転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)

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第十二章

253話 偽物の記憶


 もっとよく見ようと、顔を近づけると、ヴァントリア様の顔はその髪と瞳に負けないくらい赤く染まった。

「…………?」
「……な、何だよ」
「……どうして今顔が赤くなったんですか?」
「にゃにを!」

 はっと息を飲んで手で口を塞ぐ。さらに赤くなった。

「……にゃに?」
「な、何を! 言ってるのか、さっぱり!! わ、か、ん、な、い! 以上!」
「にゃにとは何ですか?」
「な、何が!」
「にゃにって言いましたよね?」
「何が!」
「だからにゃにって」
「な、にゃにが……なあああ! 何があ!」

 ……変だ。考えてることが分からない。

「あの、にゃにってなんですか? 気になるんですけど」
「…………ほ、本当にわからないのか?」
「はい」
「…………噛んだだけ」
「噛む? 何を?」
「だ、だから、言えなかっただけだ! 何がって言いたかったんだよ!」
「舌が回らなかったということでしょうか?」
「…………そ、それそれ~……」

 何故目をそらす?
 やはり何を考えているのか分からない。
 僕の知り合いは表情の変化が乏しい者ばかりだけど、何を考えているのかは分かる。しかし、ヴァントリア様は表情がコロコロ変わるのに、何を考えているのか全くわからない。
 どうしてだ?
 さらに顔を近づけて、瞳やまゆ、鼻、唇を眺めていく。

「ひゃ、ひゃの」
「ひゃの?」
「か、噛んだだけ。……あの、近い、何?」
「別に。気にしないでください」
「……む、むり! はなれろ!」

 また赤くなった。
 腕の中で暴れるヴァントリア様をさらに引き寄せて眺める。

「どうして赤くなるんだ……血?」

 ぺろ、とほっぺたを舐めてみると、「ぎょえ」と変な鳴き声がヴァントリア様から発せられる。石のように動かなくなってしまった。

「……血の味はしないな」

 何度か舐めていると、ぷるぷると腕の中のヴァントリア様が震えだした。

「ううう、えええ……いぎいいい」
「なんで泣いてるんですか?」
「へ、へんしゅつしゃあああ」
「変出者? どこにいるんですか?」

 ……それにしても、この涙、透明だ。血でも出てきそうなのに、透明な涙だ。
 本当に涙か?
 頬に流れる雫をちゅっと吸うと、腕の中がびくついた。目じりに唇を当てて吸いあげれば、更に溢れてきた。

「へ、へんたい、へんたいっ!」
「変態? どこにいるんですか?」
「お前!!」
「……はい?」
「変態はお前! ヒオゥネのへんたい!」

 ……何で僕が変態になるんだろう。

「どうしてそう思ったんですか?」
「だって舐めてきた」
「はあ、味が知りたかったので」
「き、キスもしてきた」
「キスなんてしてませんけど」
「した! ほっぺにも目にもしてきた!」

 いつ僕がキスなんて……あ。

「……そうか、ヴァントリア様にしてみれば確かにキスしたみたいになりますね。僕は貴方の涙を飲みたかっただけです」
「…………、へ、………へんたいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!!! は、はなせきもちわるい! さわるなあああ!」

 またヴァントリア様から涙が出てきた。不思議だ。
 あまい。
 しょっぱいけど、あとから甘くなる。

「や、やだ、やだっ!!」

 この声、そして泣き顔、変だ。
 うずく。

「…………かわ」

 ……うずく。

「かわいい……」

 うずく。

「かわいいですね、ヴァントリア様」
「…………ヒオゥネはきもちわるい」

 ざわつく。うるさい、きもちわるい、きもちいい。食欲に似ている。なんだろう、このかんじ。

「もっと知りたい。あなたのことを教えてください」
「いやだ。きもちわるい」
「そこをなんとか」
「いや」
「服を脱いでください」
「ぎゃあああっ!! 死刑! 死刑だぞ! 最下層行きだぞ!」

 死刑、最下層。

「……僕は悪い人は嫌いだ」
「へ?」

 抱いていた腕を外し、まだほうけているヴァントリア様の胸を押す。
 相手の身体は倒れていって、視界から消えた。
 叫び声がする。
 ……ちゃんと落ちるんだ。
 覗き込めば、下でヴァントリア様が蹲っている。3メートルくらいか。
 泣いている、怪我をしたのか。
 取り敢えず自分も降りてみて、傍によると、「ちかづくな! 刺客か、俺を殺しに来たのか!」と逃げようとする。

「なおしてあげます。動かないでください」
「お前が落としたんだろ!」
「……痛くないんですか?」
「痛くない!」

 ……うそだ。
 さっきまで泣いて叫んでいたのに。
 何故降りてきた途端泣き止んだんだ?

