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第七章
169話 逃げられない運命
踊り子達は席について、オーナーがご飯を聞いて回っている。
そんな中、踊り子のリーダーが席を立って、ウォルズに近付いた。
彼女の名前はハートメアホーン・トリステン。黒髪のクールな瞳が特徴的のナイスバディのお姉さんだ。
踊っている間に靡く髪が美しいので、殆どの踊り子は髪を伸ばしている。また、男性の役もこなす踊り子は短髪が多い。
でも、男性役でない時(舞台で女性役をする、プライベートの時間など)は長い髪の桂を被っている。
リーダーの黒髪もお尻が隠れるほどに長い。彼女は踊り子達や、町のみんなから、愛称でハートと呼ばれている。
「ウォルズ様、昨日は最高でしたわ~またお酒のお相手させてくださいね!」
お酒の話になれば、勇者様は目をキラキラと輝かせる。
「ぜひっ、て言いたいところだけど、うちの嫁がお酒はほどほどにしろって言うから、お酒はこれからは控えようかなって」
俺の座る椅子を引きずって、――やめて――俺を近付けてから、肩を組んでくる。
「本当に控えるんだな? 約束できるんだな?」
「すごい念押してくるね、俺やっぱり何かした?」
…………何かって、俺はちゃんと覚えてるのに。こうやって目を合わせるのも恥ずかしいのに、あほんだら。
「なんか顔赤いね、もしかして万にも飲ませちゃったとか?」
……むかつく。ばか。あほ。
「いや、酔っ払い相手がうざかったらやめてほしいだけ」
目をそらせば覗き込んでくる。覗き込むな!
「なんか今日やけにかわいい気がする……きのせいかな」
「うっさい! いいから飯でも食べとけ!」
自分の食事をフォークで刺してウォルズの口に詰め込んでいけば、「あーんしてくれるのうれしいなぁ!」とか喜んでいたウォルズの口はハムスターみたいにいっぱいになって喋れなくなる。
そんな俺にハートさんがひょひょーいと近寄ってきて、耳打ちしてくる。
「ところで、頼みがあるんだけどぉ、ちょっといいかなぁ~」
ここにいる奴等はみんな地獄耳だと言うのに。
「ランシャって女の子ばっかりでしょう? て言うかそもそも男の子がいないから、女の子が男装するのよねぇ。だからぁ、男用の衣装はあるんだけどー、女の子だけで出来る舞台が殆どだしぃ、ストーリーがある踊りもそんなに多くないって言うかぁ、めったに男役の出番なんかないからぁ、男役の衣装がねぇー5着しかないのよねー」
「5着ならちょうどいいんじゃないか?」
俺と、ジノと、ウォルズと、テイガイア、イルエラ、ちょうど5人だ。5着あれば足りる。
「えー。だってもう、既に一人には渡してあるからぁ、1着足りないわよー?」
「既に一人?」
皆踊り子の衣装を着ているようには見えない。確かに、皆いつもと違う服装だけれど、これは寝巻きだと知っている。
ハートさんの言っている意味が理解できなくて、俺が首を傾げたとたん、きいい、とカウンターの奥の扉が開いた。
扉の奥からラルフが現れる。いや、目つきの悪さはディオンか? いやいや、二重人格の裏モードならあれはラルフなのか?
ラルフは髪をかきあげて、こちらへやってくる。乙女ゲーのイケメンオーラが眩しい。
ラルフはぼうっとした目で辺りを見渡していたが、テイガイアを見るなりそちらへ近づいていった。
「ゾブド先輩、俺タチはここで何をしてたんでしょうか?」
ラルフはキッチンに手をついて、カウンター越しに話し出す。にっこりと笑う顔は、ラルフやディオンとはまるで別人だ。どっちだ?
