〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

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第十章 ― そうか…俺はマリーゴールドなんだ…―

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 自分を心配してくれているリナの気持が胸に痛かった…。「放っておいてくれ。」と言外に匂わしてしまうような言い方をする自分が堪らなく嫌だった。

 桂はポトポトと大学構内を歩く。大学が夏休み中に加え、お盆の時期と言う事もあって学内は人気が無かった。照りつける夏の強い日差しを浴びながら桂はリナの事や亮の事を考える。 

 彼がニューヨークに休暇を過ごしに行ってから5日が経っていた。当然だったがこの間亮からの連絡は一切無かった。

 もしかしたら…国際電話で連絡くれるかもしれない…。マンションの電話を眺めながらそんな甘い事を願ってしまう自分を桂は繰り返し叱咤していた。

「バカな事を…」

 桂は頭を振りながら自分を戒めた。

「あいつは今ごろ健志さんと楽しく過ごしているんだ。俺の事なんか…忘れちゃってるさ」

 自嘲気味に桂は呟いた。 

 不意に亮の腕の中にいる健志を想像して、桂の胸はきりきりと悲鳴を上げた。自分には許されない嫉妬の感情をどうしたら良いのか…?

 今日は金曜日…。
今日の予定は全て終っていた。桂はこれからの時間をどう過ごしたらいいのか分からず困惑する…。

 いつのまにか週末は彼と過ごす事が普通になっていて…亮のいない空虚さを桂は持て余していた。

「先生…伊東先生!」

 桂は自分を呼ぶ声に慌てて歩を止めた。振り返ると自分を追ってくる人物が見えた。

「プリマスさん…。お元気ですか?」

 桂は昨年やはり李と一緒に指導した、男性のインドネシア人学習者を認めて嬉しそうに笑って見せた。

 李と同様とても熱心な学習者だったのだ。僅かな間に日本語を取得し、今は大学の農学部で農作物の遺伝子研究をしていたはずだった。

「先生、お久し振りです」

 プリマスは人懐っこい笑みを浮かべながら綺麗な発音で挨拶をした。プリマスの特にすごい所は「綺麗な発音で日本語を話したい。」と言って桂に徹底的な発音矯正を希望した事だった。

 当時桂もプリマスの熱心さに打たれて、自身アナウンス学校に通ってアクセントの矯正を勉強したほどだった。

「夏休みなのに、研究ですか?プリマスさん」

 桂の問いに、はいと嬉しそうにプリマスは答えた。桂と並んで歩き出しながらプリマスが続けた。

「大根栽培の準備を今しているんです。今日畑の土壌の調査をして、OKが教授から出たので畑の整地をするんです」

 プリマスの説明にそうですか。と桂は答えながらふとプリマスが持っている物に視線を止めた。

「プリマスさん。それは何ですか?」

 プリマスは籠をぶら提げていたが、その中には黄色い花らしきものが可憐な顔を覗かせていた。

「はい、これはマリーゴールドという花です。大根の畑から持ってきました。」
「大根の…?ですか?」

 なぜ、大根用の畑に花が植えられているのか分からず桂がキョトンと訊ねた。桂の疑問の表情にプリマスが笑いながら続けた。

「はい、大根畑の土壌にはネグサレセンチュウと言う悪い害虫がいます。大根に良くありません。でも農薬による土壌の消毒はもっと大根や人体に良くありません。悪い影響を与えます。このマリーゴールドの花、ネグサレセンチュウを減らす効果があるんです。環境保全にとても良いのです」

「へぇ…。そうなんですか?こんな可愛い花にねぇ」

 プリマスの説明に感心したように桂が答えた。実際、マリーゴールドがそんな事に使用されるとは知らなかったのだ。

 ただの鑑賞用だとばかり思っていた。桂の感嘆したような声にプリマスがニッコリと微笑んだ。 

「えぇ。この花はとてもすごいです。4月からずっとこの花を大根用の畑で育ててきました。お陰で大根用の土壌、今日のチェックで理想的な状態になった事が分かりました。だから、明日この花を全て処分します。もう花も終りですが、少し残っていた花、かわいそうなので私部屋に飾ろうと思って抜いてきたのです」

「そうなんですか。それじゃ次は大根を植えるのですね?」 

 桂はプリマスの籠の花を見やりながら訪ねた。

「はい。この花は毒抜きのようなものです。この花が土壌の毒を抜いたお陰で冬にはきっと真っ白な美味しい大根が育つはずです。」

 プリマスの「毒抜き」と言う言葉を聞いて桂の顔がサッと青褪めた。プリマスは桂の表情の変化に気付かず、無邪気に続けた。

「大根が出来たら先生にプレゼントします。ぜひ鍋をしましょう」

 明るく話しを続けるプリマスに、桂はどこかうわのそらで相槌を続けていた。
 
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