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第一章
4話 思い出した!
なるほど、見たことがある世界だと思ったらゲームの影響か。
シストは格子を挟んだわずかな距離で歩みを止め、存在すらも癪に障ると言いたげな憎々しい目で見下ろしてきた。
眼中にないと言わんばかりにそれを視界から外し、後方に待機している子供にわき見をする。
――……そういえばゲームにもあんな子供がいたような……。
毛布を腕に抱えながら悶々としていると、白く長い指先が俺の顎をすくって自分の方に視線を向けさせる。
目と鼻の先に迫った端正な顔立ちにほれぼれと見とれてしまう。
うっわ……。男なのに綺麗……。引くレベル。
張り詰めた空気に耐えかねて頬がぴくぴくする。
そういえば。このキャラ女の子に人気だったなぁ。羨ましいなぁ。夢とは言えリアルだし、現実世界でこんな人がいたらとんでもないことになりそうだな。
吸い込まれそうな瞳を眺めていたら、ぐっと顔が寄って来て、近くの相貌が放つ異様さに畏怖を抱き、逃げ腰になる。神経が張り、背筋に汗が伝う。
神秘的な瞳だが、それでいて、根深い闇を感じる底の知れない瞳だ。
「あ、あのぉ」とまごまごして身をすくめて後退しようとすると、腰をガッと捕獲されて逃げられなくなる。
「貴様、本当にあのヴァントリアか?」
とたずねられ、ポカンとする。
ヴァントリア? ヴァントリアってなんだ?
どこかで聞いたことがあるような。
シストはハンッと見下すように嘲り笑い、悪し樣に言う。
「落ちぶれて最下級階に染まったか。あの傲慢かつ低能の貴様が、ここに落とした私を見て掴みかからないとはな。おまけにこの王族の証であるペンダントまで手放し、投げ捨てるなどもってのほかだ」
この話……聞いたことがあるぞ。それこそ最近。ヴァントリア、王族、ペンダント、傲慢……最下級階、落とす……
相手の冷たい視線が大きなヒントをくれる、過ぎ去りし日々の記憶が脳内を巡り、ついに。
―――――思い出した!
ヴァントリア。ヴァントリア・オルテイル。
新作ゲームの前作WoRLD oF SHiSUToで激弱ザコとして名の知れたあのヴァントリア!
発売後プレイヤーの間で弱いキャラとして認知されて、ある種、苛めのように集中的に叩かれ、同人では嫌な役どころを担わされたり、さんざんな目に合い理不尽な暴力の対象にされたりした嫌われ者のキャラだ。
キャラの見た目重視のゲームであるため、プレイヤーの主人公もラスボスであるシストも、オルテイル一族も他キャラも見目麗しい。もちろんヴァントリアもゲームの世界的には、主人公の上、シストの下位の美形ではあるようだし、赤髪の俺様系王子様みたいな女性の好きそうな見た目。でも残念な事に人気がないし、いわゆる腐向けのカップリングも悲しいほどにマイナーだ。
地下都市の支配者であるシスト・オルテイルと同じ王族で、彼にいいように扱われて捨てられたモブキャラヴァントリア。
そうだ、さんざん嫌われた理由の一つには、最下級階の奴隷達を惨たらしく扱い続けたことにあった。いたぶり、人を人とも思わず悪の限りを尽くす。
確かネット上で彼の登場シーンが、酷い、と、許せない、と話題になっていた。人気はないが認知度は圧倒的なモブだ。
シストに王族の権利を剥奪され、最下級階の檻に入れられたと言う経緯がある。ゲームでは檻の中で初登場し、同じ檻にいた子供を衰弱させて瀕死状態にしていた。
ああ、ゲームしたくなってきた。夢から覚めたら早くゲームがやりたいなあ。
退屈で底辺な生活が、久しぶりに花を咲かせたのだ。ゲームを想って、にへにへほにへと笑っていると、シストの鋭い視線を感じて我に返る。――と言っても。夢の中なのだが。
「……あの、何か?」
いつまで顎クイして人の顔を見つめ続けてるんだ。
ネットでプレイヤーである主人公・ウォルズとのそう言うイラストはさんざん流れていたが、こういうことをシンプルにごく自然なことだと言わんばかりにするから標的にされるんじゃないのか。
