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第八章
196話 ずっと
「号外! 号外~! 本日行われるお祭りに謎の美少女オチリスリが出演するよー! あの王様も魅了された踊り子ランシャのオチリスリ! あの子のことを知りたい人は買ってくべきだー!」
新聞の一部が載っている宣伝用のチラシがそこかしこで舞い上がる。
風の起こらない地下都市では広範囲にはバラ撒けないが、その人数が多ければ問題ない。
他社の新聞も似たような内容で宣伝され、いまや街中に〝謎の美少女オチリスリ〟と言うワードが飛び交っていた。
ランシャがオープニングを担当すると知った者達は、謎の美少女オチリスリの宣伝文句に釣られるように次々と舞台の周辺へ足を運んだ。
舞台は前回の場所とは異なり、大勢の人が集まるのを想定して大広場が選ばれた。
その広場に隣接する建物の控え室に出演者達は待機している。広場の客席から真正面に位置する建物なので、正面玄関から出たらそのまま舞台に登場すると言うことになる。
大広間には既に人が溢れ、おしくらまんじゅうになっていた。
前回開催された祭りで、いつもは人気の少ないこの階層にこんなに沢山の人がいたのか、と思ったけれど、今回も同じことが言えるだろう。しかしら今回のイベントの方が圧倒的に人の数が多かった。
舞台の周辺だけなのかもしれないが、満員電車のごとく道と言う道に人々が詰め込まれた状態だ。
その誰もが、「これじゃ見えない」「俺は謎の美少女を見たことがないんだぞ」「見たことある奴は譲れよ!」「私達は並んでたのよ!」「特等席だー!」なんて舞台がよりよく見える場所を探して喧嘩している。
建物の屋上や各階の窓にも同じようにギャラリーが出来ていた。
「ウォルズの作戦は成功だな」
俺と同じように、建物の中から外の様子を伺っていたジノが頷く。
「奴隷に場所取りさせてた奴らもこの人混みじゃ合流するのは難しい。喧嘩してて探すことも忘れてるしな」
「また買えばいいと思ってるんだと思う」
行事が行われることは新聞で宣伝する前から、噂で流れていたので既に知っていた者の方が多いだろう。
その噂を聞き行事があると知った一般人や貴族の行動のうちの1つは、奴隷を使って場所取りさせることだ。
そしてこの人混みの中じゃ、場所取りをさせていた奴隷達の姿を探すことは難しい。奴隷を使い捨てることに慣れている人々の中で、わざわざ探そうとする人はいない。むしろ珍しい方だ。
ビレストや兵士達が到着した今、達奴隷達を引きずってきて、自分のモノだとわざわざ見せつけるような人はいないだろう。
シストが帰ってからは奴隷の姿を見ることも増えた。
さっきも言った通り、ビレストや兵士達がいるが、彼等に奴隷を扱う姿を見られても何の問題もない。
奴隷制度のある地下都市で奴隷を飼っていることは違法じゃないし、貴族の多いビレストなら奴隷を飼っている者がいてもおかしくはない。
エルデは正義感は強いが、今まで奴隷制度のことを放っておいたのだから、悪ではないと判断していると言うことだ。そもそも彼が奴隷についてどう考えているのかも分からない。
もしかしたら悪だとは考えているかもしれないが、シスト相手に奴隷制度を廃止させる説得をするなんてことはたぶんエルデには出来ないだろう。
それに王族だって奴隷を飼っている。
その中でもヴァントリア――俺が一番奴隷を買っていて、しかも酷い仕打ちをしてきたのだから、誰が買っていようと、誰がどう奴隷を扱おうと、本当になんの問題もないのである。
もちろんシストの前で奴隷を使ってもいいのだが、シストの目に奴隷の姿を見せること自体が不敬であると考えていた為、隠していたのだろう。
恐らくシストじゃない王族が来ても同じことをする。ヴァントリア相手なら見せて買わせようとしてくるかもしれないな。
シストが帰った後、姿を見せていた奴隷達には、事前に俺達の作戦を伝えてある。彼等はこの騒ぎの最中に逃げ出すことができるだろう。
俺の得意な脱獄魔法で手枷は全て外してある――だが、冷静な判断が出来ずに作戦前に逃げ出す者が現れたら本末転倒だ。
そこで、ヴァントリアのもう1つの得意魔法、拘束魔法の出番だ。
再び俺が拘束をして奴隷達は今逃げられない状態になっている。
作戦開始時には俺が魔法を解除し、その間に奴隷達は自らの足で指定しておいた場所へと向かってもらう。後はウォルズが回って奴隷達を回収するだけだ。
「本当に上手くいくのかな……俺の魔法を掛けられてない奴隷達が気になる……」
「会えてない奴隷達はラルフさんが探し出す。ラルフさんは僕達みたいなハイブリッドじゃねえけど、鼻も耳もいいし、気配も鋭い。居場所ならすぐ分かる筈だ」
「ラルフなら鎖くらい破壊出来るし、破壊出来ないような頑丈な枷なら俺が後で外せばいいし」
