52 / 95
第九章 普通の恋人同士なら行かないで…そう言うのかな…
1
しおりを挟む
その質問は桂が一番訊かれたくないものだった。
なぜって、その問いの答えが「いいえ。」である事を桂が一番よく分かっていたから…。
ジュリオの授業をするようになって2週間が経っていた。ジュリオは桂の予想通りかなり優秀で、授業も順調に進んでいた。
ジュリオも桂に合格点をつけたようで、2週間経つ頃にはすっかりお互いに打ち解けて友人のようになっていた。が…かえってそれが裏目にでてしまった。
ジュリオは好奇心旺盛だ。わからない事や納得いかない事は、自分が理解できるまで質問してくる。
そしてジュリオはその日の授業の最後、雑談を交わしていた時に今まで一応は遠慮していたその質問を頃合い良しとして桂にぶつけてきた。
「カツラはリョーのラバーですか?」
「は…?」
桂はキョトンとジュリオを見つめた。質問の意味が分からなかったのだ。そのリアクションにジュリオは
「オー。スミマセン。言い方悪かったですか?」と逆に訊きかえしてきた。
自分の質問が通じなかった事にショックを受けたように、落ち込んだ表情でジュリオが桂をジッと見つめた。慌てて桂がぶんぶんと頭を振る。
日本語教師の心得…学習者に日本語へのコンプレックスを植付けるな、を思い出す。
人間誰だって慣れない言語で、質問をしてそれが通じなかったら落ち込む。
そしてその落ち込みが語学へのコンプレックスになるのだ。学習者に接する上で一番気をつけなければいけない事だったのに…。
「ごめんなさい。ジュリオさん。質問の意味は分かります。ただ…俺イタリア語に疎いんで、ラバーの意味が分からなかったんです。すみません」
桂は素直に理由を言って謝った。学習者に対して嘘や見栄や、知ったかぶりはいけない…これも日本語教師の心得。
桂の返事を聞いて、ジュリオが安心したような微笑を浮かべた。そして大袈裟に両手を軽いホールド・アップの形にしてあげると、ジュリオもまた謝った。
「カツラ…ごめんなさい。ラバー、英語です。ラバーは…」
英語と聞いて桂の頬がカァッと赤く染まった。ジュリオが口にした単語だから、イタリア語だと思っていた。最もイタリア語であっても発音はそれ程変わりなかっただろうが…。
「…分かりました。ジュリオさん。意味が…」
桂は視線を机の上の教材に落としながら、小さい声で答えた。それを聞いてジュリオが喜んだよう顔をする。
「良かったです。日本語ではなんと言いますか?私日本語でなんて言うか知りません」
無邪気にジュリオは桂に質問する。桂は日本語教師としてジュリオの質問に答えなければならない・・と言う義務とその回答を最初の質問にも絡めて答えるべきなのか?…と相反する疑問が胸の中で葛藤していた。
「…恋人…です。恋人…と言います」
ますます小さい声で桂は答えた。ジュリオが「SI」とそうだ!と言うように相槌を打った。
「そうです。コイビトです。私この言葉前に聞いたことあります。とてもきれいな日本語だと思いました」
…漢語から来た言葉なんだけどね…。桂はジュリオの話しに頭の中で突っ込んだ。
「で…カツラはリョーのコイビトですか?」
容赦なくジュリオは追求してくる。桂は情けない思いになりながら、それでも返事をした。
自分が答えなければジュリオはきっと亮に訊ねるだろう。その時に亮がなんて答えるのか桂は聞きたくなかった…。
それだったら自分から簡単に事実だけを伝えれば良い…。桂は強張りそうな頬の筋肉に力を入れて、必至で笑顔を浮かべた。
「いいえ。違います。ジュリオさん。俺 と山本君は友達です。山本君は俺のコイビトじゃありません」
「そうですか…」
桂の返事を聞いてジュリオがふーんというような表情を浮かべる。桂の答えに納得していないのはありありだった。少し首を傾げると桂の胸の内を探るように一瞬押し黙った。
その沈黙がいたたまれなくて、桂は話しを逸らすように傍らにあった横浜のガイドブックを開いてジュリオに差し出し た。
「ジュリオさん。横浜のどこを見たいですか?これから観光プランを決めましょう。」
途端それまでの話しを忘れたように、ジュリオが興味を持った顔で桂の差し出したガイドブックを覗き込んだ。
「カツラ、私は三渓園が見たいです」
ジュリオの答えを聞いて桂もホッとしたような笑みを浮かべた。亮と自分の関係なんて考えたくなかった…。
