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第9章 訓練兵と神隠し
バレちゃいました ③
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「違いますよ。他の人より、むしろタクミさん自身が罰せられることが問題なんです。ここは国設の軍ですから、こういった判断の難しい案件は、上まで挙がることがあるんです。仮にその情報が王家に伝わると、大事になって余計にややこしくなっちゃいますよ、きっと」
王家というと、ベアトリー女王のことですよね。
たしかに女王様は、かねての”神の使徒”関連の件で、並々ならぬ恩義を感じられていましたね。
そんな状況で、旗下の国軍から私が罰を受けると耳にしては、多少強引にでもなんらかの放免策を講じてくる可能性はあるかもしれません。
仮にも一国の王にそういった横紙破りをさせてしまうのは、私としても本意ではありませんね。
「なるほど、たしかに一理ありますね。それは、う~ん……弱りましたね。ですが、どうしてレナンくんはそう思ったのです?」
ふと気になりました。
”神の使徒”の正体は、必要最低限の数名以外には秘密のはずだったような。
「え? それはもちろん……やだなぁ、シシリア王太女ですよ。先のレニンバルの都の一件で、感謝されていたじゃないですか?」
ああ、王女様のほうでしたか。
彼女も王家の方でしたね。
あの場にはレナンくんも同行して共闘までしていましたから、”神の使徒”は抜きにしても、私と王女様が懇意にしていたのは知っていて当然でしたね。さもありなん。
「ともかく、国軍所属の僕としては遺憾ですけど、次善手は現状維持です」
「といいますと?」
「一言でいうと、いっそ内緒にしちゃいましょう、って意味ですよ。タクミさんの思い描いていた思惑を完遂しちゃうんです。タクミさんには、このままオリンさんを演じてもらい、その間に本物のオリンさんを連れ戻します。そして、再び入れ替わって、オリンさん本人に正式な国軍の辞意を示してもらう……それで、どこにも迷惑をかけずに、円満退職が成立するわけですよ」
「ふぅむ……私は最初からそのつもりでしたから、むしろ願ったりなのですが……レナンくんはいいんですか? なんといいますか、その……立場上?」
レナンくんも今や国軍の十人長という責任ある立場です。
率先してルール違反していい立ち位置ではないでしょう。もっとも、責任者でなければ見過ごしても許されるというものでもないですが。
「いいわけ……」
「はい?」
レナンくんが俯いてプルプルしています。
「――いいわけないじゃないですか!? 誰が好き好んで、そんなこと!」
「おおっ!?」
上げた顔は涙目でした。
正座したまま身を乗り出してきたレナンくんに気圧されて、私はその分上体を引きました。
「それは……なんと言いますか」
「……なーんてね。そう言いたいところは山々ですけど、今更ですよ。僕がノラードの役人だった頃、護送中にタクミさんが仕出かしたことを振り返ってみてくださいよ……」
溜め息交じりに告げられます。
思い返してみますと……なるほど、役所の上司どころか、他人に言えないようなこと盛りだくさんでしたね。
「あくまで仕方なくですから。あんなこと素直に報告してたら、タクミさんと一緒に僕の首なんてダース単位で飛んでましたよ。だから、今更なんです、今更。そんな心配をしてくれるんなら、今度からもっと早く――なにかやらかす前にお願いしますね、ぜひ。せめて導火線に火を点ける前に」
「苦労かけますね、レナンくん」
「はぁ~、本当ですよ。ったくもう。これでまたしばらく胃痛に悩まされる日が続きそうですよ、はは」
「……面目次第もありませんね、ふふ」
こんな内容の話をしているにも関わらず、お互いに笑みが零れていました。
また楽しい日々が――などと思ってしまうと、またレナンくんに怒られてしまうでしょうか。
「けど、差し当たっては、まず施設のこの惨状ですね」
それもありました。
周囲を見回すと、両側に大穴の空いた壁に、崩壊しかけた天井、散乱してゴミ屑と化した備品の数々と、惨状の単語がぴったりと当て嵌まる有様ではありますね。
リフォームといって誤魔化されてくれるでしょうか……? 無理ですかね、やっぱり。
