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第十二章
249話 不器用な誘惑
「……もし、もしもその人が死んでしまって、僕が歩けるようになおして、話せるようになって、意識を取り戻したとして……」
「うん」
「…………笑ってくれるんでしょうか」
「え?」
予想外の答えだ。
「……僕はその人には、ずっと、笑っていてほしいんです」
つきん、と胸に針を立てられる。
ヒオゥネの瞳は相変わらず俺から離れないのに、ヒオゥネは別の人のことを考えてるんだ。
思わずそれから目をそらすように顔を俯ける。
「俺の意見を言うなら、なおすって言葉がそもそも変だなって思ったんだ」
「……なぜですか?」
「だって、まるで人形みたいだ。剥製にして傍に置くって言うのも、ちょっと考えられない。ヒオゥネは、その人の気持ちを考えてみたか? 確かに、好きな人のそばにいられるようになるなら、嬉しいけど。死んだ後に自分の身体を弄られるのは怖いし、悲しいよ」
「かな、しい……ですか」
「動けるようになって意識も戻って、言葉も返せるようになって、ヒオ——す、好きな人の傍にいられるのは嬉しいけど。けど、やっぱり、それって難しいことだろ。ヒオゥネは本当になおすつもりだったんだろうけど、死んだ後に埋葬してくれないんだと思うと……悲しいよ」
「……僕は、僕が死んだ時に誰かがなおしてくれたら嬉しいですよ。その人の傍に行けるのなら」
また、ずきりと胸が痛んだ。
「……でも、それって死んだ時のことを思い出すってことだよな。俺は半分だから、分かるんだ。自分が引き裂かれる時の感覚を偶に思い出す。普通なら俺は死ぬ筈だったのに、アゼンとゼクシィルの呪いで生き延びてるし……。生き返るのは、怖いよ。だって、死体だったのが生き返って、本当に愛してくれるのか? 本当の俺だと思ってくれるのか? そんな不安がきっと出てくるし、その人が愛してくれても、周りの人にどう思われるのか怖い」
「どんなあの人でも愛します。それを伝え続けます。理解してくれるまでずっと。周りの人からも守ります」
「でも、その人は生き返ることを望まないかもしれないんだぞ」
「それでも助けます」
「もし、もし失敗したら、化け物にされたら、悲しいじゃないか」
「僕は最高傑作しかありえません」
「つまり実験ってことか? その人も実験するってことだろ?」
「その人を救うためならなんだってします」
「どうして」
「その人しか愛せないからです。いえ、その人を愛しているから、救いたいんです。どんな手を使ってでもその人の傍にいたいと、考えました」
「……酷い」
「そうですか?」
そうじゃないんだ。そうじゃなくて。
だって……分からないんだ。
結局ヒオゥネのその人に対する愛情しか、分かんない。俺は普通なら、好きな人の身体を弄られることが嫌だと思って……。
「そ、そうだ。それだ」
「ヴァントリア様?」
「も、もしも、もし……もし、その人が」
あれ、声が、震えて。
「死んだ後のその人が……自分じゃない他の人に、身体を弄られて、蘇ったとしたら、喜べる……か?」
これは、ヒオゥネに実験をやめて欲しくて……人を犠牲にして、その人を守っても、その人は喜ばないんじゃないかって言いたくて……。
それだけじゃない、今までの会話を思い返してみても、ヒオゥネが、その人を好きで好きで仕方がないって話にしか聞こえない。
お願いだから、今まで通り、それでもいいって答えてくれ。
「いやです。他人にその人を触らせたくありません」
……聞きたくない。
そんなの、少しも聞きたくない。分かって欲しいって思ってたくせに、俺は本当に嫌な奴だ。
「その人に触るのは僕だけでいい、いえ。確かに、その人なら悲しむかもしれません。例え僕であったとしても、生き返ってからずっと泣いてそうだ……。笑っていて欲しいのに、あの人は泣き虫だから…….きっとまた誰かのために犠牲になります。そして僕を困らせるんだ」
なんだ、それ。その人と他人を接触させただけで、言いたかったこと全部わかっちゃうのか。
「それ、だ。俺が言いたかったのは、自分や誰かを犠牲にして、その人が救われても、きっとその人が悲しむって言いたかったんだ。だから、他にも方法があるって、考えて欲しくて」
ヒオゥネは少し沈黙を保ってから、まるで責めるように呟いた。
「……貴方がそれを言うんですか」
「え……」
何?
