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第五章 前編
80話 青い王族の証
見上げた先の顔は凛としていて正にゲームの中のウォルズだった。うっとりと見つめていると彼は吐き出すように言った。
「ヴァントリアを探していたんだ。ヴァントリアの呪いは、地下都市の中で誰よりも濃く量も膨大だ。呪いの強い者を片っ端から集めて、ヴァントリアを探していた。」
「俺、を……? 此の階層が?」
抜けた床から見える45層を眺めながら呟く。しかし、ウォルズは静かに首を振った。
「……階層の主が、だよ」
階層の主——聞いたことがない。A and Zの話か。
45層については入口も出口もない侵入不可能のエリアだ。唯一の入口となる本軸も、エレベーターの筒状の箱が展開されているから落ちることはまず出来ない。それに落ちたらヴァントリアみたいにバッドエンドだ。
45層については、一般的な周囲の見解くらいしか触れられなかったからな。
ただ、ずっと引っかかっていることがある——ヴァントリアが刺されて落ちたのは、最上階層だった筈。
それなのに、死体は生きているみたいに綺麗だった。傷ひとつ付いていない、骨折すらしていない。眠るような、そしてすぐにでも起き上がって来そうな。
——これも、呪いの力なんだろうか。
前世でもヴァントリアは死んでいないと考察されていたが、それに対してヴァントリア死んでて欲しい派の会話が脳裏に蘇る。
もちろん考察した人も俺も後者と同じ意見だ。死んでてくれ。
まあ、死んでいない考察は当たっていて、A and Zでヴァントリアは再び登場したらしい。
ウォルズの話によると、新主人公のヒロイン的立場だと聞くし……。この情報筋は怪しいが。
ウォルズでない主人公だったことに対してプレイヤー達は残念がったらしいが、ヴァントリアがウォルズのヒロインになってたら間違いなく叩かれてただろう。
登場しただけで批判が殺到したらしいけど。
其れにしても、またA and Zの知識か。続編はかなり世界設定に食い込んできていたらしい。プレイしたかったなぁ……。
そう言えば、45層と言えばシストも入ってきてたけど。
「……階層の主って、シストのこと?」
「違うよ。シストは呪いを持ってないからまず入れない」
「え、でも……シストとはイルエラに会う前に会ったぞ?」
そんなはずはない、と目を見開くウォルズにもう一度説明する。
「本当なんだ。確か、俺の王族の証であるペンダントがあったから入れたって」
「……ヴァントリアのペンダントは、確かシルワールからヴァントリアの父親に、そしてヴァントリアに渡されたものだから。成る程、ペンダントそのものにも呪いが掛けられていたのか……」
「シストに渡してからそれっきりだったからイルエラを助ける時どうしようって迷ってさ。そしたら子供のゴーストがやってきて王族の証をくれたんだ。これがまた珍しくて。赤くない青い宝石で——」
それを聞いて、ウォルズの顔に驚愕の色が浮かぶ。見たこともないくらい真っ青の顔で掴みかかってくる。
「ヴァントリアの今持ってる王族の証って、まさか——」
「うぉ、ウォルズ?」
ウォルズは滝のような汗を流して立ち尽くす。成す術が無く動かなくなった肩に付いたままの手がゆっくりと離された。
瞳孔が焦点を合わせていない。絶望が目の中に潜んでいるように見えて心配になった。
「ウォルズ……?」
突然のことに困惑して、尋ねるようにヒオゥネの顔を見る。
「ヒオゥネ……?」
しかし、彼もまた驚愕で身体を震わせていた。銅像のように固まって動かない。近付いて顔を覗き込むと、瞳が合い、整った唇がゆっくりと開かれる。
「————青い宝石の王族の証。オルテイル一族の初代王、アゼンヒルト・オルテイルの所持品です」
「アゼンヒルト……?」
聞いたことはある。前作のゲームの冒頭でアゼンヒルトの名前が出ていた。確か地下都市を作った人物だ。ってことはやっぱり死人の指輪なのか……アレ。
