【R18】碧色社長の溺愛はイチョウの下で

紫堂あねや

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21話*魔法使いの弟子

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「はっはっはー! 今日はお嬢さんの誕生日だと聞いてな、プレゼントに私からの愛を差し上げよう!!」
「No, thank you!!!」

 昼ニ時を過ぎた羽田空港で青筋を立てるノアが笑顔で駆け寄ってくるコリスを全力で止める。突如はじまった攻防に、カウンターで荷物を預けた葵は眉間の皺を押さえる昌子の隣に並ぶと人混みでも目立つ兄弟を見つめた。

「うるさい息子さんたちですね」
「ハッキリ言ってくれてありがとう、アオちゃん。育児ってホントわかんないわ」
「何歳になっても子供は子供……ですか?」

 ノアは三十、コリスは三十六。数字だけ見れば大人だが、組み合う息子たちに昌子は無表情で答えた。

「どう見ても子供でしょ?」

 否定できない葵は渇いた笑いを返す。いい大人がする行為ではないが、発作が起きたとは思えないほど元気な上に普段見られない顔が嬉しくもなると昌子は肩を竦めた。

「別にうるさくても病気でもいいのよ。ディックとの子が欲しかったからって言っても、子供からすれば勝手に作って産んだわけだから責任は取るわ」
「責任……」
「そう。あたしにとっての子供あいつらは責任と愛なの。死ぬまで心配するし、あたし以上に幸せになれって思ってる」

 朗らかに笑う昌子の眩しさに葵は自身の母を重ねる。
 病院を出る前に立ち寄った精神科の一室で、ひとりベッドに座り外を眺めていた母。溜め込んでいた怒りが萎むほど心ここにあらずといった横顔に虚しくなる一方、欲のためとはいえ『天空』へ送り出してくれたこと、自由に育ててくれたことに感謝を述べた。当然返事はなかったが少しだけ、ほんの少しだけ口元を綻ばせた気がした。
 その意味を知ることはできないが、夫に向けるものでも無感情でもないことに不思議と胸がすいた葵の頬も緩むと、背後から伸びてきた腕に抱きしめられる。

「アオへの愛は俺ひとりで充分だっ!」
「昌子さんはボクが世界で一番シアワセにするので大丈夫ですよ!」
「ならば私も妻に愛電話ラブコールを頼むとしよう!」

 高笑いするコリスに、息を切らすノアと手洗いから戻ってきたディックに抱きしめられた葵と昌子は笑顔のまま互いを見合う。

「……神楽坂家ウチ、ホントうるさいんだけど大丈夫?」
「あー……暴言よりは遥かに楽しいですよ? それに、同じ気持ちの昌子さんがいるので」

 心強いと拳を握る葵に昌子は目を瞠るも、誇らしいような照れたような顔をした。それが珍しかったのか男性陣は不思議そうに、それでいて笑顔を零す。

 それは葵が理想とする家族。昨日までは羨むだけだったが、耳に落とされるキスと自身にも向けられる笑顔に自分も入っていいのだと首に巻いた青マフラーを握ると、躊躇い続けてきた線から一歩踏み出した。


* * *


「お帰りなさいませ、ノア様、アオイ様」
「麦野さん……!」
「ただいま」

 阿蘇くまもと空港の到着ロビーで出迎えたのはコートを着用した麦野。ゆっくりと頭を上げた彼の柔らかな微笑に葵もノアもほっとすると優しく頭を撫でられた。
 外に出れば東京よりもぐっと冷え込み、傾きはじめた陽光が息白しと重なるが、幼い頃から蝕んでいた荷が下りた葵は晴々とした気持ちで車窓からの景色を楽しむ。

