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第伍章
94話 ずっと一緒にいたい
そうして先刻まで俺の咥えていた触手にむちゅううっとキスをする。
「……あの、テイガイアさん?」
声を掛けても乳を吸う赤ん坊のように夢中になって触手とキッスしているのを見て、ちょっと心配になる。この頃からセンス——もとい頭はイカれていたのか。
……まさか関係がそんなところまで進行しているとは。触手と俺に嫉妬してたのか。ごめんな、お前の大切な相手に変なことして。
「はぁ、はぁ、バン様、バン様」
「……テイガイア?」
呼ばれたから返事をすると、触手をぺろぺろして見つめてくる。
「はぁ、あぁ、バン様美味しいです」
「う、うん。それ一応食べれるもんな」
それにしても中学生の癖になんて色っぽいんだ。表情も声も一級品じゃないか。触手が変なことしなければいいけど。
でもなんか触手が嫌がってる気がするのは気のせいかな?
じっと観察していると博士はハッとして触手を口から離すと、ぐばっと立ち上がった。
過剰なスキンシップを見られて恥ずかしかったのか?
「ちょ、ちょっとお手洗いに行ってまいります。すぐ戻ります」
「え。うん。——って、そいつは置いていけば?」
「それは駄目です。だってしゃぶりつくしに行——いえ、この子とはひと時も離れたくないので」
「そ、そう」
愛されてるなぁ触手。やっぱり恥ずかしかったんだな。
その後、数時間はトイレにこもっていて、心配して何度か声を掛けたが、
「まだ掛かります。全て吸い尽くし——いえ、トイレ掃除もついでにしてるので」
と、トイレ掃除を始めてしまったらしい。
夢中になったらやめられない性格なのかもな。実験もそうみたいだし。
「先に寝てるな」
そう告げて踵を返す。すると、扉の向こうからゴトンッと重くて硬いものが落ちた音がする。
「どうかしたのか? 結構大きな音したけど」
扉の向こうからノイズが鳴り、扉に頬っぺたも一緒にくっ付けて耳を澄ませる。どうやら博士の声らしいけど、ブツブツ呟いていてよく聞こえない。
「い、一緒に、一緒に寝るチャンスなのに、でもバン様と間接キス……今日中にしないと消えちゃうかもしれない。でもバン様と一緒に寝るチャンス。くっ付けるチャンス。でも今しか唾液残ってないかもしれない。うう、でもバン様の寝てる間に色々出来るチャンス……そうだ、触手越しじゃなくて直接……」
「テイガイアー?」
大丈夫かな、まさかトイレ掃除で新しい発見をして研究でもし始めてるんじゃ。
そんなことを考えていたら、ジャーっと水を流す音が聞こえて。ホラー映画みたいに、キィィ、と嫌な音を立てて扉がゆっくりと開いた。
中からはオバケではなく、顔を赤くした博士がフラフラと出てくる。
足がもつれたのか、倒れ込んでくる博士の身体を受け止めた。
「だ、大丈夫か!?」
「バン様……」
胸に顔を埋めて鼻で深呼吸を繰り返す。大丈夫かな。もしかして何か変なもの食べたのか? あり得る。毒キノコだか気味の悪い虫だか、それとも触手でも食ったのか。
「平気です。集中しすぎて疲れただけですよ」
「そっか。ならいいんだ」
よしよし、と頭を撫でれば勃然とする。本当に表情は素直じゃないな。ちょっとジノに似てるかも。やっぱりガキンチョはマセガキが多い。
背中に腕を回され、擽ったい。
確か、大人の時もこんなことあったな。触手を食べてあまりの美味しさに倒れた博士を受け止めたら、抱き締められて求婚されたんだっけ。まあ冗談だったみたいだけど。
「ほら、もう中学生だろ。子供じゃないんだから」
甘えられるのは可愛いけど。あの小さい頃とは随分体格も良くなっている。
男の子になってきたんだなぁ。ああ、もうこれ以上は成長しないでくれ。今が一番可愛い。
大人の状態で触手とキスなんかされたらたまったもんじゃない。視界の暴力だ。
