英雄は星空の瞳に優しく囚われ英雄になる ~訳アリの年下魔術師を溺愛したら英雄になった俺の話~

べあふら

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2.5 セフィリオの恋と愛 (セフィリオ視点)

① (セフィリオ視点)

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★小説家になろう様ではのせていなかったエピソードです。


**************


「何だか見違えたわね」

 僕の魔術の師は、そう言って、部屋を見渡し、僕を見つめた。

 僕の書斎で、ソファに向かい合って座り、彼女は優雅に自分で入れたお茶を飲んでいる。

「レイチェル。それ、ここに来る度に言ってるよ」

 だから、この言葉を聞くのは、この2ヶ月ですでに7回目だ。

 僕は、ローテーブルの上の魔素計のデータから視線あげて、レイチェルを見た。
 先ほどまで魔素濃度について議論していた、魔術師としてでは無く、僕の保護者としての彼女がそこにはいた。

 レイチェルは、貴族婦人にあるまじき……いや、稀有な喜怒哀楽の激しい女性なのだけど、今日はいつになく機嫌がいいらしい。

「来る度に変わっているのだから、何度でも言うわ」
「そう」
「ええ。
 アレクセイが来て、本当に見違えたもの。
 屋敷も。セフィリオ、貴方もね」
「僕も、そう思うよ」


 アレクが王都の僕の屋敷で過ごすようになって、2ヶ月が経った。
 この間、幸いにも【スタンピード】は起こっていない。

 アレクと一緒に暮らすようになって、王都の僕の屋敷は、日に日に片付き、きれいになっていった。

 開け放たれた窓からは、外の音や人の声が聞こえ、軽やかな風が通り抜ける。
 日の光が差し込んで、室内の空気をきらきらと輝かせている。

 変わったのは、物理的なことだけではない。
 単に、屋敷の物が片付いて整頓され、換気されたということでは無いのだ。


 屋敷が、室内が、僕の周りを包む空気が、清涼で安穏としたものに変わっているのがはっきりと分かるのだ。


「もう、ここに移って5年以上経つけど」
「そんなに経つのね」
「うん。あの時、12歳だったからね」
「そう……そうだったわね」

 10歳まで、王宮の一室に軟禁されていた僕は、前国王亡き後しばらくして、この王都の屋敷を与えられ移り住んだ。

 はっきり言えば、厄介払いだ。

 この国の出生すら公表されていない、第四王子なんて、厄介者以外の何ものでもない。
 それでも、家を与えられ、生活が保障されているのは、現国王である兄や、レイチェルたちの尽力によるものだ。


「僕も、この家がこんなに住みやすいなんて、最近知ったよ」

 僕が一人でいた時の、痛いほどの静寂や、殺伐として暗然たる空気は、今やほんの僅かも残っていない。

「アレクはいないときも、存在感があるよね」

 彼がこの屋敷にいない時でも、生き生きとした、明るいもので、僕の周りは満たされている。

 そして、満たされているのは、屋敷だけでは無い。

「セフィリオの顔色も、これまでで一番いいわ。
 食事もとっているようで、安心ね」
「アレクの料理は美味しいからね」

 アレクが僕のために作ってくれた料理たち。
 それだけで、食欲がわかないはずがない。
 そして、それは本当に美味しい。


 1日3食、食事の時間になると、芳しい匂いが漂ってくる。
 これも、この屋敷ではこれまで無かったことだ。

 アレクが料理を始めると、まず香ばしい匂いが広がってくる。そして、徐々に芳醇な温かな料理の匂いに変わっていく。

 僕がどんなに作業に没頭していても、その匂いを嗅ぐ過程で段々と空腹を自覚するようになる。

 そして、食卓に並んだ色彩豊かな料理と、アレクの存在と、彼が僕に食事を促す言葉の全てで、僕はご飯を美味しくいただくことになるのだ。


 何かに集中すると、僕は食事を抜くことが多かった。
 けれど、アレクのお陰で、僕は自然と、毎食きちんと食事をとるようになった。

「夜は……眠れているようね」

 僕の顔を観察しながら、くすくすと笑いレイチェルは言う。
 言葉の中に、下世話な色を感じて、僕は手を止めて顔を上げ、

「…………眠れてるよ」

 短く答えた。

 本当に、悪趣味なんだから。



 シュバルツ公爵領で過ごしてから、2年が経ち、王都の共同慰霊碑で再開したアレクは、より一層精悍な逞しい男性になっていた。

 少し癖のある金髪が風に揺れて、新緑の瞳は真っ直ぐに変わらない輝きを放っていた。
 決して大柄では無いけれど、引き締まった体躯はより屈強な趣となり、彼全体から放射される存在感に、僕は思わず息を飲んだ。

