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第3章 草原の民の興亡

第13話 レプタイルズとの開戦

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 柳緑がイェーガンのテントを出るのと入れ替わるように、レ・ナパチャリが慌てふためいた様子で、テントの中に飛び込んで行った。
 昨夜、あれ程酒を飲んだのに、まるでその様子に変わった部分はなかった。

 柳緑はレ・ナパチャリとのすれ違い様、レ・ナパチャリに激しく肩をぶつけられていた。

「、、あの野郎、我慢ならねぇ。ここを出る前に、ケリをつけてやる。」
 そう毒づきながら、馬止めのカブに近づいた柳緑は、馬から下りようともせずに数人の部下を引き連れたチュンガライの姿を見つけた。

 別れの挨拶をと考えた柳緑が、躊躇するほど、チュンガライは厳しい表情を浮かべていた。
 チュンガライとは、昨日の夜中に湖で会っているから、何か異変があったとすれば、それ以降という事になる。
 チュンガライの乗った馬の身体からは、汗が出ている。
 長い距離を駆けてきたのだろう。

 やがてイェーガンのテントからレ・ナパチャリが飛び出てきた。
 しかもその後にはレ・チャパチャリがいた。

「許しが出た!交戦だ!後の指示も聞いたぞ!千人隊を配置につけろ!チュンガライ、俺達はこのまま前線まで出張る!」
 レ・ナパチャリはそう怒鳴り上げながら、自分の馬に飛び乗った。
 見ればレ・チャパチャリも馬に乗っている。
 片時もイェーガンから離れない筈の従者レ・チャパチャリが、戦士の顔になっていた。
 余程の非常事態だと思えた。

 柳緑はカブに飛び乗ると、フルスロットルで、先行したレ・ナパチャリ達を追った。
「ねえ!りゅうり!何する積もり!?」
    花紅は本当に驚いているようだった。すなわち、柳緑のこの時の行動は彼自身も抑え切れない衝動的なものだったのだ。

「決まってるだろ!奴らに加勢するんだよ!一宿一飯の恩義って奴だ!お前だってコラプスでの"歓待"の意味は判ってるだろ!」
   異界者間の宿泊を伴う交流は非常な危険を伴うと共に、それが成立した場合は強い同盟関係が生まれる。だがそれは稀なケースだった。

「駄目だよ!相手が人間だったら、どうする積もり?」
「そんなの関係あるか!?」
「関係あるよ!襲ってる方だって自分の命をかけてるんだ。誰もが生き延びるのに必死なんだよ!りゅうり は人間の同胞を殺せるの!」
「だったら、どうしろってんだ。このまま知らぬ存ぜぬか!?」
「そうだよ!それが正解だ。関わっちゃだめだ!もし りゅうりが、その敵とやらに、お世話になってて、逆にここの人達が敵だったら、その人達を殺してるのかい?」
「やかましい!黙ってろ、理屈を捏ねるな!それ以上喋るとホロ、切るぞ!」

 高速走行で飛び跳ねるカブのボディを、身体でねじ伏せながら、柳緑はようやくレ・ナパチャリ達の馬群に追いついた。
 そんな柳緑に、いち早く気がついたのはレ・チャパチャリで、彼は、馬を走らせながらその馬体を柳緑のカブに寄せてきた。

「柳緑さん!あなた一体何をしてるんです!?」
     並走する馬上からレ・チャパチャリが柳緑に声をかける。
「みりゃ判るだろ、助太刀だよ。」
「馬鹿な!あなた一体なぜ、イェーガン様が石をお与えになったのか考えた事があるんですか?死人に石が必要ですか?」

「それを言うなら、あんたも一緒だろ。なぜ主人を捨てて、闘いに出てるんだ?」
「相手が手強いからですよ。それに、イェーガン様はわが部族で一番強いって事を、もう忘れたんですか!精霊石の力を見たんでしょ?ある意味、部下の我々が戦うのは、イェーガン様を闘いの前に出さない為です。イェーガン様の本気の闘いは、ジェノサイド。…全てが一瞬にして終わる、無慈悲極まりない皆殺しなんですよ!我々との闘いなら、誰とは言わないが何人かは生き残る。」
     言語ブリッジは慣れてしまえば高速通信の様なものだ。
     時には口で喋るより、複雑な思考を相手に送る事が出来る。

「ジェノサイド?一瞬にして終わるだと?核兵器かよ!どの道殺しあいだろ?けっ、どいつもこいつも、言いたいこといいやがって!」
 柳緑は地声で吠えた。
 同年代のレ・チャパチャリに都合良く丸め込まれそうになっている自分が腹立たしかったのだ。

「レ・チャパチャリ!そやつに、ついてこさせろ!戦さ場で俺が、そやつを泣き叫ぶまで引きづりまわしてやる!」
 不意に先頭を走っていたレ・ナパチャリが、馬上で振り返り、そう言い放った。
 柳緑など眼中にないという風情だったが、やはりレ・ナパチャリは、柳緑が自分たちに付いてきたのを知っていたのだ。

 そんな仲間と柳緑とのやりとりを見かねたチュンガライが、柳緑の元に馬を寄せて来た。
「やれやれ、、。柳緑殿、今度の敵はレプタイルズだ。人間じゃない。アレが、そう、コラプスが起こってから、我々はレプタイルズと何回か交戦してる。」
    レプタイルズ?爬虫類の複数名?どんな奴らだと柳緑はおもった。

