〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

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第八章 ―もっと…楽で楽しい恋愛がしたかった…—

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 お待ちください…桂はその言葉に慌ててピョコンと頭を下げた。

 おどおどと「ありがとうございました。」と答える。

 その女性は、業務用の隙のない笑顔を見せて桂に座るように勧めると、そう言って部屋を出て行った。桂はその女性を見送ると、椅子にどっかりと座り込み「はぁー。」と大きく息を吐出す。
  
 ガラにもない緊張をしていたのが分かって桂は一人笑いを浮かべた。

 もちろん新しい仕事先に行く度に緊張はする。でも、それはあくまで自分の授業が上手くいくかの心配による緊張なだけで、今日みたいな緊張じゃない。
 
 亮の会社に行く…それは仕事以前の問題で…亮の会社に入るだけでも桂には相当な勇気が要ったのだ。ただ…何に緊張を?といわれると桂にはそれも判断がつかない…。
 ソファに座ったまま、物珍しげにきょろきょろと部屋を見まわす。やたら立派な応接室だった。

 桂はあちこちの企業へも指導に行く。色々な会社を見てきたが、今桂が見ているこの部屋は桂が今まで見てきた企業のどこよりも贅沢で豪華な、そして品のある造りだった。

「はぁ…かなり羽振りが良いんだな。この会社は…」

 桂は感心して呟いた。

 この応接室だけでなかった。この部屋に来るまでに通ってきたフロア―も広く、快適そうだったし、そこで働いている社員も活き活きと仕事をしている。パッと見ただけでも、この会社が順調で活気に満ちているのが、サラリーマンをした事のない桂にも窺い知れた。

「山本はスゴイな…」

 改めて亮を見なおしたように桂は声に出して呟いた。これだけの企業を動かしている…経営陣の一人なのだと思うと…自分と亮の違いをまざまざと実感してしまう。

 桂は自分がこの会社に入った時の様子を思い出しながら考えた。桂が亮との約束の事を言った途端、受付の女性の態度がコロッと変わったのだ。

 もちろん亮がそれなりの地位だから、迎える桂もそれなりの大事な客だ…と判断したのだろう。

 最初に自分の名前を告げた時は胡散臭そうに、俺を見たのにな…。と桂は思い出し笑いをうっすら浮かべた。

 仕事が出来て、頭も切れて、社会的地位も金も有って、そして容姿に恵まれた亮…彼がなぜ、ダサくて冴えなくて、ドン臭くて、洒落ていない、そして健志のように美人でない自分と、こんなに辛抱強く「恋人ごっこ」を続けているのか桂には不思議だった。

 珍しい…最初亮は桂の事をそう評したが、珍しいだけで、こんな自分と「ごっこ」を続ける亮の好奇心と言うか忍耐力にも桂は笑いを浮かべた。

 最初から、もちろん今もそうだが桂には亮の思考は理解出来なかった。ただ…亮に振りまわされつづけるだけ…。惚れた弱みだな…。桂は、そうひとりごちた。
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