それに、姿を現さなかった奴隷達の殆どは、森などの人気のないところに追い出されているだろう。つまり人気のないところを回ればすぐに見つけられると言うことだ。
ウォルズが姿を見せていた奴隷達を回収した後は、ラルフと同じように隠されている奴隷達を探す予定だ。ラルフも道すがらに作戦を知っている奴隷達を発見したら回収する予定だった。
そしてテイガイアとイルエラはオークションの奴隷達を助けに行く。
これだけのことをする為の時間が必要だ。
時間が稼げるように、オープニングの踊りを終わった後、ランシャの面々の自己紹介と質問コーナーが行われる。ランシャのオーナーが主催のイベントだから出来ることだ。
これで時間を稼ぐことが出来る。貴族に売ろうと思って追加で外に出されている奴隷達も多いだろうから、隠されている奴隷を探すことはそんなに難しくない。それに41層は42層に比べてかなり狭い階層だ。回収にそう時間は掛からない。
この作業が終わり次第、通信魔法で報告を受けた俺とジノが退散する。そして待ち合わせ場所で落ち合う予定のラルフとウォルズが出口を確保すると言う算段だ。
外の様子を見るのをやめて、元の姿に戻っているジノに向き合う。――作戦会議の日から作戦決行の日まで、色々話し合った結果、ジノは元の姿に戻ることになった。
エルデの時のように、他のビレストにも、誰かしらの正体がバレている可能性がある、だからいつでも逃げられるようにと、ジノには俺の一番近くにいて貰うことになった。
俺の目の前のジノは、踊り子の格好をしている――つまり、女装したジノが目の前にいる。
初めは嫌がっていたが、途中から腹を括っていた。
踊りも俺より飲み込みが早かったし、問題ない。そう言えばランシャの踊り子達には可愛い可愛いされてたな。本人は威嚇してたけど。
俺と向き合うように立っているジノの両手を片方ずつ握って緊張を解す。
遠慮するようにそっと握り返してくるジノが、顔を上げてから静かに言った。
「あともう少しだな」
「え?」
焦点と焦点が直線上に存在する。ジノはまっすぐとこちらを見つめて、問いかけてくる。
「お前の言う〝償い〟に少しは近づけたか?」
「そうだな。やっと助けられる。助けてみせるよ」
「……作戦が始まる前に言おうと思ってたんだ」
「ん?」
ジノの顔が迫って、額をぶつけられる。
真ん前にあるジノの大きな瞳が、じっと俺の瞳を覗き込んでくる。
「……僕は、お前を許してる」
「……え?」
「もう、怒ってねえし、責めてもいねえ。殺したいとも思ってねえ。今まで受けてきたことは、今まで起きたことが幸せだったから、全部許した」
「ジノ……」
ジノの瞼が降りて、それと同時に彼の頬につーっと涙の筋が通っていく。
「ずっと言おうと思ってたんだ」
俺がジノにしてきたことを思い返してみるけれど、やはり決して許せることではない。
決して許されることでもないし、決して許してもらえることでもない。
自分でも許せない、相手にも許して貰えない、世間的にも許されない。
例えば俺が、ゼクシィルに向かって、〝今までのことを全部許す〟と言うようなものだ。
もしも許せたなら、そして許すと言えるのなら、それはどれだけ勇気のいることなんだろう。
「ありがとう、ジノ」
ジノをぎゅっと抱き締めて頭を撫でてやる。しかしジノは涙を拭ったら、すぐにキッと顔を上げて言った。
「僕は許した。けど、他の人は違う。他の人に償わねえと撤回するからな。ちゃんと償えるようにこれから見張ってやる、感謝しろよ」
「分かった! 見張っててくれ!」
「ハア……莫迦過ぎるから変なことしねえように見張らねえとな……」
あれ、見張る目的が変わってませんか?
ジノが距離を取ろうとしないので、こちらから距離を取れば、目で殺さんばかりに睨み付けられてしまう。
あれ、本当に許してくれたんだよな……?
無理をしてくれているのかもしれないと、もう一度ジノの頭を撫でようとした、その時だった――
ドンドンドドドンと祭りを知らせる太鼓の音が鳴り始め、わあああっと人々から黄色い歓声が上がる。先程まで喧嘩をしていたのが嘘みたいに、今では期待の声ばかりが会場に向かってくる。
「皆様、急な催しにも関わらず、お集まりいただきまして誠にありがとうございます! ぜひ、これから開催されるランシャのお祭りをご堪能くださいませ!」
拡声魔法を通したオーナーの声がお祭り開始の挨拶をすれば、わあああっと歓声があがり、ランシャの登場を待ち望む、ランシャコールが始まる。
「それではご紹介致しましょう! 私の自慢の娘達、踊り子グループ――ランシャです!」
賑やかな曲が流れ出し、待機していた踊り子達が登場の準備をする。
――いよいよお祭り――作戦が始まった……!
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