〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
61 / 95
第十章 ― そうか…俺はマリーゴールドなんだ…―

しおりを挟む
 カランと溶けた氷がグラスの中で崩れ落ちた。

 桂の話しを聞き終わって、リナがハァと小さい溜息を零した。そして桂の手の空いたグラスを取り上げると店のバーテンダーに代わりのグラスを頼んだ。

「ねぇ…かっちゃん」

 物思いに耽ったような桂にリナが優しく声を掛けた。

「…ん…?」 

 リナは桂の前にカクテルのグラスを置くと、うっすらと笑みを浮かべて言った。

「覚えている?高校を卒業した時の事?かっちゃんの事あっさり振った木村の事?」

 こっぴどく自分を振った同級生の名前を出されて桂が苦笑いを浮かべた。

「ああ。覚えているさ。俺…すげぇ、酷い振られかたしたっけ」

 そうね。とリナが答えて続けた。

「確か、かっちゃんは退屈で面白くない…。お前みたいな奴はつまらない。って言われたんだっけ?」
「そうそう…」

 フッと桂が笑って答えた。

 高校生になって初めて人が好きになるのがどう言う事か…それが分かった。
木村と言うクラスメイトと付き合って…。

 2年間…夢中になって彼と恋をしていた…。それこそ周りが見えなくなるくらい…。自分のありったけをぶつけて恋に溺れていた。それが…。

― もう終りにしようぜ。―
― なに遊びに本気持ち込んでんだよ。―
― あぁ飽きたんだ。お前退屈なんだよ。―

 若い恋人は、言葉を凶器に変えて桂を切り裂いた…。  

 リナが昔を懐かしむように

「あの時のかっちゃん、もうボロボロで…。泣いたり、叫んだり、喚いたり。一生懸命、木村に縋っちゃって…。それこそもう…みっともないくらいに…」
「ああ…そうだったな」

 思いだし笑いを浮かべて桂はグラスに口をつけた。リナもうっすらと笑いながら続ける。

「ううん…木村の事だけじゃない…。それこそあの頃の私達って泣いたり笑ったり…。感情の赴くままに過ごしてた」

 泣いたり笑ったり…本当にありったけの感情を剥き出しにして生きてきた…。

 青春を懐かしむ歳ではないが、桂はがむしゃらだった高校生の頃を懐かしく思い出す。

「ねぇ…かっちゃん。気がついている?自分の事」

 首を傾げて桂の瞳の奥にある何かを探るようにリナが桂の顔を覗き込んだ。何を?と返して桂はまた一口甘いカクテルを啜った。

「あの頃のかっちゃん、ううん。あの頃だけじゃない。いつだってかっちゃん、誰かと恋愛してる時すごく正直だった。それこそもう犬みたいに分かり易いくらい…。ラブラブだともうメロメロ状態で惚気てみたりとか。ダメになると、泣いて愚痴ったりとか」

「俺って、そんなか?」

 自分がリナに見せてきた様々な姿を考えて桂が苦笑した。

「お互い様だろ。お前だって、いっつもすごいじゃないか。」

 ちゃかして答える桂にリナが、ううん、と頭を左右に振って否定した。

「でもね。かっちゃん。今のかっちゃん、ちっとも正直じゃないよ」
「え?」

 意外なリナの言葉に桂は唖然としてリナを見詰めた。

「どう言うことだ?」

 リナが優しい瞳で桂を見ながら続けた。

「気付いてないよね。かっちゃん、あいつと付き合うようになって、何を考えているのかぜんぜん分からなくなっっちゃったよ。彼が好きなのに…まるで感情に蓋をしているみたい。なんで好きなのに好きって言えないの?どうして、ニューヨークに行かないでって、送りたくなんかないって言わなかったの?」

 桂はグラスを置くと俯いた。ボソリと呟いた。 

「だって…仕方がないだろ…」

 桂はしばらく手の中のグラスを見詰めていたが顔を上げると、リナに笑みを見せながら答えた。

「リナ…。俺達は契約なんだ。セックス・フレンドなんだよ。だから…だから…俺は自分の気持を出す事なんて出来ない…」

 言って不意に熱い物が胸の中に込み上げてくる。

「もし…俺があいつに好きだって伝えて…、あいつがその気持を煩がったら…。それが原因でこの契約が打ちきりになってしまったら…。俺…俺…」

 桂の瞳からポトっと涙が零れ落ちた。リナがギュッと桂の手を握り締める。

「ゴメン…。ゴメン…。かっちゃん、ゴメンね。かっちゃんの気持わかってたはずなのに…」

 桂もギュッとリナの手を握り返した。親友に不要な心配をさせて迷惑を掛けている…。申し訳無いと思いながらも今の桂にはリナの手の暖かさがありがたかった。

「リナ。ホントに大丈夫だから…。俺…あいつと一緒に居たいから…。だから、なんだって我慢できるんだ…。心配掛けてごめんな」
 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

処理中です...