「妻に電話……はて、コリス様はいつ結婚されたのですかな?」
「いや、してない。むしろ恋人がいるかも怪しい」
「へっ!?」

 不穏な会話に一瞬で顔を青褪める葵に対して隣に座るノアは溜め息をつき、運転する麦野は笑う。

「ヤツのことだ、好きな女がいても本気にされてないんだろ」
「でしたら近い内に良い報せが聞けるかもしれませんな。なにせ、二十七年も片想いされ実ったノア様がいらっしゃいますから」
「皮肉なのか称賛なのかわからんが、そうなったら『蒼穹ウチ』に招待してやらんことも……」
「ノア、お祝いしてあげて。私も貰っちゃったし」

 苦々しい顔をするノアに苦笑する葵は鞄からコリスの愛がこもったギフト券を取り出す。職業柄旅行券を用意したかったそうだが行く暇がないだろうと、実った祝い含め十万円分も包んでくれた。昌子とディックからも近い内にカタログから選んだ家具が届く予定だ。

「ああ、そうでしたな。アオイ様、お誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「私からのプレゼントは今からのドライブでございます」
「へ? いや、でも麦野さんにも迷惑を」

 母のしでかしたことに申し訳なくなっていると、バックミラー越しに捉えた麦野は『アオイ様』と続ける。

「それはまた別の話でございます。今日はただ誕生日を楽しんでもらうのが私の喜びです」
「同感だ」

 尖らせていた口を弧にしたノアがくすくすと笑う。
 事態が落ち着いたとはいえ父の処遇、母の入院と、まだすべてが片付いたわけではない。そんな中で誕生日を楽しむなど罰当たりな気がするも、既にノア一家をはじめ、花枝やみきからたくさんの祝いが届いている。それを無下にする方が罰当たりだと思い直した葵は笑顔で頷いた。

 紅葉の色が落ち、冬山へと移り変わる阿蘇山を眺めながら案内されたのは阿蘇神社。震災で楼門や社殿が倒壊するなど甚大な被害があり、いまだ復旧工事が進んでいるが再建された拝殿で御参りをすると、大厄を気にしていた葵のために祈願祈祷もしてもらった。

「ノア様も厄年はもちろん、大厄の年は特に祈祷なさってくださいね。私が天に召されてしまうかもしれないので」
「縁起悪いこと言うな! 俺の大厄いつだ!?」
「四十二歳のノアかー……」

 厄年の看板をガン見するノアに葵と麦野は将来の彼を想像する。見た目はディックか、髪色を戻さずにいたらコリスか、我儘は治るかなど話が尽きないのは祈祷ひとつでも気が楽になったからだろう。

 近くの参道で買った馬肉のミンチとジャガイモが入ったコロッケを車内で食べながら放牧された牛を横目に山を登ると、阿蘇が一望できる大観峰を訪れる。
 ちょうど夕暮れと重なり、山々と町が鮮やかな茜色に染まるが、吹き荒れる強風にノアが真っ青になった。