「僕の隊の者に<復元>スキル持ちがいますから、時間はかかりますけど、壊れた箇所はどうにかなります。行方知れずのオリンさんの捜索も、こちらで対応しますから、安心してください」
「おお、ありがとうございます、レナンくん」
それはなんとも心強い。
成長し、様々なものを手にして見違えたレナンくんは、見ている私にも誇らしくありますね。
ただ、そういった誇らしさを、私の尻拭いに使わせてしまっている時点で、自分の情けなさにがっくしですが。
「では、私はこのままオリンさんとして、訓練に励んで待っていればいいのですね?」
現状維持ということでしたから、当然そうなるかと思ったのですが、意外にもレナンくんの返答は”否”でした。
「僕に考えがあります。今、ちょっとした事件が起こっていて、その調査で人手を募ろうとしていたところだったんです。タクミさんには、その手伝い名目で、僕と一緒に行動してもらいます。断言しますけど、このままでは近いうちにボロが出るのは間違いないですよ。それに、僕がタクミさんを御しとかないと、今後、どんな災害が起こるかわかりませんからね」
レナンくんが頼もしく胸を叩いていました。
たしかに、この半月間は訓練兵の皆さんと距離を置くことで、なんとか騙し騙しでやり過ごせてはきましたが、これからどうなるかはわかりませんからね。
今日も、レナンくんにあっさり秘密が露見してしまったばかりですし。
先日、ランドルさんとアーシアさんのたったふたりと会話するだけでも、冷や冷やしたほどです。
ふたりとの交流を皮切りに、他の方々とも少しずつ打ち解けてきている感はあります。
正直なところ、演技やアドリブの類が苦手な私には、いつまでも隠し通せる自信はありません。
もともと、オリンさんが帰ってくるまでの予定でしたから、そう長い期間はないと勝手に思い込み、半月が過ぎた今の時点で想定外の長さではあったのですよね。
国軍ひいてはこのアンカーレン城砦で確固たる地位のあるレナンくんの協力は得難いものです。
いよいよ怪しまれての瀬戸際でも、力技でなんとかなるような気はします。わざわざ下士官であるレナンくんに反発してまで、追及する方がいるとも考えにくいですしね。
レナンくんの気遣いが心憎いほどです。まったくもって、頼もしい。
それはそうと、レナンくん。単語を間違って使っていましたよ。仮に起こるとしても、そこは災害ではなく被害でしょう。
……間違ってるんですよね?
王家というと、ベアトリー女王のことですよね。
たしかに女王様は、かねての”神の使徒”関連の件で、並々ならぬ恩義を感じられていましたね。
そんな状況で、旗下の国軍から私が罰を受けると耳にしては、多少強引にでもなんらかの放免策を講じてくる可能性はあるかもしれません。
仮にも一国の王にそういった横紙破りをさせてしまうのは、私としても本意ではありませんね。
「なるほど、たしかに一理ありますね。それは、う~ん……弱りましたね。ですが、どうしてレナンくんはそう思ったのです?」
ふと気になりました。
”神の使徒”の正体は、必要最低限の数名以外には秘密のはずだったような。
「え? それはもちろん……やだなぁ、シシリア王太女ですよ。先のレニンバルの都の一件で、感謝されていたじゃないですか?」
ああ、王女様のほうでしたか。
彼女も王家の方でしたね。
あの場にはレナンくんも同行して共闘までしていましたから、”神の使徒”は抜きにしても、私と王女様が懇意にしていたのは知っていて当然でしたね。さもありなん。
「ともかく、国軍所属の僕としては遺憾ですけど、次善手は現状維持です」
「といいますと?」
「一言でいうと、いっそ内緒にしちゃいましょう、って意味ですよ。タクミさんの思い描いていた思惑を完遂しちゃうんです。タクミさんには、このままオリンさんを演じてもらい、その間に本物のオリンさんを連れ戻します。そして、再び入れ替わって、オリンさん本人に正式な国軍の辞意を示してもらう……それで、どこにも迷惑をかけずに、円満退職が成立するわけですよ」
「ふぅむ……私は最初からそのつもりでしたから、むしろ願ったりなのですが……レナンくんはいいんですか? なんといいますか、その……立場上?」
レナンくんも今や国軍の十人長という責任ある立場です。
率先してルール違反していい立ち位置ではないでしょう。もっとも、責任者でなければ見過ごしても許されるというものでもないですが。
