前の奴隷のどっちが強いか闘わせるんだよ。前も似たようなこと、やっただろ。何回か。」
「……嗚呼、なるほどね……、いいですよ……。勝ったらどうなる。これも前と同じ条件で?」
「そうだね。お前がそれでいいなら、それがいいよ。ただし、殺しは無しで。」
今の間宮から二代前の間宮とその頃川名が慰み者にしていた玩具で闘わせてみたことがあったが、その時はどちらも、今の所有物に飽いていたから、最終的にその場で殺し合いにまで発展したのだった。本来は、勝った方が負けた方の所有物を一晩好きに扱っていい(殺しも込で)という条件だったのだが、その前にオワッテシマッタ!つまらない、非常につまらない遊びだったことを、今でも覚えている。不味すぎる料理を逆に忘れられないのと同じで。
ただ一つ今ひっかかるっていること、それは川名は霧野のことを、「そこの犬」と表現したものの、明らかに自分の所有物として扱っていることだった。所有物同士を戦わせる遊びをしようというのだから。
犬……。二条は思った。この霧野遥という人間が、一匹の雄犬として、今目の前の男を、この状況下で取り込もうとしているのではないか、と。川名の口から、殺しは無し、とも言わせている。だとしたら、だとしたら……。
「組長、ひとつ、つまらないことを聞いてもいいですかね。」
「つまらないこと?……なんだよ。」
「どうして、殺しは無し、なんです?今回に限って。甘くねぇですかね?」
川名は少しの間黙っていたが、動じる様子もなく、微笑んだ。
「逆に聞くが、いいのかな?お前、今の間宮を失っても。お前がせっかく育てたそいつを、俺がゴミのように殺してもいいっていうのか?譲歩してるんだよ、俺の方が。だって、お前が、可哀そうだからさ……。」
……、……、……。
「……。あは、そんなつまらない挑発しないでいただきたいですね。ご心配なさらなくても、どういう勝負をするのであれ、今の状況で間宮が負けるってことの方がまず考え難いな。俺が心配しているのは、組長、貴方が、その男に入れ込み過ぎているということですよ。誰も恐ろしくって言えねぇようだからよ、俺が言ってやりますよ。一応断っておきますが、別に本来俺が欲しかったから、手に入れたかったからという理由、負け惜しみで言っているわけじゃねぇですよ、本来さっさと処理すべきところの人間に対して、何やってんだよアンタ……ってことが言いてぇだけだよ。おわかりいただけたか?殺しは無しなんて、以前のアンタなら絶対に言わなかったはずですからね。……ま、いいや……、どーでもね……どうせ俺達が勝つからね。アンタはお気に入りの玩具を一晩とはいえ、取り上げられるわけだ、俺に!そうしたら、多少は目が覚めるでしょうよ。少し熱が入りすぎなんですよ。飽き性の貴方には、ちょうどいい休暇になるでしょうナ。そうだな、ついでに新しく卑猥な刺青でも彫ってやりましょうか、アンタの描いたのの上からね。」
間宮は身体を起こしながら霧野の様子を伺い、覆いかぶさった。薄く張りのある瞼の下で眼球が動いている。間宮は霧野の頭を抱え込むようにして、上に跨り圧し掛かり、軽く自分の膝を霧野の鳩尾に入れ体重をかけた。う゛、小さな唸り声とと共に、瞼が薄っすらと開いた。
「霧野さん、今の状況理解してる?」耳元でそう尋ねる。霧野は周囲を伺うように見て、理解していないという眼差しを間宮の方に向けながら、口内に、間宮の精液の味を、感じて、苛立った。しかし咄嗟の行動ができない。間宮はそんな霧野を尻目に「霧野さん、今は俺に敗けておいた方が良い。」と密やかにいうのだった。「負ける?……何の話……。」「今、組長と二条さんが俺達を何らかの方法で競わせようとしている。で、勝った方が、負けた方の奴隷を一時的にとるっていう、ゲームだよ。まぁよくある話だ。俺が二条さんの側、アンタが組長の側だ。俺が勝てば、一時的とはいえ、組長の元から離れられるよ。もう、うんざりじゃない?俺達と外に出た方がずっと霧野さんのために良いと、思わない?だから、わざとでも、負けた方が良い。俺と出ようよ、外に。」「……。」「まぁ、もし霧野さんに、どうしてか、その気がでないっていうなら、俺も、ただ、本気でやるけどね……。二条さんを負かすわけにもいかないし、それから、お前のためにもね。」霧野の身体は目覚めたばかりでも熱く火照っていた。寝覚めから異様に内側から疼く、身体。「てめぇ……、俺の寝ている間に、何してた……」霧野の眼が細く訝し気に間宮を上目づかっていた。間宮は意味深な笑みを浮かべ霧野の問いにはなにも答えないまま身体を起こしてしまった。霧野の周囲が一気に明るくなり、部屋の全貌が見渡せるようになった。自分達を挟んで、二条と川名が向かい合って立ち、双方に黒い犬が一匹ずついる。奇妙なシンメトリーな構図である。
