英雄は星空の瞳に優しく囚われ英雄になる ~訳アリの年下魔術師を溺愛したら英雄になった俺の話~

べあふら

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2.5 セフィリオの恋と愛 (セフィリオ視点)

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「アレクセイ殿のことを、歌劇にしたいという話があるのだけれど、どうだろうか」

 兄の提案を聞いて、僕は、そうきたか、と思ってしまった。

「俺を、歌劇に、ですか?」


 僕には、兄の提案が理解できた。

 自分の故郷を【スタンピード】で失い、それに一人立ち向かっていく『悲劇の英雄』なんて、実に大衆受けしそうな題材だ。

 魔獣の被害が拡大している昨今、貴族にも、庶民にも受け入れられるだろう。


 兄の提案を理解はしながらも、僕の心には、どろり、と黒いものが広がった。

 アレクのこれまでを知っているつもりでいるからだろうか。

 その彼のことを、娯楽にされることが、腹立たしくて仕方がないのだと思う。
 もやもやとした憤りと、怒りがふつふつと湧いてくる。
 そして、その物語に涙し、感動する人々を想像すると、それだけで気分が悪くなる。

 アレクにとっては物語などではなく、悲劇だろうと、なんだろうと、非情な現実以外の何物でもないのだ。


「歌劇って……演劇の一種ですよね?
 俺なんか、題材にして何が面白いんでしょうか」

「君以上に、今の世に必要とされる題材はないだろう」

「はあ………そうですかね」

 アレクはいまいちピンとこない様子で、考え込んだ。

 しかし、それもほんのわずかな時間で、

「別に構いませんよ」

 と、軽い口調で答えた。


「アレクっ!本当に……本当にいいのっ!?
 ………その、歌劇になるってことは……見世物になるってことなんだよ……?」

 僕はあえて、嫌な言い方をした。

 だって、歌劇になるなんて、わざわざ晒されなくてもいいことを皆に知られて、それに対して色々なことを好き勝手に言われるということなのだ。

 アレクがそんな目にあう必要はない。


「俺は、セフィリオみたいに、未来のことまで考えて、人のためにこつこつ地道に情熱をもって取り組んだり出来ないからさ。
 目の前の魔獣を討伐する事くらいしか、出来ないし」

 討伐くらい、だって?

「アレクは、本当に分かってないっ!
 アレクがこれまでしてきたことが、どれだけの人を救って、どれだけの人の希望になっているのか、全然わかってないっ!!」

「うん。
 セフィリオだって、その人たちを救おうとしてきて、これからも救うために研究を続けるんだろう?
 だから、その人たちの娯楽になるくらいは、別にいいかなって思うよ」

「は……ええ?……もう、……意味わかってる?本気なの?」

 アレクは今、娯楽って言った?
 自分が、人々の娯楽になる、てことが分かっているの?

 その上で、構わないと、そう言うの?

「まあ、正直、俺の歌劇の何がいいかは、さっぱり分からないけど」

 いや、そこは分かろうよ。
 アレク以上の適任なんていないでしょ。

 不本意ながら、その点においては、兄に完全同意だ。

「セフィリオが救おうとしてる人たちの楽しみになるんだったら、いいかな、と思うよ。
 これから、【スタンピード】が増えて、【厄災】が起こるならば、余計に娯楽は必要だろ?」

