〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

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第四章 この想いを終わらせるために…始めたんだ…

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 とは言ってもなぁ…。

 授業が終わって、研究室に戻りながら桂は昨日のリナとの会話を反芻していた。リナに心配を掛けたくないばかりに強がってカッコつけた事を言ってしまった。 

「…ぜんぜん分からないよ…。俺だって俺の気持がどうなっているかなんて…。」

 呟いてみる。

 この想いを終わらせる為に始めた…。

 でも全てが終わったとき俺のこの想いは消えるんだろうか…?俺のこの想いはどうなっているんだろう…。

 答えが出る事の無い自問を繰り返す。

 いくら考えてみたって答えなど出やしないのに…桂は気分を変える様に頭を振って亮の事を頭から締め出した。亮は仕事が忙しいらしく連絡は無かった。

 付き合うようになって桂から「逢いたい。」と言う連絡をいれる事はしなかった。これも自分なりの「ごっこ」のけじめだと思っていたのだ。

 もともとこの契約は亮の欲求を満たす事を前提として成り立っているのだから…自分の感情や欲求は無視しよう…桂はそう思っていた。 

「センセイ!イトウセンセイ!」

 自分を元気よく呼ぶ声に桂はハッとして歩を止めて振り返った。
振り向いた視線の先に見知った顔が、桂を目指して勢いよく走ってくる。その姿を認めて桂が笑みを見せた。

「李さん。久し振りですね。お元気ですか?」

 丁寧な教師用の口調で桂は自分を呼びとめた声の主に挨拶をする。  

 桂が李と呼んだ女性は一昨年から桂が2年間日本語を指導した中国人学習者だった。

「はい。お久し振りです。イトウセンセイ。今センセイの所行こうとしていました。」
「私の所にですか?なにか質問でもありましたか?」  

 李は優秀な学習者だった。僅か2年で日本語の日常会話や自分の大学での専攻分野に関する事は殆どマスターしている。日本語の微妙なニュアンスも理解していた。

 なにか変な文章でも聞いたのだろうか?心配して訊ねる桂に李は頭を振って否定した。 

「違います。私センセイにプレゼント持って来ました。先週ずっと国へ帰っていました。センセイにお土産があります。」 

 嬉しそうに笑いながら言う李に桂も喜んで「ありがとうございます。」と返した。彼女がくれたのは中国の煙草だった。

 以前授業の中で彼女が中国の煙草は美味しいと言ったのを聞いて、桂が「私も味わってみたいです。」と言ったのを彼女は覚えていたのだろう。

 煙草を受け取りながら、桂は胸の内で苦笑する。桂は、煙草は吸えなかった。 

 授業の時「味わう。」と言う語彙の導入をしていたので、李の会話に乗じて「味わう」の語彙の使い方を示しただけだったのだ。

 それでも李が自分の為に買ってくれた煙草をむげに断ることは出来なかった。

 桂が喜んで自分の土産を受け取ったことに気を良くした李は足取り軽く、「センセイ、それじゃまた。」と言って自分の研究室へ戻って行った。 

 桂は貰った煙草を見詰める。初めてみるそのパッケージは何だか可愛らしかった。

 俺は一箱だけ貰って、後は真柴さんにでもあげよう。真柴さんは煙草好きだから喜ぶだろうし…。そう思って、桂は研究室の自分のデスクに戻ると、一箱だけジーンズのポケットに入れると残りを真柴の机の上に置いた。

 真柴が戻ってきたら事情を説明すれば良いと思いながら、桂は次の授業の準備を始めていた。
 



 金曜日、土曜日と亮からの連絡は無かった。水曜日に逢ったきり。

 仕事が忙しいのだろうと桂は思って、久し振りに週末を自分のマンションで過ごした。前から読もうと思っていた本を読んだり、身の回りの整理をしたりして穏やかな週末を楽しむ。

 亮は、日曜日は自分一人の時間と決めているらしく、日曜日を亮と過ごした事が桂は無かった。

 いつも土曜日の夜までを一緒に過ごして桂は最終電車で自宅へ戻る。

 亮は桂の事を車で送りもしなければ、駅まで一緒に行こうと言う事も無かった。
そんな些細な事も二人の関係が「ごっこ」だということを端的に示している。
 
 いつも土曜の夜、亮のマンションの扉が自分の背中越しに閉まり、オートロックの掛かるカチャッと言う無機質な音を耳にする度、少しだけ桂は亮の世界から締め出される自分を哀しく思ってしまう。その度に女々しいと自分を叱咤していた。

 恐らくもう今週は連絡がないだろうな…カレンダーを眺めながら、そう思って桂は小さな溜息を吐出した。

 逢えないのはやっぱり寂しかった。でもこんな寂しさにも慣れておかないとな。いざと言う時に困る…と無理に自分を納得させようとする。

 トークメッセージを送れば良いと思うのだが…どうしてもその恋人めいた行為は桂にはできなかった。

 もともとが亮の欲望を満たす事が前提になっている付き合いだから…亮からのリクエストが無い限り、自分は用無しだな…思って少しだけ桂は瞳を瞬かせた。
 
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