「……。言いたいことはそれだけか?俺はね、二条、お前ならわかってくれると思っていたけど、人間の適性や特異性について考えるのが好きなんだよ。澤野に意外な特性があることに気が付いたから、そこを伸ばしてやっているだけだ。俺のためであり、澤野のためであり、ひいては組織全体の為である。お前の私利私欲とは違うんだ。わかるか?まぁ今のお前に何言ったって何もひびかないだろうけどね。だってお前、今、めずらしく俺への殺意が隠しきれてないぜ。そんなに嫌だったのか?俺が勝手にお前の玩具で遊んだのが。で、どういう勝負が良いとか、ある?お前が決めてくれて構わないよ。俺は。」
川名が言った。
「じゃあ、ここは、きわめてシンプルに行きませんか。単純な闘争。好きでしょ、そういうのも。」
「ああ、俺というより、お前の好きな肉弾戦ね。それも一興、まぁ、双方いい具合に消耗しているから、ちょうどいいといえばいいかもしれないが、今日はもう、これ以上俺の家を破壊して欲しくないんでな。何か破壊した度に罰符を支払ってもらうことにしてもいいけど、そうするとシンプルさは無くなってくる。相手に何か意図的に破壊させてやろうという戦略が絡んでくるから。ま、今、この低能共にそんな戦略が立てられるのかは謎だが、それでもいいのなら。」
「なるほどね、じゃあさぁ、もっと、シンプルな方法で、いきましょうか。まぁ……、組長が良けりゃあの話ですが、ね……。ふふ。」
「なんだ?やけにもったいぶるじゃないか。言えよ。」
「至極単純なゲームですよ。間宮にアンタのブツしゃぶらせてやるから、そいつは俺のをしゃぶるわけ。そうして先にイカせた方が勝ちです。どうです……?実に簡単で、手軽で、勝敗もわかりやすいでしょ。」
「……、……。」
「……ねぇ、今、組長が考えていることを当ててやりましょうか。”勝てない”、今、一瞬でも、そう、思ったんじゃないですか。俺に、勝てないってね……。でも、自分から俺に対して勝負の内容を決めて良いといった手前、下りたくても、下りれない阿保。そういう状況。アンタはそういう性格だし、そういう性格じゃなきゃこの世界でやっていけない、俺もついていってないわけだから、いいんですけどね……いかがか?」
「半分正解半分不正解ってとこかな。……。あんまり人を、なめるなよ、二条。いいよ、その勝負、俺は受けるよ。悦んで。……おい、駄犬……いつまでそうやって寝ているつもりだ。こっちに来い。」
勝負の内容は当事者ではない二人が淡々と決めていくのだった。
当の本人たちには参加する権利のみが与えられているだけ。意志は一切尊重されないどころか、存在しないものとされている。強制参加である。最初から参加するとかしないとかの権利は本来存在しない。
霧野は身体を川名の方へ身体を向けた。身体の奥からどろどろが出ていって、気持ちが悪い。霧野の口からは意図しない喘ぎ声が漏れていた。身体が未だ、起きてない。自分の身体では無いようでうまく動かせない。気が付くと物凄い力で首根を直接つかまれ、頭ごと引っ張られ乱暴に地面に引きずり転がされていた。手袋をした川名の足元に。
倒れたまま間宮の方を仰ぎ見れば、いつのまにか二条の足もとに蹲って少しも動かない。霧野が初めてドッグランに来た犬のように周囲を気にするような、そんなそぶりを見せていると、再度顔を鷲つかまれ起こされて、川名の方を向かされたかと思うと、右から左から勢いよく顔面を強く叩かれた上「今何故俺が叩いてやったか、わかるか?あ?」と問われる。即答を求められている。満足いく回答を心から求められている。今。