「幾ら階層を探しても、アゼンヒルトの死体も指輪さえも見つかることはなかったと多くの本にその存在が記されています。
誰も見たことがないので指輪の形もそれぞれです。想像上の指輪の図面が本に描かれている。
……青い宝石の王族の証等本当は存在しない。ただの昔話に尾ひれがついたものだと言われてきました」
「何であの子供がそんなの持ってたんだろう」
「……ここから出よう」
「え?」
消えるような微かなつぶやきだった。
心配してウォルズの傍に寄れば、手を引かれ、ぎゅっと抱き締められる。
「俺がいるんだから、その指輪もここに置いていくんだ」
「で、でも」
つまりウォルズが傍にいなくなったら階層の移動は出来ないという事だ。逃亡中の身に行動に制限が掛かってしまう。
「……俺は絶対に君を守るって決めたんだ。だから、大丈夫。例え一つ王族の証がなくなったって、大丈夫だよ。ヴァントリアは俺が守るから。その為に強くなったんだから」
腕の力が強くなり、声音もだんだんと凛々しくなっていく。
「俺は君の為に思い出した」
「——っ」
思い出したと思っている。ではないんだ。
——あのウォルズが、ヴァントリアを守ろうとしている。例え嫌いでも殺しはしなかった。仲間が傷付けられても、殺しはしなかった。優しいウォルズ。
ヴァントリアの呪いとは何だろう。ヴァントリアには何かがあるのは明白だ。それを知って、ウォルズは俺を救おうとしているのか。
……何でお前はそんなに優しいんだ。
だから俺はお前が苦手なんだ。ウォルズ。俺は助けて貰えるような存在じゃない……。
「ウォルズ。俺達の目的は博士を助けることだ。今はそっちを優先する」
「でもッ!!」
離れて、顔を見合わせてくる。
「大丈夫だ。何となくだけど、そんな気がする」
悲しそうな顔を浮かべるウォルズを笑わせたくて、こちらから笑顔を浮かべた。
「……そうだな。例え今凌いでも、どうせ懲りずに再び仕掛けてくるんだろうから。……ムキになられても困る。この儘の方が安全かもしれない……」
「……ウォルズ?」
もう一度抱きしめられて胸の鼓動が速くなる。
「あ、あの……」
いつもの変態の抱きしめた方じゃないから調子が狂う。
「絶対に守るから」
小さな呟きだった。ただ、決意だけが深々と胸に染み渡ってくる。
「もう二度と失ったりするもんか」
……晴兄。
縋り付くように腕を回してより深い抱擁を受ける。胸の高鳴りを聞かれてはいまいかとドギマギしながら、そっと、彼の背に手を回した。
前世では抱き締められることなんかなかった。子供の頃に一度会ったきり、その後は一度も会わなかった。
会える機会があったのに。俺は引き篭もるばかりで誰にも会おうとしなかった。
胸中の甘く苦い切ない愛情が満身を温めていく。
力強い肩に頰を寄せて、緩む口元を隠した。
「……ごめんなさい」
不謹慎だ。心配してくれてるのに。
そう言う意味で言ったのに、ウォルズは何を思ったのか離れてしまった。先刻まで感じていた温もりが消えて妙な困惑が生まれる。
……もう少し抱き締めていて欲しかったなんて。俺は気でも狂ったのか。
——ウオオオオオオオ——……
再び呻き声が回廊に響き渡る。階層自体が恐怖するみたいに鳴動した。
「下へ降りてみるか?」
ウォルズを見上げてたずねると、ウォルズの目がヒオゥネに向く。
「……ヒオゥネ、下には何かあるか知ってる?」
「いえ、ですが僕が実験していたのは博士ですので」
「——……成る程ね。」
ん? 何が成る程なんだ。何が分かったんだウォルズ。
「降りよう。博士は多分下にいる」
「う、うん。——うわっ」
ウォルズに膝を抱えられて横抱きにされる。負担を掛けないように扱おうとしているのが触れ方で分かった。それにしてもどうして皆軽々と抱き上げられるんだ。
ウォルズは変態だけど相手に対する行為は紳士だな。イルエラだったら担ぐし、ジノだったら引っ張るんだよなこれが。あの子達はウォルズの言う通りまだまだだ。
——てか何で抱き上げられてるんだ?
