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第八章
194話 言いたかったんだ
いつもの宿屋――ウォルズとテイガイアとラルフの部屋にて、俺達は店主が用意した昼食を食べながら話していた。
ベッド横の机と椅子に2人座り、ベッドに3人座る。イルエラは俺の膝だ。
俺が机の上の籠に入っていたパンを1つ取って、ちぎって食べていればイルエラが見上げてくる。口元に運んでやればもぐもぐして食べる。可愛い……。
エルデとの食事はほとんどイルエラが食べたし、山の中を歩かされたからか、流石にお腹が空いてきた。宿屋に帰ってきたのが昼時だったこともあるだろう。
「それってダンデシュリンガーじゃない?」
「え?」
帰ってすぐウォルズに例の低い声について尋ねれば、そんなことを言ってくる。
待て待て、ダンデシュリンガーは確かに正義のことになると恐ろしい男だけど。
それ以外のことに対しては自分のカッコ良さを分かってる……つまりナルシストで女好き、女性にキャーキャー言われる側の人間だ。
「ぶち殺すってことは……俺がヴァントリアだってバレたってことか!?」
ヴァントリアのしてきた行いを考えると、エルデのように悪だと思われていてもおかしくない。
俺も自分を正義だとは思わないし、やってきたことは悪だと思っているから否定はしないが、相手が相手だ、殺されてもおかしくないぞ。
ウォルズは俺の左隣にあるベッドに座り、机の上のべムゥの肉――加工された安い部位の肉で一般的によく扱われている肉だ――をナイフで一口サイズに切った後、それをフォークで刺して食べる。
「違う違う。ダンデシュリンガーってエルデのことが好きなんだよ」
「え……?」
好き、その言葉を聞いて思い浮かべるのはエルデの逞しい腕だ。そしてヒオゥネのことだ。
……キスは呪いを解くためとか言ってたけど、嘘らしいし。……結局ちゅーしてくる理由が分かんなくなったんだよな。
いやいや、そんなこと今はどうでもいい!
ダンデシュリンガーがエルデを好きってことだから、ここではいつも通りのライクの方の好きでOKなんだよな?
ちぎるのが面倒になってパンに齧り付いて首を傾げれば、同じく切るのが面倒になったらしい、肉の塊にフォークをぶっ刺して齧り付いていたウォルズが首を振る。
お互いに食べ物から口を離す。
「え、ラブの方?」
「やっぱりライクだと思ってたか」
やれやれともう一度首を振るウォルズ。つまりライクじゃないのか、ならラブなのか……って。
「え!? 公式で!?」
「そーだよ公式だよ。ストーリーでさ、おやすみのチューするシーンが流れてさ」
「おやすみのチュー!?」
「まあ結局妄想って言うオチだったんだけど。それに頭で見えないし……うごうごしているから恐らく舌は入れてたんだろうけど見えないし……何故だ! そこまでやるなら見せよう!?」
ウォルズは食事の手を止めてベッドから立ち上がり、興奮した様子で俺の座る椅子に近づく。
「もうチューしてるって分かってるんだし公式でダンデ矢印エルデ向きとちゃんと言ってるんだからもうキスシーン映して良くないですか!? 何でですか、何でですか、ダンデシュリンガーもエルデも女性ファンが多いからですか!? でもダンデとエルデを好きなら大体腐ったファンじゃないですか!」
確かに……。
ダンエルもエルダンもネットのタイムラインで流れまくりだったもんな。
「シスウォルもウォルシスも凄かったけど、ダンデとエルデのカップリングは多かっ――」
そう言うと、「はいっ!」とすかさずウォルズが手を上げて言う。
「シスウォルもウォルシスも地雷です!! そして絶対にその単語はヴァントリアの口から聞きたくないです!」
「ごめんなさい……」
不機嫌になってしまった、本当に地雷だな。
「分かっているのですよ、好きな方がいるのは仕方のないことなのですよ。嫌いなわけじゃないんだよ、でもなんか、推しが強くて最近イラつき出したんだよね。公式の推しが強いと余計腹立ってくるよね。狙ってない? え、これ狙ってない? は? ふつーに他のキャラとも絡ませろやコラー! ってならない? いやね、確かにね、そりゃ狙っちゃうのもいいんだけどね。不意打ちで来て狙ってんのか畜生! この野郎! って言いたくなるのが楽しみなわけで……俺は苦手なんだよね。割と好きだったんだけどな、舞踏会の後あたりから余計苦手意識が出てきたかな……でも全力で否定することは避けるよ! なぜなら俺もウォルヴァンが好きなんですよ! だって好きになっちゃったんだから仕方がないんだもの。俺はA and Zが出る前からウォルヴァン好きだったからね、ウォルズ好きのファンからヴァントリアを好きなわけねえだろ的なクレームが殺到して炎上しまくりまくりだったからね。ヴァントリア受け注意、ヴァントリア嫌いな人は絶対に見ないでください、とか注意書きに書く時は辛かったよ……ヴァントリアは可愛いのにさ! ねえ!?」
「はいはい」