腰もしっかり押さえられて格子に食い込んでいき、時間が立つごとにキツさが増す体勢だ。力を込めるな、これ以上は近付けないんだから。
シストはくすりと意地悪く笑い、しばらくしてその形の良い唇を開けた。
「ふん。そんな薄い毛布一つでなんになる。貴様のような奴がここで生きていけると思うな」
そう言えば。ヴァントリアは嫌われ者だったな。
主人公と言う玩具に夢中で、主人公が大大大好きなシストは、確か、穏やかな口調で爽やかな笑みを浮かべるような、主人公とは対の、腹黒いもう一人の王子様。世に認知されているのはそう言った印象だ。
意地の悪い優男。
爽やかな悪戯好き。などだ。
夢とは言え、ヴァントリアであるらしい俺にはそんな印象を持たせてはくれないらしい。
――そこで彼の言葉を思い出して。さんざん心の中で毒づいて、ハッとする。
シスト相手に力で適う筈はなかったのだが。無我夢中になったからか、彼の腕を振り解くことができた。
それが気に障ったのかシストは顔をしかめる。
ベッドで寝ている筈の子供に駆け寄ると、子供はベッドの上に立っていて、不思議そうに首を傾げた。
おい。
「な、ん、で、寝てないんだぁあああ……!? ――――寝ておけと言っただろうがああっ!」
ぐりぐりと子供のこめかみを苛めると、ぎゃあぎゃあと子供が騒ぐ。
くそぅ、もうちょっと構ってやりたいが、傷が開くといけない。この辺りで止めておくか。
「ほら、ゆっくり休め」
毛布を掛けてやると、子供はじっとこちらを見つめてきて寝る気配がない。
「文句は言うなよ。薄い毛布持ってきたのはあのおっさんだからな」
「別に。そんなこと言ってねえし」
毛布に包まる子供。それでも寒いのかぶるぶると震えている。
俺は未だに下着姿なんですけど……。
「…………、……寒いなら添い寝してやろうか?」
「はあッ!?」
叫び声と共に顔を真っ赤にして、子ども扱いするなと喚く子供の手を、ぎゅっと両手で包み込む。
「聞いてくれ。俺も寒いんだ。ベッドの中に入りたい。毛布にくるまりたい」
「真剣な面持ちで何を言ってるんだアンタは! 地べたで寝とけ!」
あんなに介抱してあげたのに! 酷い!
しくしくと床に寝そべっていると、視線を感じて顔を上げる。
「…………」
シストが得体のしれない者を見るように俺のことを見ていた。
矜持の塊ヴァントリア様が地べたに打ち上げられた魚みたいに蠢いていたら誰だってああ言う反応を示す。いや、まだシストは冷静な方だ。彼の後ろには外した顎を両手で抱えている男がいる。無礼な。ヴァントリア怒っちゃうぞ。めっ。
それにしても。
「……まだいたんですか」
その失礼極まりない眼差しにイラッとして、ヴァントリア様お得意の仏頂面で睨む。
「……帰る」
え。
俯いてしまったシストの表情は見えなかったが、こちらに背を向けてさっさと去っていった。
「何あれ」
優雅な動きではあったが、こちらに振り向きもしないし。何より前が見えていないのか、壁にぶつかったり躓いたりと、正直言って先ほどまでのカッコ良さが毛ほども感じられない。
またシストの意外な一面を見た気がする。
主人公にはしつこいくらいに付きまとっては、最上級階の貴族や神級階の七神達との会議にお呼ばれしない限りは帰らないらしいし。ヴァントリアにも徹底的に絶望を与え、怒りを買うまではしつこく虐めていたと聞く。
夢だから、だろうか。シストのああいう姿を見たいと思っていたのかな。確かに、主人公の前以外では、気を張り過ぎているように見えた。完璧を演じ切ろうとしているような……。
そもそも、なんてリアルで長い夢なんだ。いい加減覚めてくれてもいいんじゃないか、夢なら本気で覚めてくれ。ゲームしたいし、ここで暮らしていく自信がない。一人の部屋でゆっくりするのが俺のベストな暮らしなのに。
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