「ノア、寒がりだったんだね」
「とても良い眺めですのにな」

 絶景よりも抱きついて離れないノアに葵は驚く。セーターに厚手のコートと手袋、一番着込んでいるのに空っ風が吹く度に震える意外な一面に笑うと囁いた。

「ノア、ソフトクリーム食べない?」
Are you insane正気か!?」
「では私が買って……はい、おひとつですね」

 ノアの高速横首振りに笑う麦野が売店へ向かうと、車内に戻った葵は隣でガタガタ震えるノアの首に青マフラーを半分かけた。寄り掛かってきた彼を抱きしめると頭を撫でる。

「次は暖かい時にこようね」
「……アオと一緒ならいつでもいい」
「もう、我儘で見栄っぱりなんだから」

 力ない声と青白い顔に笑う葵は冷えた唇に唇を重ねる。ノアの目が見開かれるが、数度口付け舌で舐めれば、伸びてきた舌に絡ませた。

「んっ……はあ、んっ」
「はあ……厄払いで羞恥心も落とされたか?」
「っ……私がしたかっただけ」

 少しだけ口篭る葵の頬が赤いことにノアもくすりと笑うと手を伸ばす。前に、ソフトクリームが差し出された。

「Oops!」
「熱冷ましにどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」

 麦野どころか車のドアが開いたのも気付かなかったことに熱が上昇した葵は有難く受け取ったソフトクリームに口を付ける。冷たさと特濃ミルクの美味しさに身体を震わせると、ノアにも差し出した。おずおずしながらも舐めた彼は葵以上に震えたが、味は文句なしと若干涙目に頷き、笑いながら車内で景色を楽しむ。仕事をしていたら見られないからか、感動も一入だ。

「では、そろそろお宿へ参りましょうか」
「? はいっととと」

 不思議な言い方に疑問を持つが、暖房で溶けだすソフトクリームを食べるのが先だった。その間に発進した車は山を下り、葵もよく知る道のりと風景に変わるとライトに照らされた檜の看板が見えてくる。

「『蒼穹』だ……!」

 車から降りると、鮮やかな夕日に染まる青色屋根に歓喜を上げる。
 二日間いなかっただけで懐かしさと安心感を覚えるのは一言で語るには長く濃すぎた帰省だったからか。熱いものが込み上げてくるとパワーウィンドウを下げた麦野が運転席から声をかける。

「お荷物は私が運んでおきますね」
「ああ、頼んだ」
「へ?」

 振り向いた時には車が発進し、ノアと二人、手持ち鞄ひとつになる。
 『蒼穹』は大浴場含め今日まで休館のため、客どころか駐車場も専用バスしか止まっていない。そもそも普段なら邸宅がある裏に回るはずが、なぜ表なのか。

「行くぞ、アオ」
「へ? あ、うん……」

 疑問符しか浮かばない葵とは反対に手を繋いだノアは歩きだす。考えれば表から回れるのはもちろん、館内からも邸宅には行けるのだ。休館中を見られるのもレアだと、小川が流れるアーチ橋を渡ると玄関の自動ドアが開いた。

「「いらっしゃいませ。ようこそ『蒼穹』へ」」
「へ!? 花枝ちゃんたち、なんでいるの!?」

 営業時と変わらず煌びやかなシャンデリアが灯り、耳触りの良い曲が流れているばかりか仕事着の花枝と森本に迎えられる。再開は明日ではと困惑する葵を他所に、ノアは二人が立つフロントへ向かった。

「予約した神楽坂だ」
「お待ちしておりました。こちらにご記入をお願い致します」
(住所……『蒼穹ここ』でいいか?)
(いや、せめて裏の御自宅を書きましょうよ。一番地違いですけど、こう、雰囲気がね?)

 森本と小声で話しているつもりだろうが、他に客がいないため筒抜けだ。眉間を押さえる花枝に状況が掴めていない葵が顔を寄せる。

(は、花枝ちゃん、これはいったい)
「なんで葵ちゃんも同じ過ち犯してんの?」

 動揺のあまり、つい小声で聞いてしまい呆れられるが、口元で人差し指を振る花枝は楽し気に笑う。

「今日は貸切よ。どこかのお金持ち様が恋人の誕生日を祝いたいんですって」
「唐沢」
「はいっ! オーナーもご来館を大変喜んでおります!!」

 冷ややかな声に背筋を伸ばした花枝はぬいぐるみを見せる。それはミニブタレースで貰った青ブタで、葵の麦わら帽子だけでなく浴衣を着せられ、首から『オーナー代理』の看板をぶら下げていた。
 目を瞬かせる葵に、ひと息ついたノアは森本から受け取った鍵を見せる。

「アオ、『天空』に負けないもてなしで最高の誕生日にしてやるから覚悟しろ」

 意地悪く見える笑みが不思議と祖母と重なるのは、その手にある鍵の力か。ごくりと唾を呑み込んだ葵は浮き立つ心を押さえ、魔法使いの弟子の手を取った──。



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