【R18】碧色社長の溺愛はイチョウの下で

紫堂あねや

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00話*ファーストキス

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 蝉声が響く初夏。
 山々にある祖母の家に泊まりにきていた少女はピンク色のリボンが付いた麦わら帽子を被り、胸元まである黒髪と朝顔が描かれた浴衣を揺らしながらひとり獣道を歩いていた。自生の花や小川を横目に慣れた足取りで進むと、おとぎ話に出てくるかのような立派な巨木に迎えられる。

 祖母が生まれる前からあるという木。
 百年以上も昔からあるのを考えるだけで心が躍る少女は滞在日から毎日訪れていた。木々に囲まれ、大通りからも奥まっているせいか、いつもは誰もいない秘密の場所。しかし今日は先客がいた。

 蹲まっていて定かではないが、見るに白のTシャツにベージュの半ズボンを穿いた同い歳ぐらいの少年。浮き立つ反面、具合が悪そうに見えた少女は慌てて駆け寄った。

『だいじょうぶ? どこか痛いの?』

 咄嗟に麦わら帽子を栗色の髪に被せるが、両手で口元を押さえ、苦しそうに咳き込む姿に周囲を見渡す。

『きゅーきゅー車よばな……?』

 翻す裾を掴まれる。その手は震えているのにビクともしないほど強く、反対の手で口元を押さえたまま少年は頭を横に振った。

『よけいなことをするな……おろかもの』
『でも……』

 発言よりも弱々しい声を心配する少女だったが、首から下げている携帯電話に気付く。それは発信された状態で『じいや』と書かれてあった。おじいちゃんと連絡が取れているのだと安心した少女は転がっていた石を拾うと隣に座り、少年の背中を擦りながら別の石で石を打ち付けた。

『かんこうできたの?』
『……』
『“あお”はね、“ぺんしょん”やってるおばあちゃんのとこにきたんだ。ほら、あそこ』

 リズム良く石を叩きながら木々の隙間から覗く煙突屋根を指すも答えはなく、帽子を深く被っていて表情も見えない。だが、咳が増えていることに悩む少女は思い出すように声を上げた。

『そうだ、ちゅーすればいいんだ!』
『what!?』

 一驚を発した少年がはじめて顔を上げるが、目の前にあった少女の顔と人差し指にビクりと身体を揺らす。

『あのね、おばあちゃんが″おまじない”教えてくれたの。苦しい時やつらい時は“ちゅー”しなさいって』
『ちゅ、ちゅー……?』
『うん、これ!』
『っ!?』

 間髪を容れず少年の頬に小さな唇がくっつく。
 軽くとはいえ“ちゅっ”と響いたことに照れる少女とは反対に少年は耳まで真っ赤になっていた。

『ちゅ、ちゅーってやっぱりキスのことか……お、おろかもの! そんなの見ず知らずのものにするな!! う、うつったらどうする!!?』 
『? 苦しいのはひとりより、半分こしたほうが“あお”はいい』
『っ!?』

 えへへと笑う少女に少年は目を丸くすると顔を伏せる。どうしたのかと顔を寄せる少女の耳に蝉よりも小さな声が届いた。

『半分こ……して、いいんだな。アオ』
『うん! 苦しい時は半分っ……へ?』

 言い切る前に肌白い両手に頬を包まれ、碧色の瞳に捉われる。その美しさと既視感に呆けていたのか、唇と唇が重なっていることに少女が気付くには随分と時間がかかった。蝉声も石を打つ音も掻き消されるなか、心地良い上風が緑の扇葉と麦わら帽子を宙へと運ぶ。まるで、秘密の口付けを隠すように。

 吹石ふきいし あおい、六才。
 ファーストキスは名も知らない碧い瞳の少年であった──。



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