「わっ」
突然ウォルズが動いて、大きな床穴から飛び降りる。
「あああ可愛い! くっ付いてくるとか天使!」
咄嗟にウォルズの首回りに腕を伸ばして胸にくっ付けば顔を真っ赤にして喜ばれてしまった。
45層へウォルズと共に降り立つ。降り立つ時、ふわりとウォルズのマントが靡く様を見て高揚が胸を突き上げる。
——ゲームでも動く度にキラキラ輝くマントが綺麗だったんだよなぁ。
呪いが濃いのか、俺を下ろした途端フラッとするウォルズ。不本意だが(変なこと言うから)うねうねちゃんを食べさせる。
もぐもぐするウォルズを眺めた後、ふと顔を上げて辺りを見渡した。
あの真っ暗闇だった45層。
今では天井の穴から光が射して壁や床の輪郭がくっきりと分かる。
——真っ白の世界とは違い、古い石造りで出来ていた。上階の世界とはまるで別世界だ。
ただ、動画で見たA and Zのタイトル画面と同じ世界がそこには存在していて。
呻き声が響くその回廊は、正に画面の中と同じだった。知らず知らずのうちに感極まって身震いする。
怖いけど——楽しい。
「……A and Zだ」
呟くと、隣で震えていたウォルズもこくこくと頷く。かなり興奮しているようで、無言で世界を見渡している。
背後から物音が聞こえて二人してビクビクしながらバッと振り返る。
「どうしたんですか?」
ヒオゥネが着地の体勢を取ってびっくりしたようにこちらを見上げていた。
「あ、いや……。ヒオゥネは怖くないの?」
「はい。これだけ呪いに溢れていたら楽しくなります」
「す、凄いな」
「御二方も楽しそうに見えますけど」
「えっ、そ、そうかな」
「めちゃめちゃ楽しい! 何か怖い感じするけど興奮の方が強いわー!」
素直に答えるな、ヒオゥネが驚いてるじゃないか。
俺とウォルズがきゃっきゃうふふして喜んで、あれやこれやを見て喜んでいた時だ——すぐ近くで耳を割る破壊音がする。
意表を突かれてアタフタしていたら、ウォルズに腕を引っ張られる。
天井の瓦礫が積み重なり道が狭くなってしまっていたが——ウォルズは隙間を見つけてどんどん回避していく。
——まるで何度も体験したことがあるようにズンズン行くものだから、これはA and Zの序盤でプレイしたのかもしれないと考える。
背後から追い掛けるように破壊音が鳴り、更に瓦礫も吹っ飛んで来て行く手を阻んだり、奥の瓦礫の壁を破壊したり、積み重なり方を変えたりと、中々ハードだ。
ウォルズについて行けばまず問題はなさそうだけど。
——そうだ、ヒオゥネは?
バッと振り返って、ヒオゥネの姿を捉えて安心した束の間だった。
「……——っ」
ヒオゥネを探す為に振り返ったと言うのに、背後から迫る破壊音の正体が視界を埋め尽くした。
人智の及ばぬその姿に絶句した。
現実離れした巨体が壁を削りながら——瓦礫を引き摺りながら迫ってくる。
「ま、魔獣——っ!?」
「行き止まりだ! 上層へ撤退しよう……!!」
ウォルズが俺を抱き上げて地面と足が離れた時。
大きな掌が真下を覆い尽くした。
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