そして抱き付かれるのも……ちょっと困る。どうして大人の男に抱き締められなきゃなんないんだ。生理的に無理だ。
トイレの前でハグされる状況にあったが、博士が顔を胸にくっつけたまま口を動かしてモゴモゴと言う。
「寝ます。バン様と一緒に」
「うん。明日は早いからな」
……くっ付いたまま離れる気配はない。
まだ甘えていたい年頃なのかな。父親は忙しいみたいだし、甘えられる相手もいないのかも。……まだ可愛いから……いいか。
◇◇◇
翌日、眼が覚めるとすぐそこに博士の顔があって跳び起きる。
床で寝る人種だったとは言え、流石に床に直じゃ全身が痛い。ああ、ルーハンのベッドめちゃめちゃふっかふっかだったなぁ。包み込まれるように沈む彼のベッドに戻りたい。
……ルーハンはいらないけど。
横で蹲っている博士の肩を掴んで揺する。
「テイガイア、朝だ」
んん、と鼻声を漏らして睫毛が震えた。舞台の幕が上がるように長い睫毛がゆっくりと開き、朧げな瞳がこちらを見る。
暫くぼうっとした瞳で見つめた後、ハッと目を見開いた。
バッと飛び起きてからズルズルと地面に伏せてしまう。
二度寝か?
「ああああ~結局何も出来ないで寝てしまった……」
項垂れて毛布にグリグリと頭を押し付ける様はまるっこくて動物みたいで愛らしい。
「罪悪感なんか感じなきゃ良かったんだ……バレなきゃいいんだから。あぁ、人生一大のチャンスを逃してしまった……」
ずっとうーんうーん唸っていたが、「いや、まだ明日がある」と、起き上がって即、くっ付いてくる。
こらこら。
何も出来ないで寝てしまったって。そんなに実験したかったのか。
ゲームに夢中で夜更かしして母親に怒られる子供みたいだ。
昨日の俺は正にそれだな。怒りはしなかったけど先に寝ようとして邪魔してしまったから。
「ごめんな。俺の我儘で早く寝る羽目になって」
「いえ。嬉しいです。——それに。バン様とデートだし……むふふ」
後半はよく聞こえなかったが、嬉しいと思ってくれてるなら良かった。
寮暮らしで外出は制限されているようだし——校則が厳しいからな——町へ出かけるのも一苦労だろう。
本当なら学校から許可を取る為に親に同意書を書いて貰い、担任に印鑑貰って校長に印鑑貰って寮長に印鑑貰って。事務に提出。という流れらしいんだが。
なんて面倒なんだ。厳し過ぎやしないか。
今回は博士が学園を出て行くことと、俺が王族であることでその面倒な手続きはしなくて済んだけど。
よく考えたら、町に出かけたいなんて、数年越しに会って早々に頼むことじゃないよな。
でも、博士は町に行ったことがないと言っていた、つまり記憶の世界なら風景はかなり曖昧だろう。博士の想像上の世界に行くことになる。
逆に、もし細部まで再現されていたら……記憶の世界ではなく現実と言うことだ。俺がタイムスリップしている可能性が高い。
ヒオゥネは空間を越えられると言っていたし。次元を超えてもあり得ない話ではない。
「……俺帰れるのかな」
「…………帰らなくてもいいですよ」
「え?」
下から声がして、見ると、博士が神妙な顔で言った。
「ずっと、私の傍にいてください」
ぎゅっと両手を掴まれて少し下がった視線から見つめられる。
何処か寂しそうな眼差しに思わず頷き掛ける。
「あっ……と、それは、出来ないよ。待ってる人達もいるだろうし。それに……」
君にはまた会える——そう言おうとして、やめる。
すると、博士は柳眉を下げて離れてしまう。
拗ねてしまったのかくっ付いてくれなくなってしまった。
……未来から来たなんて言っても信じないよな。
信じそうではあるけど、食い付かれたら食い付かれたで答えにくい。お前が魔獣で俺はお前に取り込まれて、ここに来たなんて言えるか。
……いや、待てよ。四苦八苦するより、言ってしまった方がいいんじゃないか?
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