とある婚約破棄の顛末

瀬織董李

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ああ、早く帰りたい

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「…………」

 空は爽やかに晴れ渡り、冬萌を感じさせる暖かな日。しかし、エーベルハルトの心の中には嵐が吹き荒んでいた。

 華やかな庭園に設えられたガゼボで、テーブルを挟んで優雅にカップに口を付ける男ーーエールデン皇帝リュシオンを見る。六年前に会って以来だが、大国の重責を担う席に着く圧を感じさせない洗練された動きに、少し離れて立つ自国から連れてきた侍従の顔が心なしか魅了されている様に感じるのは僻みだろうか。

「どうかしましたか? 私の何か顔に付いていますか?」

「いや、なにも……」

 視線を感じたのだろう。リュシオンが穏やかに問いかけるが、その口調に若干の嘲笑が混じっている様に感じて思わず口ごもってしまう。もしラウラがここに居たら、笑みに込められた意味など全く気付かずにエーベルハルトに構わず纏わりつくに違いない。

 何故自分が。何故こんなところに居るのだろう。そう思わずにはいられない。

「庭園はどうです? ディディも気に入ってくれているのですよ。特にこのガゼボから見える景色がお気に入りの様なので、彼女の好きな黄色の花を中心に植えてあるんです。まあ、今は冬なので少し殺風景ですが」


 そう言われてエーベルハルトはふと気付く。自分はクラウディアに花を贈った事があったか?と。婚約当時まで記憶を遡ってみたが、花を贈ったどころか、好きな花の色を聞いたことすら記憶にない。高価な物どころか花すら贈っていないとは名ばかりの婚約者だったと思われても仕方ないだろう。誤魔化すように小さく咳払いし、口を開いた。

「……式の準備などでお忙しいのでは? 私に構わず戻っていただいて結構ですよ」

「問題ありません、結婚式の新郎など花嫁の添え物です。それに私が居なくても準備など皆が勝手にやってくれますので。こうして賓客のお相手をするのも私の務めですし」

 皆、というところに皮肉を感じるのは被害妄想か。エーベルハルトに同調していた三人が廃嫡され側近から外されたのは当然知っているだろう。自分の手足となって命令せずとも適切に対応してくれる部下はまだエーベルハルトには居ない。クルトは良くやってくれていると思うが、四男であったからかやや放任されていた様で、貴族的な考えから外れる事があった。他にも側近候補が何人か居るが、手足と呼べる程ではない。そういう意味では友好国とはいえ結婚式などに来ている暇は無いのだ。

 ……無いのだが。

 現在進行形で何もする事が無い。おそらくこうして皇帝自ら接待に出ているのは歓迎の意味合いではなく、クルトからクラウディアに『エーベルハルトが暇している』とでも話が伝わったのだろう。それか、エーベルハルトがクラウディアとの復縁を望んでいるとでも思われたか。

 いくらなんでも元婚約者とはいえ他国の皇妃となった者に復縁を迫るような阿呆だと思われているとは思いたくないが、時折リュシオンから感じる刺のような口調と視線からあながち勘違いではないのかもしれない。

 ふと、エーベルハルトはラウラ達の事を思い出す。

 エーベルハルトは学園を卒業と同時にラウラとは別れた。とてもではないが彼女に王太子妃は務まらないのをやっと理解したからだ。どうもラウラは王妃など公式行事で王の隣でニコニコしていれば、あとはお茶会やパーティーを開いておしゃべりしながらのんびり過ごせばいいと思っていた様で、語学の講習や歴史の勉強、各貴族の人名や家名の由来を学ばなければいけないと知ると悲鳴を上げて逃げ出した。地位には未練があるが、その地位のために努力はしたくなかったらしい。クラウディアが陰でしていた努力をエーベルハルト共々軽視していたのだ。

 その後ラウラはユリウスに擦り寄った。が、ユリウスが廃嫡され平文官として地方に飛ばされると決まるとこちらからもさっさと逃げ出した。ユリウスは『ラウラはどんな事があっても付いてきてくれる』と根拠の無い自信があったらしく、捨てられたとわかると廃人の様になって旅立っていったらしい。
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