なぜって、その問いの答えが「いいえ。」である事を桂が一番よく分かっていたから…。
ジュリオの授業をするようになって2週間が経っていた。ジュリオは桂の予想通りかなり優秀で、授業も順調に進んでいた。
ジュリオも桂に合格点をつけたようで、2週間経つ頃にはすっかりお互いに打ち解けて友人のようになっていた。が…かえってそれが裏目にでてしまった。
ジュリオは好奇心旺盛だ。わからない事や納得いかない事は、自分が理解できるまで質問してくる。
そしてジュリオはその日の授業の最後、雑談を交わしていた時に今まで一応は遠慮していたその質問を頃合い良しとして桂にぶつけてきた。
「カツラはリョーのラバーですか?」
「は…?」
桂はキョトンとジュリオを見つめた。質問の意味が分からなかったのだ。そのリアクションにジュリオは
「オー。スミマセン。言い方悪かったですか?」と逆に訊きかえしてきた。
自分の質問が通じなかった事にショックを受けたように、落ち込んだ表情でジュリオが桂をジッと見つめた。慌てて桂がぶんぶんと頭を振る。
日本語教師の心得…学習者に日本語へのコンプレックスを植付けるな、を思い出す。
人間誰だって慣れない言語で、質問をしてそれが通じなかったら落ち込む。
そしてその落ち込みが語学へのコンプレックスになるのだ。学習者に接する上で一番気をつけなければいけない事だったのに…。
「ごめんなさい。ジュリオさん。質問の意味は分かります。ただ…俺イタリア語に疎いんで、ラバーの意味が分からなかったんです。すみません」
桂は素直に理由を言って謝った。学習者に対して嘘や見栄や、知ったかぶりはいけない…これも日本語教師の心得。
桂の返事を聞いて、ジュリオが安心したような微笑を浮かべた。そして大袈裟に両手を軽いホールド・アップの形にしてあげると、ジュリオもまた謝った。
「カツラ…ごめんなさい。ラバー、英語です。ラバーは…」
英語と聞いて桂の頬がカァッと赤く染まった。ジュリオが口にした単語だから、イタリア語だと思っていた。最もイタリア語であっても発音はそれ程変わりなかっただろうが…。
「…分かりました。ジュリオさん。意味が…」
桂は視線を机の上の教材に落としながら、小さい声で答えた。それを聞いてジュリオが喜んだよう顔をする。
「良かったです。日本語ではなんと言いますか?私日本語でなんて言うか知りません」
無邪気にジュリオは桂に質問する。桂は日本語教師としてジュリオの質問に答えなければならない・・と言う義務とその回答を最初の質問にも絡めて答えるべきなのか?…と相反する疑問が胸の中で葛藤していた。
「…恋人…です。恋人…と言います」
ますます小さい声で桂は答えた。ジュリオが「SI」とそうだ!と言うように相槌を打った。
「そうです。コイビトです。私この言葉前に聞いたことあります。とてもきれいな日本語だと思いました」
…漢語から来た言葉なんだけどね…。桂はジュリオの話しに頭の中で突っ込んだ。
「で…カツラはリョーのコイビトですか?」
容赦なくジュリオは追求してくる。桂は情けない思いになりながら、それでも返事をした。
自分が答えなければジュリオはきっと亮に訊ねるだろう。その時に亮がなんて答えるのか桂は聞きたくなかった…。
それだったら自分から簡単に事実だけを伝えれば良い…。桂は強張りそうな頬の筋肉に力を入れて、必至で笑顔を浮かべた。
「いいえ。違います。ジュリオさん。俺 と山本君は友達です。山本君は俺のコイビトじゃありません」
「そうですか…」
桂の返事を聞いてジュリオがふーんというような表情を浮かべる。桂の答えに納得していないのはありありだった。少し首を傾げると桂の胸の内を探るように一瞬押し黙った。
その沈黙がいたたまれなくて、桂は話しを逸らすように傍らにあった横浜のガイドブックを開いてジュリオに差し出し た。
「ジュリオさん。横浜のどこを見たいですか?これから観光プランを決めましょう。」
途端それまでの話しを忘れたように、ジュリオが興味を持った顔で桂の差し出したガイドブックを覗き込んだ。
「カツラ、私は三渓園が見たいです」
ジュリオの答えを聞いて桂もホッとしたような笑みを浮かべた。亮と自分の関係なんて考えたくなかった…。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる