王様の愛人

月野さと

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2話

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 ソフィア・リッテンバーグは、ヘンドリックの長男の1人娘である。
 彼女が10歳の時に、両親が事故で亡くなってしまい、リッテンバーグ侯爵家は叔父夫婦が継ぐことになった。最初は、ソフィアが「侯爵家を私が継ぐ」と言い張って、叔父夫婦を家に入れようとしなかったが、1年後には全員の説得で、大人しくなった。
 それからは、叔父夫婦の娘として養子縁組され、従兄弟は兄となって暮らし始めた。

 両親を失って3年後、彼女は留学したいと言い出して、もともと不憫に思っていたヘンドリックは、了承したのだった。帰国したら、令嬢として結婚するという約束で。 

 そんなソフィアは18歳になり、帰国するなり、王都で行われている夜会に片っ端から参加したり、親交のあった友人とお茶会などをして、精力的に活動をしていた。ヘンドリックは、すっかり結婚相手を探しているのだと思っていた。が、しかし・・・とある日の晩餐で、ソフィアが言った。

「私、学校を創立したいのです。協力者や賛同者を、少しですが集めました。」
 孫娘の言葉に、ヘンドリックは、目が飛び出るかというほど驚いた。
 その祖父の様子を伺いながら、叔父の侯爵が言った。
「ソフィア。学校だなんて大がかりだね。領地内の教会で子供達に読み書きを教えているだろう?それではダメなのかい?」
 ソフィアは、フォークを置いて「はい。」と言って話し出す。
「隣国では女性だけの女学校がありました。これからの時代、男女関係なく学び、女性の社会進出を目指すべきかと思うのです。今のように、男性優位の社会は古いと思うのです。その為には、」 

 バンッ!!!ガシャーーーン!!!と、大きな音が鳴り響く。

 ヘンドリックが食卓を、思いっきり両手で叩いたのだ。
「ソフィア!女のくせに政治に口を出すとは、生意気じゃ!!これだから、少しばかり知識をつけた女はダメなんじゃ!女に何が解る!!」
 ソフィアは、冷静さを装って、言い返す。
「女でも、学び、考え、判断することは出来ます。世の中を変える事だって!」
「黙るんじゃ!!女は黙って男を支え、男に従い、子供を産めば良いのじゃ!」

 これ以上、祖父に何を言っても無駄。価値観や考え方の違いは、そう簡単には変えることが出来ないのだ。

 雰囲気が悪くなってしまったのを、なんとかしようと、侯爵夫人が声をかける。
「まぁ、ソフィアちゃんも、素敵な男性との出会いがあれば、考え方もかわるかもしれないわ。来週、王宮で夜会があるでしょう?ソフィアちゃん、私と一緒に行くのはどうかしら?素敵な独身男性との出会いでもあれば、結婚したくなるかもしれないでしょう?」
「お義母様。私は、そのような話をしているのでは・・・」
「うむ、そうじゃな。ちょうど良い。ソフィア、夜会に行きなさい。いや、わしが一緒に行こう。素晴らしい紳士を紹介してやろうて。」
 祖父が、髭を撫でながら頷いて、満足げに言った。

「・・・」

 



 翌週、王宮で夜会が行われた。

「ソフィア。良いな?大人しくついてくるのじゃ。」
「・・・はい。お爺様。」
 夜会に向かう馬車の中で、祖父にさんざん注意を受けて、ウンザリしながら夜会の会場に向かった。

 やっと、王宮について、会場に入る。ホールに入って驚いた。
 とても豪華で盛大に行われており、あまりにも華やかで大きな会場に圧倒される。シャンデリアも大きく、貴族たちは本気モードの煌びやかなドレスを纏っている。昼間のように明るく、この国の財力を感じられた。
「今日は、独身の紳士を紹介してやろう。気に入った者がいれば言うのじゃぞ。」
 祖父が私に言う。
「お爺様、これは豪華絢爛ですね。我が国は、財力も経済も他国に誇れる裕福な国ではあるのですが、ここまで王宮を豪華にしたのは、前国王の趣味ですか?それとも外交などで威圧感を出すためとか?」
「ソフィア!!」  
 鋭い口調で制止されて、ソフィアは祖父を見る。あ、ヤバイ。
「おまえと言うやつは!女は政治に口を挟んだり意見するものではない!公の場では特に慎むのじゃ!」
 ・・・はーい。女は!女は!って、本当に嫌気がさす。
 