「貴方だって、すぐに自分を犠牲にして多くの人を救おうとするでしょう? 例えば、テイガイアの代わりに自分を実験台にしてくれと僕に頼んできましたよね」
「それは……」
止めたくて必死で……。
「それに、言った筈ですよ。例え僕がその人に嫌われようと、……全ての人に嫌われようと関係ありません。僕はその人が特別……いえ、愛しているんです。その人のためならどんな犠牲も喜んで出します、例えその人が悲しんだって、助けなければならないんです。僕はもうその人しか、愛することができませんから」
「酷い……」
「理解してもらえないことはわかっていました」
だから、そうじゃ、ないんだ。
途中から俯けていた顔が、一度も上げられなかった。
……ごめん。ヒオゥネ。
「もう、聞いて、られない」
「軽蔑しましたか?」
「かえ、る……」
「……そうですか。僕も眠くなってきたので助かります。部屋への戻り方は分かりますか?」
こんなの酷い。
こんなの、少しも入る余地がない。
好きになってもらうために頑張ろうって、そう思うのさえ許してくれないのか。そう思いたいのに、こんな強い気持ちを見せ付けられて、どう好きになってもらえばいいんだ。どうすればその人に追い付けるんだ。いや、本当は追い抜きたい、俺のことだけ考えて欲しい。醜い、こんな感情醜いって分かってるのに。ずるい、ずるい。
どうして、どうして。
「ヴァントリア様? どうしたんですか? 帰るんじゃ……」
じわりと、視界が滲む。
「抱きしめてきた、くせに」
「え?」
なんで俺、ヒオゥネのことなんか。なんで。
胸の痛みがやがて喉を迫り上がってきて、声にならない声が漏れていく。
「キス、してきたくせに」
「あの……」
なんでヒオゥネのことなんか、好きになっちゃったんだ。
「ヴァン……トリア、様?」
「絶対、俺の方がヒオゥネのこと好きなのに……」
「は……?」
溜まっていた雫が落ちる前に顔を両手で覆ったのに、ボロボロと、指の間から雫が溢れていく。知らない雫が溢れて落ちていく。
「ヴァ……ン、トリア、様」
こんなの、知らない。
苦しい。
痛い、息がしづらい、吐き気がする。
声を出さないと、胸が張り裂けてしまいそうだ。
「俺の方が、ヒオゥネのこと、好きなのに……っ。なんで、俺、こんな……こんなこと言いたくないのにっ」
「ヴァ、ヴァントリア様っ」
「好き。好きだヒオゥネ。ごめん、ごめ……」
「…………っ」
きっとヒオゥネが困っている。
ヒオゥネを責める資格なんかないのに、酷いのは俺の方だ。
早く止めないとと思ってるのに、拭っても拭っても溢れて来て止められない。それどころかどんどん量が増していく。
こんなに苦しいのは知らない。前世でも味わったことがない、胸がぎゅうっと締め付けられる、身体が震える、指先の力が抜けていく。
吐き出したい、この痛みを全部吐き出したい。
「ごめん、でももう、聞きたくない……。ゆるして……苦しくて聞いてられない……ごめん、ごめんヒオゥネ。俺から質問、したのに……っ、答えてくれてるだけなのに、俺嫉妬ばっかりして自分が醜くて嫌なんだ、だから……だから」
「な、泣かないでください」
「苦しい……くるし」
「苦しい? どこがですか?」
「胸……胸が」
「胸?」
ヒオゥネの心配そうな声色が聞こえてくる。肩を触ったり顔覆う両手を触って来たりしていたヒオゥネの手が、そっと胸に触れてくる。
「す、すぐに医者を……」
頭を振れば、「しかし……」と戸惑ったような声が降ってくる。嗚咽が漏れれば、再び胸を触って来てさすられる。
「ヒオゥネ……俺、帰るから。平気だから」
恥ずかしくなって手から逃れるように後退すれば、ヒオゥネは腰を捕まえて、ずっと胸を撫でてくる。
「放っておける訳ないじゃないですか。こんな状態で平気だなんて有り得ません」
「優しくしないでくれ」
「優しくって、そんな問題じゃ……ッ」
カッとしたのか、少し声が怒気を含む。しかしそれはすぐに沈んで黙りこくってしまった。
「…………とにかく、泣き止んでください。本当に貴方は泣き虫ですね。そんなに痛いんですか?」
また胸を撫でられて、思わず顔の両手を離してその手を掴み止めてしまった。
「…………ヴァントリア様」
涙でぐちゃぐちゃになってるだろう顔を見られて羞恥でいっぱいになる。胸にあったヒオゥネの手を退けて、さっと背を向けて逃げるように扉へ向かう。しかし、すぐに手を取られて逃げられなくなってしまう。振り解こうとするけれど力が敵わない。少し痛いくらいに力を入れられている。
「ヒ、ヒオゥネ離してくれ」
こんなになってる自分を見られたくない、めそめそして恥ずかしい。憐れまれるのは嫌だ。
「……なぜ、泣いているんですか。胸が痛いにしては――」
今度はこっちが、カッとなる番だった。
「お前が想像してるより遥かに痛いんだよ!! わかれよバカ!! 離せってばっ!!」
ブンブン手を振り回しても離してくれない、それどころかグイッと引っぱられ、身体のバランスを崩す。ぐらっと身体が斜めになった途端、さらに強い力で引っ張られて、ボスンと背中に何かが当たった。
視界に映るのは、天井とヒオゥネの顔だ。
「……?」
周りを確認してからさらに戸惑いを覚える。
な、何でベッドに押し倒されてるんだ。
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