〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

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第十二章 ― そんな風に俺を扱わないで…期待してしまうから…―

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 …俺はどんな顔をしているのだろう…? 

 桂はショーウインドーに映る自分の顔を眺めた。取りたてて変化はないように見える。

 まぁ…代わり映えのしない顔だよな…。そう結論付けて桂は道路に視線を戻した。

「感情に蓋をしているか…」

 リナの怒ったような口調を思い出して桂は自嘲気味に顔を歪めて笑った。

「しょうがないんだから…。しかも最近はセックス・フレンド以下だしな…」

 亮はここ2ヶ月本当に桂に身体を求めなかった。やっと逢えても食事をして、話しをして…そしてただ眠るだけ…。

 最初こそ自分の身体に飽きたのでは…自分と終りにしたいのでは…と不安と疼く身体を抱えて眠れぬ夜を悶々と過ごしていたが、最近では諦めが先に立つようになっていた。

「リハビリだと思えば良いさ…」

 それが桂の最近の心境だった。
契約終了までのリハビリ…。亮に慣らされてしまっている身体…亮の事を忘れる為の絶好のリハビリだと…。

「…痛っ…」

 桂はまた胃の痛みを感じてお腹を押さえた。どうも最近亮の事を考える度に胃がシクシク痛むようになっていた…。

 その痛みにも…痛みの原因にも桂は見ぬ振りをしてきていた。

「桂!」

 久し振りに聞く亮の声に桂は瞳を凝らした。人波の中から亮が駆け足で自分に向かって走りよってくる。亮の姿を見つけて、桂の胸が歓喜で湧き立っていった。

 どんなに感情に蓋をしても亮が好きという気持だけは押さえられない…。ただその気持を亮に気付かれないようにするだけで精一杯…。

「よう…」

 亮が嬉しそうに桂の前に立った。フッと指先を伸ばして桂の前髪に触れる。その仕草だけで桂の身体が喜びで震えた。

「うん…」

 はにかんだ笑みを見せて、桂は亮を見つめた。逢うのは2週間ぶりだった。亮は嬉しそうに桂を見ると、桂の手を取ってぐっと握り締めた。 

「やっ…山本…!」

 人目を気にして顔を赤らめながら桂は慌てて、自分の手を握り締める亮の手を引き剥がそうとする。

 最近の亮は人目を考えず、やたら桂に触れるようになっていた。油断をすると抱きしめられる事もあったりで…。

「バカ…。場所を考えろよ。場所を」

 どうにかしつこく手を繋ぐ事を求める亮の手を振り払い、桂は亮を睨んで言った。桂の咎めるような言葉に亮が喉の奥でくつくつと笑うとのほほんと言った。

「良いだろ、別に。俺達付き合ってんだから。」 

 言って桂の顔を熱っぽい瞳で眺める。亮の視線に堪らず桂は頬を上気させたまま、バカと口の中でモゴモゴと呟いた。

 亮の恋人モードに戸惑いながらも…舞いあがってしまう自分を押さえる事が出来ない。

 止めて欲しい…こんな風に自分に接するのは…。

 ふっと思って桂は涙腺が緩みそうになる。どうしても亮の甘い行為に気持が期待してしまう…。その期待を押し殺す事が最近は辛くなっていた。

 涙ぐみそうになる顔を慌てて亮から逸らすと、桂は「どこに行く?」と訊ねた。

 メールでした約束は時間と待ち合わせ場所だけ。デートプランを決めていなかった。桂の言葉に亮はニッコリと微笑んで答えた。

「俺…桂の飯食いたい」

 そう言うだろうと踏んでいた桂は予想通りの亮の言葉に自分も微笑んで「OK」と返していた。

 亮に一つでも望まれる事があるのが嬉しかった…。身体すらも求められなくなった今…自分の作る料理だけが自分と亮を繋いでいるような気がしていた。  

 ニコニコと笑う桂の顔を亮はジッと見つめると、頬にそっと指を触れさせた。

「お前…また痩せただろ?」

 言外に責めるような響きを感じて桂は苦笑した。

 自分の体調を気にする亮が嬉しい反面「桂の体調が良くなるまで抱かない」そう言った亮の言葉を思い出して、亮が「痩せた」と言う度に自分はまだ亮に抱いてもらえないのだと思って、気持が沈んでしまう。

 失望する気持を押し込めると桂は、イヤ…そんな事ないよ。と明るい笑みを見せて答えると

「何が食べたい?山本の部屋で食べるだろ?」

 いつものデートコース。何となく習慣になって、答えの決まっている問いを何気なく桂は口にした。別に答えを期待していたわけじゃなかった…ただ、確認の為…そのつもりだった。

「いや…俺…桂の部屋で食事したい…」

 桂の意に反して亮が強請った。少し含んだような笑みを見せながら、それでも桂の様子を窺がうように見つめている。

「あ…」

 亮の言葉に戸惑って桂が瞳を揺らした。良いよ…そう言いたい気持を押し込めると桂はわざと明るい調子を装って「ダメ」と答えた。不機嫌そうに顔を顰める亮に、一応理由を言った。

「ごめん…。今日…俺んち…」

 言いかけて逡巡する。リナの存在を告げるのが何となく躊躇われた。

「今…俺の部屋に友達が泊まりにきているんだ…。だから…今日は」

 桂の言葉に亮がさらに不機嫌そうな表情を見せた。低く呟くように

「あの…大学の後輩の東村って奴か?」

 亮が東村の名前を覚えていた事に少し驚きながら、違うよと返す。

 亮は一層不機嫌に眉根を寄せると、じゃぁ誰だよ。と尚もしつこく問い質した。亮が執拗に尋ねるのに根負けして桂は渋々返事をした。

「高校時代の親友だ。今ちょっと訳ありで…。俺の部屋に置いているんだ…」

 良いだろ…別に。山本には関係無い…。

 桂がそう言うのを聞いて亮は「分かった…」と一言答えた。本当にわかったのだろうか…?

 怒ったような顔で自分の腕を引っ張って歩き出す亮の横顔を見つめながら、桂は亮の不機嫌さが早く収まれば良いと願っていた。

 久し振りの亮とのデートだから、つまらないケンカはしたくなかった。
 
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