 正直言って、帰国したら祖父の決めた男性と結婚させられるのだと思った。この国は、女性は結婚して子供を産むのが仕事だ。料理人も教師も医者も騎士も全て男性の仕事で女性は居ない。その事に昔から疑問を抱いていたのだ。だから、隣国に行ってみたかった。女性騎士、女性料理人、女性医師も居る隣国に行ってみたかった。あまりにも居心地の良い国だったので、そのまま住み着いてしまいたかったが、それは許されなかった。しかし、のらりくらりと、このまま交わして行こうと思っている。 

 夜会会場に入って、程なくして話しかけて来る人がいた。

「ヘンドリック宰相様。今日はいらっしゃらないのかと思いましたよ。」
 声をかけてきたのは、10歳は年上だろうか?茶色い髪の茶色い目をした、特に特徴の無い男性だった。
「テイラー公爵殿。今日は、孫娘が一緒じゃったのでな、準備に時間がかかってしまっての。ほれ、挨拶しなさい。」
 私は事務的に1歩前に出て、お辞儀をする。
「はじめまして。ソフィア・リッテンバーグと申します。」
 顔を上げると、テイラー公爵は私の顔をジロジロと見て、品定めされている気分になる。
「トマス・テイラーです。お美しい方ですね。あなたが会場に入った瞬間に会場内がざわつきましたよ。」
「・・・ありがとうございます。お上手なんですね。」
「ソフィア。このテイラー公爵はな、帝国学園の経営を任されておるのじゃ。」
 帝国学園とは、王都にある国立の貴族専用学校である。それを聞いただけで、興味を持ってしまう。学ぶことが好きなので、話を聞いてみたいことがいくつか出て来る。
「学園の経営を?素晴らしいわ。」
「いえいえ、父の代から任されているのを、引き継いだにすぎませんよ。」
 好奇心の目で見つめると、祖父が後ろから言った。  
「まぁ、2人で話をするがよい。わしは少し席を外す。」
 すると、テイラー公爵は、私の腰に手を回した。そのことに驚いてビクリとする。
「それでは、お飲み物でも飲みながら。」
「・・・は、はい。」

 一緒に飲み物を取りに行ってから、「ゆっくり話をしたいから」とバルコニーに連れて来られる。
「ソフィア嬢は、本当に美しいですね。地上に舞い降りた天使のようだ。」 
「・・・お上手なんですね。」
 ついボー読みで答えてしまう。
「3年間、留学されていたと聞きましたが、どちらへ?」
「隣国の、モンテカリブ王国ですわ。留学制度がしっかりしていて、女性教育にも熱心な国で」
「あぁ、知っていますよ。女性に歴史や経済の教育なども行う国ですね。女性騎士も居るとか。」
「ええ!そうなんです!行ってみて驚きましたわ。女性騎士の多さなども」
「そうでしょうね。我が国よりも人口が少ないですからね。しかたないのでしょう。」
「・・・え?」
「女性は男に守られて暮らすべきなのに、戦場に出すなんて、信じられません。野蛮な国です。そう思いませんか?あのような国に産まれた女性は悲惨です。」 
「あ・・・でも、女性医師もいらっしゃるんですよ?」
「ええ、知っています。男性だけでは国として回らないのでしょうね。しかし医師は難しい仕事ですから女性にできているのかどうだか。」
「・・・・・」
 この人、典型的なラトニア国民だな・・・。話してて苦痛。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、少し肌寒いので中に行こうかしら。」
 そう言って、立ち上がった瞬間。腕を掴まれたので、振り返る。

「ソフィア嬢。私は、あなたが気に入りました。」
 ・・・はぁ?
「あなたのお爺様、ヘンドリック宰相から、婚約者になってくれないかと打診をうけていたのです。」
 あ゛?ジジイめ、そうゆうことか。
「私は、あなたよりも10歳も年上です。しかし、あなたの可憐な姿。愛らしい所に惹かれてしました。」
 それ、見た目だけじゃない。
「まぁ、ありがとうございます。それでは、お爺様に相談しなくちゃ。」
 ソフィアはウブな女を演じて、恥ずかしそうにパタパタと走り去る。心の中では、うっせぇよ!オッサン!と悪態をつきつつ。

 走り去るソフィアを見て、テイラー公爵は、頬を赤らめてつぶやくのだ。
「なんて可憐な。恥ずかしがり屋さんなんだ。守ってあげたい。」

 その後も、祖父の紹介で、数名の男性と話をしたけれども、どれも同じようなモノだった。どいつもこいつも~~!と、苛立ちだけが募る。

 そんな夜会で、私は、彼と出会うのである。

 

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