「それにな、さっきレ・チャパチャリ様が、イェーガン様は無敵だと言ったがそうじゃない。奴らも、我々の妖精石の力のようなものを持ってる。何をどの程度まで、どう使うか?今はその力を、お互いが推し量ってる所だ。力に任せて勝てるような相手ではない。気を抜かれるなよ!」
 チュンガライの口調は、改まっていた。
 場面の違いが、判るのだ。
 そんなチュンガライを見る花紅の目が、信頼感で溢れていた。
「ほんと、みんな子供ばっかなんだから!まともなのはヒゲのチュンガライさんだけだよ!」

     ………………………………………………………………

 レ・ナパチャリ一行は、河を見下ろす土手状になった場所に到達した。
 そこには、数十騎の戦士達が既に待機していた。
 どうやら一番最初に、レプタイルズ達に対応したのは彼ららしい。

「プーラ、待たせたな!」
「おお、レ・レ・ナパチャリ!イェーガン様のご指示が出たようですな!」
 プーラと呼ばれた男の身体の上には、やや脂肪が乗っていた。
 それでもこの部族の戦士らしく、その筋肉は異様に分厚い。

「出たとも、レプタイルズ達を完膚無きまでに、叩き潰せとのご指示だ。」
 柳緑には、あのイェーガンがそんな命令を下すとはとても思えなかった。
 しかし、開戦の意志だけは、本当だろう。

「で、その御仁は?」
 プーラが禿げ上がった頭頂をテラりと光らせ、カブに乗った柳緑を見ていった。天然の禿げなのだろう他の戦士のような弁髪は結えないようだ。

「イェーガン様に帰依した旅の行商人だ。この闘いに参加して、武功を上げたいそうだ。そうだな、柳緑?」
 レ・ナパチャリが大仰に答えた。

『ち、お前如きに、その呼ばれかたは、されたくないぜ。』
 柳緑はそう思ったが、自分の様子を見ているチュンガライの視線を感じて、黙って頭を下げた。
 一方、レ・チャパチャリは、河を挟んで数キロ離れて、彼らと対峙している敵軍の様子を観察し続けていた。

「この状態はいつからです?」
 そう口を開いたレ・チャパチャリに、プーラは丁寧に答えた。
 レ・チャパチャリは軍人ではないが、イェーガンの従者である事が、彼の高位を約束していた。

「放牧した牛の監視人が奴らを発見し、その通報を受けた我々が、ここに陣取ってからずっとです。」
「、、、それから更に、千人隊長がイェーガン様の決済を仰ぐまで、あのままだったと言うのか?前とは随分違うな。」
 レ・チャパチャリは、考え込んでいる様子だった。

「ワザと時間を与えて我が軍の布陣が整うのを見ようと言うのか?余裕だな。そうするだけの何か、策でもあるのというのか?」
 チュンガライが、レ・チャパチャリの想いを拾うように言ってみせる。
 そういう仲介が挟まる形だと、レ・ナパチャリも、人の意見を冷静に聞くことが出来るようだった。

「相手は生きる世界の違うレプタイルズだ。向こうに策があってもなくても、それは戦ってみなければ判るまい?こちらが、それを頭に入れておく事だけが重要なのだ。あとは、臨機応変、違うか?」
 レ・ナパチャリが、チュンガライに聞こえるように、そう言った。
 兎にも角にも、闘いを目の前にしてブレない事、レ・ナパチャリはそういう事が出来る男のようだった。

 柳緑はこっそり、レ・チャパチャリの肘を引いて小声で訊ねた。
「奴らとの間に河があるだろ?あんたら、あそこに何か仕掛けをしてあるんだろ?こっちには精霊石があるんだ。奴らが、河を渡った所を見計らって、河の水を凍らせるとか、燃やすとか、なんなら水で巨人を作るとか。あんた精霊石マスターの弟子なんだ、そういう仕掛けを見たら、判るんだろう?」

「そんなものはない。精霊石は、そういう場面で使うモノではない。」
「ないなら進言してやれよ。それで一気に戦局が変わる。」
「嫌だ。御免こうむる。」
 レ・チャパチャリは端正な顔を歪めて、そう答えた。

「、、、くそ、少しは頭が回る奴かと思ったが、これかよ。」
 柳緑は苛立たしいというよりは、困った顔でそう言った。

「何をごちゃごちゃ言ってる、柳緑!奴らが動いたぞ!覚悟しろ!」
 そのレ・ナパチャリの声で、柳緑がメットのバイザーを下ろして見ると、確かに異形のレプタイルズとやらが動きだすのが見えた。
 まるで千人隊長であるレ・ナパチャリが布陣に揃ったから、進軍を始めたという感じだった。

「プーラ!奴らが河を渡りきったタイミングで迎え撃つ!全ての兵にそう伝えろ!合図は俺がする!」
 プーラの胸元にあるネックレスの石が光った。
 どうやらプーラの石は、伝令の力があるらしい。

 こちらの地形は、レプタイルズ達が陣取っている河原よりも、少し小高くなっている。
 ここから駆け下りたら、少しはその突撃に威力が増すだろう。
 その程度の知恵は回るようだったが、ここに来て柳緑は、この戦闘部族の誇り高さに、半ば呆れかえっていた。
 そしてレプタイルズが、彼らと同程度の戦略しか持っていない事を切に願った。
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