マスターが無言でラルフに朝食を持たせてカウンターから追い出す。
「この店で怪我した君の手当てをしたんだ。感謝してくれよ」
「ありがとうございます! ゾブド先輩に手当てしてもらえるなんて嬉しいな! でもできれば一番近くで見学したかったです」
なんだこの可愛らしいあざとい美少年は。いや、色気ムンムンなラルフの顔ではあるけれど、こう、ちょっと懐いている様子を見せてくるのはまるで犬ようだ。そうか、犬属性なのか、この子は。
「…………」
「ん?」
じっとラルフの横顔を観察していたら、彼と目が合う。目はそらされたが、傷とか体調とか、いろいろと心配でジノの隣に座って食事をするラルフの姿を眺めていたら、ラルフにギロッと睨まれた。
じ、ジロジロ見てしまってごめんなさい。
怒らせてしまったかと思ったが、ラルフは机に肘をついて俺を覗き込んだ後、フッと微笑んだ。
「……俺タチに見とれてるのか?」
ラルフはからかい口調でそう言う。どうしよう、踊り子達の目がハートだ。
確かに成長したラルフの顔は、キラキラテイガイアと互角に張り合っている。テイガイアも身なりを整えていたら、ラルフの色気に負けないんだろうけど。
そして何より、ラルフが着ている服は、先程ハートさんの言っていた踊り子の男装用の衣装だった。露出が多い。しかし着こなしていてかっこいい。彼の白い素肌に女性の目が釘付けである。
女性と男性は、服のサイズもだいぶ違うだろうからなおしてあるんだろう。たぶんこの世界だったら、材料がなくても魔法でちょちょいのちょいだ。
「似合ってるな、衣装」
俺がそう言えば、ラルフは頬張っていたスプンを口から引き抜いて、口の中のモノをごくんと飲み込む。
「アンタが女の格好すんの?」
「…………は?」
「衣装足りないんだろ、アンタなら美人になると思うぜ」
「……………、……っ!?」
滝の汗が流れ出して、ハートさんに振り向けば、にこぉっと笑われる。
「じ、ジノさん! ジノさんなら一番背が低いし華奢だし可愛い顔してるし女の子の服似合うんじゃないかな~!」
「アアンッ!?」
左隣のジノの肩を掴んで、差し出そうとすれば、ジノの眼光に怯んで動けなくなった。ひええ、だって。
「ジ、ジノならきっとかわいいよ。みんな恋しちゃうよ。ジノのモテ期到来だ! よ! おめでとちゃん!」
「そんなのいらねえよ、俺は男だ男の衣装しか着る気はねえ」
「そ、そうだ、ウォルズ! ウォルズはかわいい顔してるから女の子の格好似合うと思うよ!」
ゲームでも可愛かったし! 完璧に化けられるぞ!
「んー。別に女装してもいいけど、俺、ヴァントリアの、女装姿を見てみたいなー♡」
この裏切り者ぉ!! そんなかわいい顔しておねだりされたって了承なんかしてやるもんか!
「て、適当に服屋さんで男の服買ってくるよ!」
「だめよー客前に立ってもらうんだから」
「は?」
「ただで私達に匿ってもらうのは申し訳ないからって、ウォルズさんが働かせてくれって言ってくれたのよ。客席でも盛り上げ役をやって貰いたいとは思っているけど、例え舞台でなくても、どんな形であれ、手を抜くつもりはないわ! 衣装は着てもらいます! 観念しなさい!」
「……う」
「それにあなたは目立つし是非舞台に立って欲しいのよ! ね、ヒュウヲウン!」
呼ばれたヒュウヲウンが傍までやってきて、目をキラキラと輝かせて言った。
「私、ヴァントリア様と舞台で一緒に踊ってみたい! きっと素敵な舞台になるよ!」
「…………でも、俺」
いくら変装するとはいえ、目立ったらダメだと思うし。何より赤い髪と赤い瞳なんて俺くらいしかいないんだよな。
「ね! おねがい! ヴァントリア様、私と一緒に踊って……!」
「…………うん」
かわいい。金髪エルフの美少女に、しかもゲームヒロインであるヒュウヲウンに上目遣いされる日が来るとは思わなかった。
「ありがとう! ふふ、うれしいなぁ! じゃあさっそく衣装合わせしよ!」
「…………は?」
ああああああああああ、しまったああああああああ可愛さのあまり了承してしまったああああ! ま、待って待って待って!
