〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
86 / 95
第十四章 ― 分かっているさ…自分の立場なんて…自分がマリーゴールドだって事ぐらい…―

しおりを挟む

 彼の先制ジャブは強烈だった。

 皮肉めいた微笑を浮かべると自分も運ばれてきたバーボンを口に含みながら、強張ったような表情の桂を見て言ったのだ。

「いつも亮の面倒を見てくれてありがとうございます」

 健志の言葉に桂はぐっと言葉に詰まった。面倒と言う言葉に色々な意味が含まれているのが分かったから。

 なにも言い返す事も出来ず桂は顔を伏せた。

 毅然としていよう…そう思っていたけれど、健志のきつい射抜くような眼差しに晒されてしまうと、いたたまれない気持になる。

 健志がまたバーボンを口に含む音が聞こえると、桂は顔を上げて思いきって口を開いた。

「話しって…何でしょうか…?出来れば要件をお話ねがえないでしょうか?」

 震える声を押さえて桂はじっと健志を見つめた。

 桂の視線を平然と受け止めると健志がうっすらと笑みを浮かべた。

 健志は首を傾げてじっと桂を探るように見つめる。その含んだような色を浮かべる瞳からは、健志の考えている事が桂には読み取れなかった。

 健志はバカにしたような笑みをまた浮かべると口を開いた。

「亮の事なんですけど…。貴方がご自分の立場を自覚しておられるかどうか、確認をしたかったのです」

「…立場って…?」

 健志の言葉に青褪めた桂が聞き返した。桂の問いに健志が厳しい表情を浮かべた。

「貴方の立場です。亮は調子の良い事を言って、貴方と付き合っているかもしれない。彼は下品な言葉を嫌うので…。貴方が彼の言葉を聞いて勘違いされていると、困るとおもいましてね」

 言って健志はまたバーボンを啜った。

 健志の言葉に桂は弱々しく頭を振った。健志の言いたい事が理解できたのだ。

「山本は何も俺を誤解させるような事は言っていませんよ…」

 健志を真っ直ぐに見詰めながら答える。桂の言葉に健志が蔑むような表情を見せた。軽蔑した顔で桂を見ながら、わざと間を開けるようにグラスを手に取った。

「貴方が理解しているのなら…何も申し上げませんが。ただ…亮は私の恋人です。私のモノです。貴方は…」

 言いかけて、またバカにしたような笑みを見せた。

「私の…代わりである事をきちんと自覚してください。ただの代役だとね…」

 言ってくっと喉の奥で低い笑い声を上げた。

「亮ってセックスは激しいでしょう?私は亮の激しいセックスは嫌いなんでね…。もちろん甘い優しい行為は好きなんですが…。どうしても亮のやりたい行為は受けいれられなくて、拒否してしまうんです」

 何を…何を言っているんだ…。健志さんは…。

 桂は健志の言いたい事が分からず健志の冷笑めいた顔を見つめた。桂の困惑を楽しむように続ける。

「亮…喜んでいました。貴方だったら好き勝手出来るって…。でもきちんと自覚してください。貴方は亮のセックス・フレンド。それ以上でもそれ以下でもないんです。分不相応な期待をあいつにしないでください」

 それだけを言いたかったんです…さらっとした表情で健志はそう言うと、桂をいたぶるように言葉を継いだ。

「貴方は亮の性欲処理係なんだから…」

 健志の言葉に桂は膝の上の手をぐっと握り締めた。

 酷い言葉…屈辱…。自分の立場なんて…言われなくたって…分かっている!

「…それだけですか…?」

 喉の奥から言葉を絞り出す。健志が黙って桂を見つめた。その表情には楽しむような色さえ浮かべている。

「言いたいことはそれだけですか…?」

 桂のグラスの氷がカランと崩れ落ちる。健志のええと言う返事を待たずに桂は健志を真っ直ぐに見据えた。
精一杯のプライドを掻き集めてゆっくりと告げる。

「自分の立場は良く分かっています。貴方に言われなくても…。貴方もご承知だと思いますが…俺と山本は契約関係です。貴方が…帰国するまでの…。貴方さえ帰国すれば…俺の役目は終ります。何もかも…俺は分かっているし…自覚だって……しているんだ!」

 最後の言葉を耐えきれずに叫ぶように言うと、桂は立ちあがった。

 一瞬桂の言葉に健志が驚いたように瞳を大きく見開いて桂を見つめた。

 分かっている…分かっている…。そんな事…だって俺はマリーゴールドだから…。

 ずっと…ずっと言い聞かせ続けて来た…、これは「ごっこ」だ…「遊びだ」って…。

 俺は「セックス・フレンド」だって…。

 どんなに辛くたって…苦しくたって…そう思うようにしてきたんだ!

 何も言いたくないし…言われたくも無い…!!!!!

 桂は今にも溢れそうになる涙を必至で我慢するとスーツのポケットをゴソゴソと探った。酒代を掻き集めて乱暴にテーブルに置くと、何も言わない健志を睨んで続きを促した。

「仰りたい事はそれだけでよろしいでしょうか?」

 最初こそ驚いたような表情だった健志が桂の言葉にククッと低く笑った。

 その耳障りな笑い声はやはり桂をバカにしているように、桂の耳に響く。

 ひとしきり笑うと、嘲笑を浮かべた顔で健志は桂を挑むように見つめると言った。

「あんたが自分の立場を自覚しているなら、おおいに結構。所詮あんたはあいつにとってはごみ箱だからな…。亮の性欲の掃溜めさ。穢わらしい…」

 桂をバラバラに引き裂くような残酷な言葉…。

 どうして自分がこんなにひどい事を言われなければいけないんだろう…。

 もちろん…他人の恋人と…付き合ってしまった…。悪い事だと思う…。

 でも…誰も彼も納得ずくではじめた事じゃないのか…。

 俺だって…山本だって…そしてこの人だって…納得していたはずだ…。

 俺は…俺は…納得して…いた…のに…。

 そりゃ…俺が一番悪い…悪いけど…でも…でも…でも…!

「お話しがそれだけなら…失礼させて頂きます」

 桂は虚勢を張って、そう言うと店の出口に向かった。

 健志は何も言わず、桂を見もせずバーボンを飲みつづけいる。

 溢れそうになる涙をゴシゴシと乱暴に拭いながら桂は店の出口に早足で向かった。

 桂の様子に気付いたママがオロオロしながら桂の後を追う。

「桂君…大丈夫?」

 優しく桂の腕に手を掛け引き止めるように桂の顔を覗き込んだ。桂はヒクッと言う嗚咽を飲み込むと、歪んだ笑みを浮かべた。大丈夫と告げて彼女の手を自分から引き離すと、ドアを開けるべくノブに手を掛ける。

 その瞬間だった。確かに自分が押した筈の扉がなんの手応えも無く開かれる。え…?と思う間もなく目の前のドアは開かれていた。

「…か…桂…?」

 まじまじと見つめた視線の先に…同じように驚いたような表情の亮の姿があった。

「…あ……?」

 どうしよう…何も言う事の出来ない桂の迷いは一瞬で…自分に向かって伸びてきた手を認めると桂はパッと亮の横をすり抜けた。

「桂っ!」

 走り出した自分の背中に亮の声が追ってくる。桂は目の涙を拭いながら走り出していた。

 よりによって…!どうしてこんなにタイミングが良いんだよ!…あいつと恋人が一緒にいるところなんて見たくない!

 山本に逢いたくなんて無い!山本の言葉なんて聞きたくない!今はもう誰の言葉も聞きたくない…。

 思いながら桂は闇雲に走っていた。
 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

処理中です...