 明朗で穏やかなところはそのままで、彼はより魅力的になっていた。

 家族や、村の人々が眠る場所で、アレクは彼自身の体質のことや、これまで抱えてきた想いを僕に話してくれた。

 一人で抱えるには、重過ぎるこれまでと、今。

 けれど、彼は10年間。
 それを抱えたままで過ごしてきたのだ。
 たった一人で。


 涙を流しながら、自身の心を吐露するアレクの姿は、やはりとても強く、美しかった。


 あんな姿を委ねられたら。
 僕は、もう。
 愛さずにはいられなかった。


 僕のアレクへの想いは、たぶん憧れの部分も大きかったのだけど。
 あの時、それは恋だとか、愛だとか、愛しくて仕方がない、そういうものに進化した。


 こんなにも、人を愛おしく思うときが来るなんて。



「アレクセイは、今日はどうしているの?」
「今日は、ギルドからの指名依頼がきていて、出ているよ」
「あら、依頼を受けたのね」
「全部断っているわけでは無くて、選んでいるみたい」


 アレクは当初、王都の冒険者ギルドに関わることを非常に嫌がっていた。

 以前、何かトラブルがあったようで、悪い印象しかないらしい。
 詳しくは教えてくれなかったけど、きっと貴族絡みの……彼を取り込もうとでもした、策略に巻き込まれたのだろう。

 冒険者ギルドは、通常、他の利権から独立した組織だけれど、貴族の屋敷の立ち並ぶ王都では、その原則を貫くことは難しい。

 報酬や、社会的地位を振りかざされれば、是とせねばならない部分も出てくるのだ。
 と、いうか王都の場合は、金銭による単純な癒着がある。


 先日、僕が魔素計設置の依頼をするために、貴族の屋敷を訪れた際、アレクは同伴してくれた。
 しかし、その屋敷では魔獣の飼育がおこなわれていたのだ。

 王都に魔獣の群が出現するなど前代未聞だ。
 しかもあの貴族の屋敷のあった地区は、高級住宅街。

 数十匹にも及ぶ魔獣の群れをアレクは一人で討伐した。

 それにより、不本意にも王都の冒険者ギルドにアレクの所在を知られることとなってしまった。

 とても、申し訳なく思うのだけど、当のアレクは、

「俺とセフィリオの関係を認識してもらうのにいい機会だった。
 セフィリオに何かすれば、俺が黙っていないと、貴族にも、王都の冒険者ギルドにも、ついでに警備隊にも思ってもらえたなら、万々歳だ」

 と、達成感に満ちた表情で僕に言った。

 本当に、こういうところが、ズルい。
 こんなこと、言われたら、罪悪感どころか、僕は喜ぶしかなくなってしまう。


「貴族からの依頼?」
「どこかの屋敷で仕事らしくて。今日から2日間の依頼だったと思う」

 Sランク冒険者というのは、とても貴重な存在だ。

 どれくらい貴重かというと、個人名を上げて数えられるほどに、人数は少なく、実力と知名度がある。

 そうなれば、当然名指しでの依頼も増えてしまう。


 まあ、アレク本人は自分が貴重で、知名度のある存在だという意識が、とてもとても薄いようだけれど。


 アレクの知名度を利用して、箔を付けようと依頼をしてくる貴族たちおばかさんも多い。
 そして、その依頼内容は、大抵どうでもいい見栄を張るためだけのものだ。


 アレクは、今、エド……エドガー・シュバルツの依頼で、僕の護衛を常時していることになっている。

 アレクとエドか話し合い、僕が知らない間に、そういうことになっていた。

 エドは、シュバルツ公爵家の血縁で、王立騎士団の副団長を務めている。
 自身も伯爵位をもっている、王都ではそれなりに名の知れた存在だ。僕の魔術の師であるレイチェルの夫でもある。

 僕セフィリオ・バドルクス伯爵の後見として、シュバルツ公爵がついていることは、周知の事実だ。
 公爵家の者が自身の関係者の護衛を、Sランク冒険者に依頼することは特に不自然なことでは無い。


 エドの依頼による僕の護衛任務は、社会的地位や金銭をちらつかせ強硬に依頼をアレクにおしつけてくる輩へよの防御策なのだ。

 ………と、アレクには言われたけど。

 アレクの本当の目的は、それだけじゃないのだと思う。


 僕の生活がこうして保障されているのは、兄たちの尽力が大きいのだけど。
 そこにあるのは、温情だけでは無い。

 僕に流れる王家の血や、刻まれた王家の印である白印のことが世間に広まることを、良しとされなかったからだ。


 今、アレクは僕の護衛に常についてくれている。
 僕には言わないけれど、きっとアレクには何かしらの報告義務があるはずだ。

 そのお陰で僕は、24時間の護衛という名の監視から、実質的に解き放たれることになった。

 僕は17歳にして、ようやく常時鎖で繋がれた状態から、解放された。

 日常の報告義務や、移動制限はあって、まだ、囲いの中にいるような状態ではあるけれど。

 今までとは、比べようもない。


 アレクのもたらしてくれた自由。

 僕の感じた解放感と喜びは計り知れない。


 僕がお礼を言ったところで、きっとアレクは、『自分がしたくてやったんだ』、と自分のことのように喜びながら言うに違いないのだけど。
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