「いいわけ……」
「はい?」
レナンくんが俯いてプルプルしています。
「――いいわけないじゃないですか!? 誰が好き好んで、そんなこと!」
「おおっ!?」
上げた顔は涙目でした。
正座したまま身を乗り出してきたレナンくんに気圧されて、私はその分上体を引きました。
「それは……なんと言いますか」
「……なーんてね。そう言いたいところは山々ですけど、今更ですよ。僕がノラードの役人だった頃、護送中にタクミさんが仕出かしたことを振り返ってみてくださいよ……」
溜め息交じりに告げられます。
思い返してみますと……なるほど、役所の上司どころか、他人に言えないようなこと盛りだくさんでしたね。
「あくまで仕方なくですから。あんなこと素直に報告してたら、タクミさんと一緒に僕の首なんてダース単位で飛んでましたよ。だから、今更なんです、今更。そんな心配をしてくれるんなら、今度からもっと早く――なにかやらかす前にお願いしますね、ぜひ。せめて導火線に火を点ける前に」
「苦労かけますね、レナンくん」
「はぁ~、本当ですよ。ったくもう。これでまたしばらく胃痛に悩まされる日が続きそうですよ、はは」
「……面目次第もありませんね、ふふ」
こんな内容の話をしているにも関わらず、お互いに笑みが零れていました。
また楽しい日々が――などと思ってしまうと、またレナンくんに怒られてしまうでしょうか。
「けど、差し当たっては、まず施設のこの惨状ですね」
それもありました。
周囲を見回すと、両側に大穴の空いた壁に、崩壊しかけた天井、散乱してゴミ屑と化した備品の数々と、惨状の単語がぴったりと当て嵌まる有様ではありますね。
リフォームといって誤魔化されてくれるでしょうか……? 無理ですかね、やっぱり。
「僕の隊の者に<復元>スキル持ちがいますから、時間はかかりますけど、壊れた箇所はどうにかなります。行方知れずのオリンさんの捜索も、こちらで対応しますから、安心してください」
「おお、ありがとうございます、レナンくん」
それはなんとも心強い。
成長し、様々なものを手にして見違えたレナンくんは、見ている私にも誇らしくありますね。
ただ、そういった誇らしさを、私の尻拭いに使わせてしまっている時点で、自分の情けなさにがっくしですが。
「では、私はこのままオリンさんとして、訓練に励んで待っていればいいのですね?」
現状維持ということでしたから、当然そうなるかと思ったのですが、意外にもレナンくんの返答は”否”でした。
「僕に考えがあります。今、ちょっとした事件が起こっていて、その調査で人手を募ろうとしていたところだったんです。タクミさんには、その手伝い名目で、僕と一緒に行動してもらいます。断言しますけど、このままでは近いうちにボロが出るのは間違いないですよ。それに、僕がタクミさんを御しとかないと、今後、どんな災害が起こるかわかりませんからね」
レナンくんが頼もしく胸を叩いていました。
たしかに、この半月間は訓練兵の皆さんと距離を置くことで、なんとか騙し騙しでやり過ごせてはきましたが、これからどうなるかはわかりませんからね。
今日も、レナンくんにあっさり秘密が露見してしまったばかりですし。
先日、ランドルさんとアーシアさんのたったふたりと会話するだけでも、冷や冷やしたほどです。
ふたりとの交流を皮切りに、他の方々とも少しずつ打ち解けてきている感はあります。
正直なところ、演技やアドリブの類が苦手な私には、いつまでも隠し通せる自信はありません。
もともと、オリンさんが帰ってくるまでの予定でしたから、そう長い期間はないと勝手に思い込み、半月が過ぎた今の時点で想定外の長さではあったのですよね。
国軍ひいてはこのアンカーレン城砦で確固たる地位のあるレナンくんの協力は得難いものです。
いよいよ怪しまれての瀬戸際でも、力技でなんとかなるような気はします。わざわざ下士官であるレナンくんに反発してまで、追及する方がいるとも考えにくいですしね。
レナンくんの気遣いが心憎いほどです。まったくもって、頼もしい。
それはそうと、レナンくん。単語を間違って使っていましたよ。仮に起こるとしても、そこは災害ではなく被害でしょう。
……間違ってるんですよね?
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