〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

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第五章 煙草なんて苦いだけ…吸いたくなんてないのに…

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 荒い息を吐きながら、桂は脱力したようにぐったりした身体を亮の胸に預けていた。

 映画はいつのまにか終わってしまっていて、画面は何も写していない。

 身体中が甘い刺激でジンジンと痺れている。それなのに身体の中心は熱く火照っていて…芯はまだもどかしいような感触が残って疼いていた。

 亮は乱れた桂の姿に満足したようで、桂を相変わらず背後から抱きしめたまま甲斐甲斐しく後処理をしていた。

 一旦桂の身体を名残惜しそうに離すと濡れたタオルを持ってくる。もう一度身体を桂の体の後に滑りこますと背後から抱きしめ、タオルで桂の濡れたところを拭ってやる。 

「あ…やぁ…」

 冷たい感触に桂が声を上げた。敏感過ぎる身体に辛かったのだろう。亮はこめかみにくちづけると落ち着かせる様に囁く。 

「綺麗にしないと…。少し我慢して…」

 潤んだ瞳で桂が亮を睨んだ。

「もう…これ以上…触るなっ…」 
 意地悪に触り続ける亮に堪らず、桂が必至で言う。気を抜くと亮の行為に流されてしまいそうになる。亮がクスッと笑うと言った。 

「俺に任せて。もう今は何もしないから…。桂も休まないとな…」

 やんわりと桂自身を拭うと、乱れた洋服を整えてやる。全てが終わると、もう一度桂の身体を亮はぎゅっと抱き寄せた。

 まるで自分の中に取り込んでしまおうかとするように、きつく抱きしめる。先ほど散々口付けた項に顔を埋めると、そのままジッとしていた。 

 桂も落ちついた気持で、亮の胸に背中を預ける。心地よい疲労感と温もりに包まれて、満ち足りたような暖かいものが亮の身体から流れ込んでくるような気がしていた。自分を抱きしめる亮の腕の拘束が嬉しくて…。

 穏やかな時間が流れていく。亮は桂の体をあやすように優しく撫でていた。

 桂はうっとりと亮の甘い行為に身を委ねていた。桂はちょっとだけ甘えて…祈っていた。どうか…この時間が少しでも長く続きますように…と。

 日曜日の穏やかな時間を破るように、突然リビングの電話が鳴り響いた。突然の音に桂も亮もビクッと身体を強張らせる。

「あ…山本…電話…」

 亮の腕から抜けでようと桂がもがく。亮は逃がさまいと、しっかりと桂を抱きしめると不機嫌そうに言った。

「放っておけ。出なくていい」

 桂の首筋に舌を這わせると、動脈の辺りを強く吸い上げて痕を残していく。

「…で…でも…仕事の連絡とか…だったら…」

 亮の自宅の電話は非通知拒否になっていた。だから宣伝とかは一切入らない。純粋に亮に用のある人間からしか電話は入らないのだ…。
それを知っていて桂はもう一度もがいた。

「気にするな、留守電になっているから…」

 苛々したように亮は答える。自分の思い通りにならないことはなんだって亮は気に入らないのだ。

 10コール位鳴ってから、留守電に切り替わる。
『只今留守に…』云々のメッセージが流れた後メッセージを促すピッーと言う発信音が流れる。

 低い男性の声が穏やかに流れてきて、桂も…そして亮もハッと身体を強張らせた。

『亮…居ないの?せっかく愛しいダーリンが電話してきたのに…。今日日曜日なのに…どこで遊んでんだよ』

 …健志…さん…だ…。

 聞き覚えのある声…数回しか聞いた事が無かったが忘れる事の出来ない声だった…。愛しさを隠そうともせず亮を呼ぶ声。

 桂が激しくもがいて亮の腕から抜け出した。呆然としたように桂を見る亮の瞳を見詰め返した。 
震えそうになる声を押さえながら、桂は亮に言う。

「山本…出ないと。早く…健志さんだ。早く…!」 

 桂の強い口調で、弾かれたように亮が立ちあがった。電話を取りに行こうとして、一瞬躊躇うように桂を見る。

 桂はその瞳を受けとめると、ニコッと…自分が出来る精一杯の笑みを見せて言った。

「俺…煙草吸ってくるから…。ゆっくり話して…。久し振りなんだろ…」

 言い置いてベランダに行くと外に出た。チラリと亮を窺がうと、慌てたように受話器を取る姿が見えて…チクリと胸が痛むのを感じる。

 夕闇の風が火照った身体に涼しく心地よい。

「仕方ないよなぁ…」

 しらずしらず溜息を吐いてしまう。

 向こうが本命なんだから…。俺は遠慮しないと…。

 分かっていても、さっきのような満ち足りた時間の後では、余計辛くなってしまう。

「何も今…電話かけてこなくたっていいじゃないか…」

 自然健志を詰ってしまう自分に気付いて桂は苦笑した。

 健志さんが優先なんだ…バカな俺…。

 横浜湾をぼんやりと眺めながら、物思いに耽る。ふっと亮に「煙草を吸う」と言ったことを思い出す。

「ヤバ…俺煙草どうしたっけ…?」

 慌てて洋服のポケットを探る。煙草は吸えない…さっきのはとっさに出た嘘だった。

 自分がいたら、ゆっくり健志と話すことが出来ないのでは…と思って…。

「あぁ…有った。良かった。」

 ジーンズのポケットから、先日李から貰った中国土産の煙草を取り出した。ずっと忘れてポケットに入れっぱなしだったのだ。封を切って一本取り出すとツンとした匂いが鼻を擽る。

「…え…とライター…」

 当然桂は持っていない。亮は時々煙草を吸うから部屋に確かライターと灰皿が置いてあったはず…。

 桂はそっとリビングに戻る。亮は相変わらず健志と楽しそうに話している。音を立てないように桂は目当ての物を取ると、またベランダに戻った。

 ゆっくりと煙草に火を点ける。ぎこちない手つきで煙草を口に含むと吸い込んだ。途端に苦い煙が肺に流れ込んできて激しく咳き込む。

「…うっ…ゲホッ…ゲホッ…ゴホっ…」

 堪らず咽て桂は煙草から口を離した。苦しさに涙が滲んでくる。胸を押さえながら、桂は咽つづけた。

「まずっ…」

 今しがた見た亮の姿が脳裏を掠める。健志と楽しそうに話す亮…あんな風に笑って話す亮…初めて見た…。

 苦しさに滲む涙を拭うと桂はもう一度煙草を吸いながら、闇に落ちた海を見つづけた。
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