「震えてますけど」
「何で落とした」
「貴方を退治したかったんです。悪い人は嫌いですから」
「……変だ。そんなの」

 何が変なんだ?

「意味がわかりません」
「だって、嫌いでも殺しちゃだめだ」
「死刑だと言っていたあなたが言うんですか?」
「あんなことくらいで本当に死刑になるわけないだろ」
「……冗談だったと?」
「冗談な訳ない。本当に死刑にしてやるって思った」
「でも死刑にはしない?」
「そうだ。思うことは自由だろ」
「……何故死刑にしないんですか?」
「したくないからだ」
「意味がわかりません。今したいと言ったじゃないですか」
「お前を死刑にしたい、でも人を殺したくない、死ぬところを見るのもいやだ、だからお前を死刑にしない、以上だ!!」

 結局意味がわからない。

「……どうして落とした?」
「さっきも言いましたよ」
「怒ったからか? 死刑にするとか言ったからか、最下層に行くのが嫌だったのか?」
「……僕のような貴族にもそんなことが言えるのなら、一般人にも言えるんでしょう? 王族の力があれば死刑なんて一言で済まされる。本当にしたくないのなら今後は言葉にはしない方がいいですよ」
「……みんなのために怒ったってことか?」

 そうだ。知りもしない誰かのために怒った。変なことだ。みんなのために怒ることは、理解されない。

「お前、優しいんだな」
「……あなたのことは落としましたけど?」
「うぐ」

 優しいなんて、初めて言われた。

「僕は、いい人になりたいんです」
「いい人? 無理じゃないか? 俺のこと落としたし」

 根に持ってるんだ。

「……貴方は誰かを傷つける悪い人ですから」
「悪い人だっていい人になれるんだぞ」
「何を言っているのかわかりません」
「謝れよ。ヒオゥネ」
「はい?」
「俺を突き飛ばしたこと謝れば許してやる。そうしたらいい人に戻れる」
「何故ですか」
「仲直りしようって言ってるんだよッ!!」

 ヴァントリア様は「もうっ」と言って、手をぎゅっと握ってくる。

「ほら、謝れ」
「……突き飛ばしてしまって申し訳ありませんでした」
「俺も、変態とか、死刑とか言ってごめん」
「…………貴方は不思議な人です」

 ヴァントリア様の気持ちだけじゃない、僕自身の気持ちもわからない。見つめていれば、目をそらされる。

「ヒオゥネはパーティに参加するのか?」
「はい。ヴァントリア様は参加するんですか?」
「俺はしない。やることがあるからな」
「何をするんですか?」
「……何って。秘密……」
「そうですか」

 パーティにはヴァントリア様はいないのか、残念だ。観察したかったのに。

「パーティまでまだまだ時間があるな、ヒマなら一緒に遊んでやろう!」
「結構です」

 そろそろ戻ろうと腰をあげれば、ぎゅっと手を握られる。

「も、もうちょっと一緒にいたい。から、遊んでください……」
「…………やけに素直ですね」
「……お兄様達は遊んでくれない、弟も一人いるけど遊んでくれない、召使いも俺には近付かない。ウラティカは会いにいく日付が決まっているし、両親は仕事で忙しい。騎士団も王宮には来れないから……。ヒ、ヒオゥネが来てくれて、……うれしい。もっと、一緒にいたい……」

 …………この人はひとりなのか。
 一緒だ。
 ……いや、僕の周りには家族はいないが、たくさんの大人がいる。そしてこの人の周りには、兄弟がいる、家族もいる。

「何故、ご兄弟はあなたと遊ばないのですか? 召使いは何故あなたを避けるのですか?」
「……いやだ。教えたらヒオゥネも話してくれなくなるかもしれない」

 話してくれなくなる? と言うことは無視されているのか。彼の言うお兄様達と弟だろうか。おそらく召使いも。

「僕は謝ったので、いい人になったんでしょう?」
「…………嫌わないって言い切れるのか?」
「嫌いませんよ。好きになってもいないのに」
「……なっ!? そ、そこは好きって言えよ!」

 そう言うものか?