「……俺、……私が、集中力を欠いていたから……わざわざ、お手を煩わせ、穢してしまい、申し訳ございません、ありがとうございます。目が覚めました。」
と、自ら無理やり、というかもう勝手に、頭を下げながら無理やり言っている内、心が、肉の、内側の熟れた部分がどうしてか、くすぐったくなって、たまらなくなってきてしまう。
今だって、まだ、殺してやりたいのに……。何故……。嫌で、仕方ないのに……。
「目が覚めたようで、何よりだ。ところで霧野、お前負けたいなら、別に、負けてもいいぞ。闘わず逃げたっていい、お前がやりたくないのなら。降りたら。」
「……え?何、だって……?」
「厭でたまらないだろう?二条の快楽のために必死になるなんてお前にできる訳ないよな。だから負けたら負けたで存分に、二条のためだけに奉仕できるように調教されてきたらいい。別に俺は何も気にしないから。ただし、お前が戻ってくる場所はもう無いと思えよな。その程度の軽い忠誠など俺に必要ないから。」
ガリガリ、と川名の親指が畳を引っ掻くように動いていた。
(なんだ?……言ってることが滅茶苦茶じゃないか。何も気にしないと言いながら、明白に何か期待している…‥俺に。)
『君には期待している』
顔の無い男達から淡々と送られてくる指令。最初は刺激的だった。体のいい左遷と分かっていながらも、俺にだから任せられた仕事なのだと自分を言い聞かせ続けた。日のあたらない建物の奥で書類整理させられたり陳腐な事件の事務処理をさせられているより、まだ、ずっといい、と。でも、だんだんわかってくる。彼らの、偽の言葉、偽の笑顔、偽の感情、全部、嘘。都合の良い。ただ、厄介者を処理したいだけ。ついでに成果もあげられれば美味しいくらいにしか思ってない。知ってた。知らないふりをしていただけ。独りが好きな癖に、偽の、帰属意識を高めていたかっただけ。ごっこ遊び。本当はこの世のくらだらなさ、虚構性、その全てに、絶望している。
いや、何を流されている……。今、そんなこと、関係ないじゃないかよ……、真面目に必死になってまで二条のをしゃぶらなくてもいいと言われているんだぞ。最初から、やる必要が無い勝負じゃないか。こんなふざけた要求は、拒否できるのならば、本来、100%拒否すべきで、それで……?負けると二条と間宮と一緒にこの屋敷を後にすることになる。そうだ……、いいじゃないか、別に、こんな男と、離れられて。その代わり、二条から調教を受ける羽目になるとしても……、つまりこれは、珍しく、自分に選択肢があるということ?川名か、二条か、の、最悪の二択問題ということになるが。
このまま、何もしなければ勝手に二条の方に身柄が行くことになる。そうなった場合、川名の興味は、失われることになるだろう。それが一過性のものか永久的な物かは、わからない。わからないが、今までこの男と居て、それなりにこの男の性格を知った上で考えると……。と、ここまで考えることを想定して、川名が霧野に、つまり「負けることは許されない」と命令されているということが、わかってしまった。しかし、ことに男性同士の口淫という行為で間宮と同じ土俵で戦うこと自体、二条の言う通り不利であることは、身をもって知っている。
霧野は、川名の方を仰ぎ見た。いつも通りの冷めたすべてに飽いた様な横顔だった。二条達の方を眺めているようだが、今だって何も愉しんでいるようには見えない。自分で吹っ掛けておいて、まるで他人事の様。全てに絶望している。それでいて、何故かそこだけ空気が重いような、気迫。
ああ、そうだった……、
どうしてこんな肝心なことを、忘れていたんだろう……、
どうかしていた……、
二度と会えなくなると、俺が、この男を、検挙できないじゃないか……、
俺しかいないのだから、この男にここまで接近している人間など世界中捜したって……、だから……
自分の鼓動の音が聞こえる。首輪の通された首筋が、今何故か、とても熱い。川名の手が、伸びてきていた、叩かれると、見まがえた。しかしその手はただ、霧野の顔と首筋とを、黙って撫で上げるのであった。
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