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第十四章 ― 分かっているさ…自分の立場なんて…自分がマリーゴールドだって事ぐらい…―
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しおりを挟む彼の先制ジャブは強烈だった。
皮肉めいた微笑を浮かべると自分も運ばれてきたバーボンを口に含みながら、強張ったような表情の桂を見て言ったのだ。
「いつも亮の面倒を見てくれてありがとうございます」
健志の言葉に桂はぐっと言葉に詰まった。面倒と言う言葉に色々な意味が含まれているのが分かったから。
なにも言い返す事も出来ず桂は顔を伏せた。
毅然としていよう…そう思っていたけれど、健志のきつい射抜くような眼差しに晒されてしまうと、いたたまれない気持になる。
健志がまたバーボンを口に含む音が聞こえると、桂は顔を上げて思いきって口を開いた。
「話しって…何でしょうか…?出来れば要件をお話ねがえないでしょうか?」
震える声を押さえて桂はじっと健志を見つめた。
桂の視線を平然と受け止めると健志がうっすらと笑みを浮かべた。
健志は首を傾げてじっと桂を探るように見つめる。その含んだような色を浮かべる瞳からは、健志の考えている事が桂には読み取れなかった。
健志はバカにしたような笑みをまた浮かべると口を開いた。
「亮の事なんですけど…。貴方がご自分の立場を自覚しておられるかどうか、確認をしたかったのです」
「…立場って…?」
健志の言葉に青褪めた桂が聞き返した。桂の問いに健志が厳しい表情を浮かべた。
「貴方の立場です。亮は調子の良い事を言って、貴方と付き合っているかもしれない。彼は下品な言葉を嫌うので…。貴方が彼の言葉を聞いて勘違いされていると、困るとおもいましてね」
言って健志はまたバーボンを啜った。
健志の言葉に桂は弱々しく頭を振った。健志の言いたい事が理解できたのだ。
「山本は何も俺を誤解させるような事は言っていませんよ…」
健志を真っ直ぐに見詰めながら答える。桂の言葉に健志が蔑むような表情を見せた。軽蔑した顔で桂を見ながら、わざと間を開けるようにグラスを手に取った。
「貴方が理解しているのなら…何も申し上げませんが。ただ…亮は私の恋人です。私のモノです。貴方は…」
言いかけて、またバカにしたような笑みを見せた。
「私の…代わりである事をきちんと自覚してください。ただの代役だとね…」
言ってくっと喉の奥で低い笑い声を上げた。
「亮ってセックスは激しいでしょう?私は亮の激しいセックスは嫌いなんでね…。もちろん甘い優しい行為は好きなんですが…。どうしても亮のやりたい行為は受けいれられなくて、拒否してしまうんです」
何を…何を言っているんだ…。健志さんは…。
桂は健志の言いたい事が分からず健志の冷笑めいた顔を見つめた。桂の困惑を楽しむように続ける。
「亮…喜んでいました。貴方だったら好き勝手出来るって…。でもきちんと自覚してください。貴方は亮のセックス・フレンド。それ以上でもそれ以下でもないんです。分不相応な期待をあいつにしないでください」
それだけを言いたかったんです…さらっとした表情で健志はそう言うと、桂をいたぶるように言葉を継いだ。
「貴方は亮の性欲処理係なんだから…」
健志の言葉に桂は膝の上の手をぐっと握り締めた。
酷い言葉…屈辱…。自分の立場なんて…言われなくたって…分かっている!
「…それだけですか…?」
喉の奥から言葉を絞り出す。健志が黙って桂を見つめた。その表情には楽しむような色さえ浮かべている。
「言いたいことはそれだけですか…?」
桂のグラスの氷がカランと崩れ落ちる。健志のええと言う返事を待たずに桂は健志を真っ直ぐに見据えた。
精一杯のプライドを掻き集めてゆっくりと告げる。
「自分の立場は良く分かっています。貴方に言われなくても…。貴方もご承知だと思いますが…俺と山本は契約関係です。貴方が…帰国するまでの…。貴方さえ帰国すれば…俺の役目は終ります。何もかも…俺は分かっているし…自覚だって……しているんだ!」
最後の言葉を耐えきれずに叫ぶように言うと、桂は立ちあがった。
一瞬桂の言葉に健志が驚いたように瞳を大きく見開いて桂を見つめた。
分かっている…分かっている…。そんな事…だって俺はマリーゴールドだから…。
ずっと…ずっと言い聞かせ続けて来た…、これは「ごっこ」だ…「遊びだ」って…。
俺は「セックス・フレンド」だって…。
どんなに辛くたって…苦しくたって…そう思うようにしてきたんだ!
何も言いたくないし…言われたくも無い…!!!!!
桂は今にも溢れそうになる涙を必至で我慢するとスーツのポケットをゴソゴソと探った。酒代を掻き集めて乱暴にテーブルに置くと、何も言わない健志を睨んで続きを促した。
「仰りたい事はそれだけでよろしいでしょうか?」
最初こそ驚いたような表情だった健志が桂の言葉にククッと低く笑った。
その耳障りな笑い声はやはり桂をバカにしているように、桂の耳に響く。
ひとしきり笑うと、嘲笑を浮かべた顔で健志は桂を挑むように見つめると言った。
「あんたが自分の立場を自覚しているなら、おおいに結構。所詮あんたはあいつにとってはごみ箱だからな…。亮の性欲の掃溜めさ。穢わらしい…」
桂をバラバラに引き裂くような残酷な言葉…。
どうして自分がこんなにひどい事を言われなければいけないんだろう…。
もちろん…他人の恋人と…付き合ってしまった…。悪い事だと思う…。
でも…誰も彼も納得ずくではじめた事じゃないのか…。
俺だって…山本だって…そしてこの人だって…納得していたはずだ…。
俺は…俺は…納得して…いた…のに…。
そりゃ…俺が一番悪い…悪いけど…でも…でも…でも…!
「お話しがそれだけなら…失礼させて頂きます」
桂は虚勢を張って、そう言うと店の出口に向かった。
健志は何も言わず、桂を見もせずバーボンを飲みつづけいる。
溢れそうになる涙をゴシゴシと乱暴に拭いながら桂は店の出口に早足で向かった。
桂の様子に気付いたママがオロオロしながら桂の後を追う。
「桂君…大丈夫?」
優しく桂の腕に手を掛け引き止めるように桂の顔を覗き込んだ。桂はヒクッと言う嗚咽を飲み込むと、歪んだ笑みを浮かべた。大丈夫と告げて彼女の手を自分から引き離すと、ドアを開けるべくノブに手を掛ける。
その瞬間だった。確かに自分が押した筈の扉がなんの手応えも無く開かれる。え…?と思う間もなく目の前のドアは開かれていた。
「…か…桂…?」
まじまじと見つめた視線の先に…同じように驚いたような表情の亮の姿があった。
「…あ……?」
どうしよう…何も言う事の出来ない桂の迷いは一瞬で…自分に向かって伸びてきた手を認めると桂はパッと亮の横をすり抜けた。
「桂っ!」
走り出した自分の背中に亮の声が追ってくる。桂は目の涙を拭いながら走り出していた。
よりによって…!どうしてこんなにタイミングが良いんだよ!…あいつと恋人が一緒にいるところなんて見たくない!
山本に逢いたくなんて無い!山本の言葉なんて聞きたくない!今はもう誰の言葉も聞きたくない…。
思いながら桂は闇雲に走っていた。
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