 そう、言われてしまうと。
 僕には、何も言えることが無い。

「……本当に、良いの?」
「ああ、良いよ」

 これは、アレクが決めることであって、僕がそれを覆すことではない。

「………アンベシル男爵閣下」

 なので、僕は兄アンベシル男爵を射るような視線で見つめると、言った。

「条件があります」
「何だろうか」

 特にたじろぐ様子も、うろたえる様子も無く、飄々と兄は答える。

「題材に関しては、閣下の独占でお願いします。
 他の方が、似たような題材、脚本を使用できないように、国に独占の特別許可を申請してください」
「ああ、いいだろう」

「あと、個人名は出さないことと、架空の事象を混ぜて、わざとらしいくらい物語、にしてください」
「承知した」

 今度は、アレクに向き直って尋ねる。

「アレクは?何かある?」
「そうだな……収益の一部を、【スタンピード】の研究や、被害にあった人の復興費にあててくれればいいかな」

 なんてことを言う。

「そういうことですので、くれぐれも、よろしくお願いしますね」
「ああ、承知した」


 やはり、軽い口調で答える兄に僕は、僅かに苛立ちを覚えた。


 兄がこの歌劇の件を、アンベシル男爵として処理するつもりなのか、国王として国の事業として行うつもりかは知らないが。

 いずれ、誰かが、アレクのことを大衆劇や、歌劇、小説などの題材にするだろう。
 そうであれば、信頼できる管理者に任せた方が、安心だというものだ。

 なんたって、国王の管理下になるのだ。
 これ以上の管理者は、この国にはいない。


 そういうことも、見越した上での提案だと思う。

 僕の出した条件などは兄は考えているはずで、まるで掌の上で転がされているような感覚が、不愉快だった。

 僕は、負けず嫌いなのだ。


「ご存じかと思いますが、僕はあまり気が長くありません」
「存じているよ」
「僕は、魔術が趣味でして、人よりもちょっと得意です」
「ああ、それも良く知っている」

 昔、実際に、派手に魔術で部屋を破壊した、何てこともあった。
 もちろん故意に、だ。

 敢えて危ない人物だと思わせた方が、交渉に有利なこともあるでしょ?


「殊、アレクのことに関して、不本意なことが起こったら、自分でもどうなるか分かりません」

 これは、まったくの本音だ。

「もしかしたら、うっかりこの国を吹き飛ばす、なんてこともあるかもしれません」
「………重々気を付けることにしよう」
「僕の師は、僕よりもっと気が短い」
「……………それも、承知している」
「いざとなったら、僕の師の兄、という最強カードを切ります」
「安心して、私に任せて欲しい」

 兄上は、レイチェルの兄にめっぽう弱い。

 どういう訳かは知らない。何か弱みでも握られているのだと思う。

 レイチェルの兄は、今は伯爵として、領地の運営に従事しているけれど、かつては兄の側近で、時期宰相として期待された優秀な人物だ。

 兄を従わせることが出来るとしたら、彼だけだ。


 帰りは、男爵家の馬車で送ってくれることになった。

 アレクは、レイチェルや、お世話になっている人たちに配るのだと言って、キラーサーモンをいくらか分けてもらったようだ。
 御者と何やら会話し、馬を撫でている。


 その隙に、僕は兄に呼び寄せられた。

「キンケル卿はセフィリオのことも知ってしまったようだし……それに伴って色々と、立ち入り禁止の情報に魔術を使って侵入しているからね。
 こちらで処理するから、心配しなくていい」

 と兄は囁いた。

「………僕としては、キンケル卿のような真面目なタイプが、自らあのような……僕にアレクを篭絡させる、なんて品の無いことを考えるとは思えない。
 くだらないことを吹き込み、国家機密に侵入させるような馬鹿な連中が、王宮にはいまだに巣食っているのですね」

「真面目なタイプほど、踏み外した時は、それとは気づかずに転げ落ちるものだ。
 彼には、他にも色々と余罪があるんだよ。
 可能なら、皆まとめて一掃するつもりだ」

「彼こそ、そういう連中を道連れにするための、贄ですか」

 僕の言葉に、兄は曖昧な笑みを浮かべるだけで、答えてはくれなかった。


 国王なんて、全然いい仕事じゃない。
 よくもまあ、こんな仕事に、心血を注げるものだ。

 これが、王の器というものなのだろうか。


「誕生日、おめでとうございます」

 本当に、兄上を尊敬する。
 好物のキラーサーモンでも食べて、たまにはゆっくりしていただきたい。



************

皆さまあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

次話は正月早々にR18となっております。
年始から御目汚し失礼いたします!本日夕方ごろに更新予定ですので、是非ご覧ください。
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