「好きです」

 相手の顔が一瞬にして真っ赤になる。

「な、何をっ!! う、嘘つき!」
「どっちですか。じゃあ、好きになりかけてますよ」
「………………お、俺も」

 僕には理解者がいない。
 いいことをしようとしても、悪いことをしていると言われてしまう。
 好きな人には、嫌われる。そして、愛されなくなって、愛することもやめる。本当に愛していたのかと、不思議になる。
 父のように、すぐに、愛していたと、答えられない。

「……俺、地上で生まれたんだ」
「地上で?」
「そう。だから、皆近付かない。地上で生まれた俺は汚いんだって。お母様もお父様も地下で生まれたけど、俺だけは地上で生まれたんだ。仲間外れなんだ」
「へえ。僕も地上で生まれましたけど、そんなことを言われたことはありませんね」
「…………え?」

 寧ろそれが貴重だと大人達が集まってくる。

「……ヒオゥネ、も、地上で……生まれたのか?」
「はい。両親が地上に追い出されてから生まれたらしいです。今は33層ベルファインにいますけど」
「え?」

 ヴァントリア様がこちらを見上げてくる。

「どうかしましたか?」
「さっき親はいないって……」
「はい。もういません」
「でも今ベルファインにいるって……」
「そうか、確かに矛盾していますね。つまり……生きてはいるんですけど、意思疎通ができないし、一緒にも暮らしていないし、恐らく、相手の記憶はありません。それから生まれた時には既に彼らは意思がない状態だったので子供を産んだことも知らないでしょう。元に戻ることもないと思うので、死んだと言ってもいい。けれど、身体は生きてさ迷っているんですよ」
「…………ひ、ヒオゥネ、分かんない」

 純ウロボス一族は魔獣になる運命だ。しかし純ウロボス一族でない者にも大人達による研究で魔獣になる者・ハイブリッドがいる。このことはウロボス一族の呪いとして上層の者には知られている。
 ヴァントリア様もおそらく知っていることだ。

「僕はウロボス一族なんです。そう言えば分かりますか?」
「う、ウロボスって、あのウロボス?」

 ヴァントリア様はこちらを凝視して言った。

「ウロボス一族……ってことは、敵? ヒオゥネと会えなくなるのか?」
「会えなくなることはないと思います。僕は貴族ですから」
「……でも、俺は王族だ。オルテイル一族なんだ。会わせてもらえなくなるかもしれない。一緒にいれなくなるかも……」

 ヒオゥネがウロボス一族だったなんて、と呟いて俯いてしまう。

「僕を嫌いになりますか?」

 ヴァントリア様は頭を横に振る。

「ヒオゥネは? 俺はオルテイルなのに仲良くしてくれるのか?」
「はい。僕はヴァントリア様を好きになりかけてますので」
「……俺も好き」
「…………好きになりかけていると言ったんですけど」
「お、俺は好き。友達、初めてできた」
「友達? 誰と誰がですか?」
「…………俺と!!! お前ッ!!! 友達になったんだ今ここで分かったか!」

 なろうとしてなるものじゃないと思うんだけど。まあいいか。

「分かりました。僕達は友達です」

 ヴァントリア様は嬉しそうに笑う。それを見て、この人に興味が湧く理由がわかった気がした。この人が僕の愛した……そう思おうとした時、背後に誰かが立つ気配がした。彼の手はヴァントリア様の額に当てられ、ヴァントリア様は気を失いこちら側へ倒れ込んでくる。

「未来の僕ですか?」
「はい」
「いったい何をしたんですか?」
「嫌われないといけないのに好かれてどうするんですか。ヴァントリア様の記憶を消しました」
「やはりヴァントリア様を愛したんですね?」
「そうです。だから、嫌われてください。周囲の人からもヴァントリア様が嫌われるよう仕向けてください」
「今でも嫌われているように思いますけど」
「もっとです。この人はやがて人を救う方法を知りみんなに好かれる人に変わります」
「……それが守るための行為なんですか?」
「はい」
「分かりました。この人と接していて……少しだけ、愛すると言う気持ちが分かった気がします。それを失いたくはありません」

 記憶が消されたのなら、会ったことはなかったことになる。
 今度はいつ、会うことになるのだろうか。
 ヴァントリア様を上まで運び、柱に預けるように寝かせて、自分はその場を去った。そして、廊下で会った召使いに早速嘘をつく。

「ヴァントリア様は地上から来た、呪われています。呪われて悪い人になりました。あなた方も呪われるでしょう」と。

 その頃、ヴァントリアは一人、ユアの端の廊下で目覚め、うずくまっていた。

「うわあああん迷子だ~! お兄様~どこ~!」

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