プンプンが募ってきてしまっているので抑えてあげよう、下手なこと話してウォルズの脳内が炎上したら大変だ。
「そうだな……。俺もシスウォルは好きじゃないよ。まだウォルヴァンの方が見れる」
ウォルズが真顔になり、ゆっくりと俯いてから呟いた。
「もう1回言ってもいいですよ」
チョロい。
「シスウォル嫌い、シストとウォルズなんて有り得ない。ウォルズ、シストのことなんか好きになるなよ。シストはゴミだからな。推しは俺だよな?」
顔を覗き込めば、真っ赤になって震え出す。そして、顔を両手で覆って身体ごとブンブンと頭を振る。
「愛しております!! ヴァントリア様!! 最高でございますありがとうございます! あの、他にも言っていただきたいセリフが山ほどありまして、是非に是非に今でなくていいので、いつかでいいので言っていただきたく!」
「仕方ないな……。あ、そうだ。俺もウォルズに言って欲しいセリフがあるんだけど……」
「愛してるよ……ヴァントリア」
「違う」
そんなポウっとした顔を近付けるな、お前ウォルヴァンを想像しただろ。ちょっとドキッとしたじゃないか。
「ずっと言いたかったんだ」
「ん?」
手を握られて腰を抱かれ、顔を近づけられて思わず仰け反る。
「付き合って欲しい……ずっと好きだった。ヴァントリア、君から目が離せないんだ。いつも君のことばかり考えてしまう……君が悪さをするからか? 違う、理由は分からないけど、気になってしまう……」
「オイ、何のスイッチを入れてるんだ」
「理由がわかったよ。好きだ。付き合って欲しい……」
かああっと頬に熱が溜まるのを感じる。抱きしめようとしてくる腕から逃げるように椅子から立ち上がり、話についていけない様子だった面々――その中のジノの椅子の背に隠れる。
「〝ウォルズがヴァントリアに夢中になる話〟ではこの後ベッドインなのに! 300部頼んでたった2冊しか売れず……ダンボールに詰められていたあの子達が、A and Z攻略勢が現れ始めた頃のイベントにてバカ売れですよ凄くない!? 完売ですよ、凄くない!? 通販サイトでは再販希望が来るわ来るわ。同じ物を好きな人がこんなにもいるのか……! と感激してまた刷っちゃうんだよね」
「俺イベント出たことないけど……300は凄いな」
にしてもよくマイナーだと分かってて300部も用意したな。
「言いたいことは分かってる。なんで初めの頃300部も刷ったかって? 布教のためだよ……面白半分で買って行ったヤツらに自分の漫画でハマらせてやる的な意気込みで臨んだのだよ。愛の結晶だよ」
粉々に砕かれたけどな。でも掻き集めてくれたんだから凄いことだ。
「ヴァントリアは可愛いってネット上でチヤホヤされてるのを眺めるのは幸せだったな。攻略してない勢が「ヴァントリアなんでこんなに人気あんの」「今のところ足でまとい」「今のところマジでいらない」「なんで生きとんのじゃ」などなど酷い書き込みばかりで……」
「あーそれ俺も書いた」
「書くなよッ!?」
飛び掛かってきてわんわん泣きながら肩を揺すってくる。ごめんって。
「正直に言うなら、今でも、好きじゃないんだけど……」
攻略してないし、そもそもプレイ出来てないし!
「なんで!? 可愛いじゃん、ヴァントリア可愛いじゃん! 最初っから最後まで可愛かったじゃん! 悪さの中に隠された良さが滲み出てたじゃん!」
うーん。そう言われてもな……。
ジノもテイガイアもラルフも、ウサピョンのイルエラも全然話についてこれてない様子だ。……って言うか堂々と話し過ぎだろ。
「バン様は可愛らしいですよ。そして私と付き合ってください」
「俺タチも可愛いと思ってる。俺タチと付き合えばいい」
「ヴァンなんか可愛くねえけど、どうしてもって言うなら付き合ってやってもいいぞ。まあ少しは可愛い所もあるのかもしれないけどな」
「あ、ありがとう……?」
何だよ、皆して。
可愛いとか付き合うとか、……もしかして同情か?
皆美形だからな……さぞおモテになるだろうし、付き合ってくださいなんて言われまくってるに違いない。くそ、ちょっとムカついてきたぞ。
そんなことを考えていたらウォルズが再び手を握ってきて距離を縮めてくる。なんか今日のお前はグイグイ来るな?
「俺も可愛い食べちゃいたいって思ってるよ! 誰よりも思ってるよ!」
「知ってる」
「ヴァントリア♡ やっぱりウォルヴァンだよね、俺もヴァントリアがウォルズのこと大好きなの知ってるからね! ね!」
「はいはい」
まったく、エルデとダンデシュリンガーと言う公式からの香辛料がウォルズのテンションに加えられてしまって味が暴走したらしい。舌が殺られて饒舌なってしまった。
ジノを見れば、俺の意図が分かったのだろう、近くにあった饅頭を取って渡してくる。肉まんならぬ具沢山饅頭を躊躇なくウォルズの口に突っ込んだ。
ウォルズがそれを食べ終わった頃には彼の興奮も収まり、それぞれ自分の席へと戻った。
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