「い、いや、待ってくれ、確かに女装は初めてじゃないけどあれはもう10年以上前の話で——」
「え?」
ぽけー、とみんなに見つめられてしまう。
……今のセリフは、咄嗟に出た言葉だ。え、ヴァントリアって女装したことあるの。と自分でも考えてしまった。
ゲームではそんなシーンない。しかし、でも確かに、俺の記憶にはある。思い出そうとするとその光景が頭に浮かんでくるのだ。
みんなの視線が、どういうことだと言いたげに刺さってくる。
「……ウラティカに、服をプレゼントしたんだけど、お返しにって彼女の服をもらったことがあるんだよな」
「ああ、なるほど」
ウラティカと言うワードを聞いてウォルズが遠い目をする。何を察したんだ。
「それで、丸一日ずっと、着せ替え人形にさせられた覚えがある……。女の格好のまま家に帰ったら、母さんが女物の服を用意するようになって。ああ、そうだ、そうだった。母さんと会う度に女の子の格好させられたんだ……なんでなんだ? まあウラティカの場合、人形一つ持ってなかったし、女の子らしく誰かを着せ替えさせたい時期だったのかなって、仕方がないと思ってされるがままだったけど。あ、でも着せ替え人形プレゼントしてからも、あいつの下着を着けさせられたり……」
あれ、そういえば俺が脱いだ下着はどうなったんだ。そもそもどうやって着たんだ、あれ、記憶が、あれ? おかしいな、思い出せない。まさか記憶を消されている!?
不思議がっていたら、隣のウォルズが言った。
「ヴァントリアって苦労者だよねー……俺だったら、ウラティカの相手なんかできないな」
「だって俺が会いに行かないとあいつひとりぼっちだし」
「…………ヴァントリアは優しいね」
「いや、優しくはないだろ。もう6年は会いに行ってないと思う」
「6年前って43層に落とされた頃じゃない? 脱獄しても流石に王宮への出入りはできないでしょ」
「会いに行きたくても行けなかった……のか」
確かに、14歳ヴァントリアも、ウラティカにプレゼントを沢山あげていた話をしてくれたな。かなりやばいプレゼントだったけれど、昔はウラティカに会いに行っていたみたいだ。
思い出そうとすればウラティカとの会話が次々と蘇ってくる。……ウラティカは今も閉じ込められてるんだよな。
考え込んでいた俺を見てか、ウォルズが言った。
「助けてあげたいね、ウラティカのこと」
「うん……でも流石に3層はリスクが高すぎるよな」
「そうだね。ところで……流石といえば、流石にさ、変装はさ、バレると思うんだよね」
何だ急に?
食事を終えたらしいテイガイアとウォルズが、食器を下げた机の上にズラズラっと白い小さな瓶を並べた。
「何これ」
「女体化の薬、歳をとる薬、若返る薬、動物になる薬、口髭が生える薬」
「…………は?」
今なんか、不安になる単語がたくさん聞こえてきたんだけど。
「みんなで別人になろう! 俺女体化は苦手だけど、もしかしたらこれがきっかけで目覚めるかもしれないよ!」
「いやいやいやちょっと待て話が見えない! せっかく男の服があるのにみんなで変身する必要なんかないだろ!? 最後の口髭に関してはもっと必要ない気がするんですけど!」
「でも一番バレないと思うんだよね。この魔法の薬を飲めば、身体ごと変わっちゃうんだから。魔法じゃ、魔導士にちょちょいのちょいで解かれちゃうけど。この薬は専用の薬を飲まない限り解けないんだよ」
「へえ……」
確かに、ちょっとは安心できるかも。警戒は怠らないとしても気持ちの持ちようは変わってくるだろう。
「ヴァントリア一人に女の子の格好させるのは可哀想だし」
「ちょっと待て、どうして俺が女になる前提なんだ。イルエラやテイガイアなら美人になるかもしれないだろ」
ウォルズとテイガイアは各自に薬を配っていく。
「テイガイアは若返る薬を使いたんだってさ。イルエラは動物かな、動物なら角が目立たないだろうし、ジノは歳を取る薬で大きくなろうか。となると口髭が生える薬は俺だな」
「あの、ちょっと、聞いてる?」
それぞれに薬を配り終えて、皆、ぐびぐびと薬を飲んでいく。薬を飲み干した後、机にタンッと瓶を置く。
…………自分の机の前に置かれた瓶を改めて見てから、ハッとする。
「ちょっとおおおおお!?」
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