現地夫。~自由と束縛~

北白 純

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現地夫。~自由と束縛~

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現地夫。 ~自由と束縛~




鳥羽由治(とば ゆうじ)は大型トラックのドライバーだった。

由治は東京で積み荷を降ろし北海道に帰る途中で、ヒッチハイクをしていた青年と出会った。

ちょうど二人は北海道に向かう高速道路のサービスエリアにいた。

由治がサービスエリアから発車したところ、その青年の姿が見えた。

彼はバックパックを背負って「北海道」と書いてある段ボールの紙を持っていた。

由治はトラックを止めた。

青年が嬉しそうに駆け寄ってくる。

「乗りなよ!」

由治はヒッチハイクされることはめったになかったが、気が向いたので彼を北海道まで乗せることにした。

高速道路とはいえ、北海道まで道のりは長い。

「君は大学生?」

由治は青年に気さくに話しかけた。

「はい、横井陸(よこい りく)といいます。東京から来ました」

「俺は鳥羽由治。君とあんまり年は変わらないかもね」

「えっ!大人っぽいから全然わかりませんでした」

由治は苦笑した。

由治は23歳だが、無精髭を生やしていたので老けて見えるのかもしれなかった。

「なんで北海道まで行くの?」

「ぼくはソロキャンプをしていて全国を回りたいなって思ってるんです。この夏休みは北海道のキャンプ場へ行こうと思って」

「ソロキャンプ? 一人で?」

「ぼくはそろそろ大学卒業だし、一人でなんでもできるようになりたくて…」

「そりゃ名案だね。夏の北海道はいいよ!」

由治はタバコを吸い始めた。そして横にいる陸をちらっと見た。

ヒッチハイクをやるといっても、陸は清潔感があってさわやかだった。

彼の目は好奇心でキラキラしていた。

由治が「ヒッチハイクにもう慣れたのか?」と聞くと、まだ慣れてなくて緊張していると陸は肩をすくめた。



由治は陸に自分のことを語りだした。

由治は18歳で結婚した後、2児の父になり、物流会社で働き始めた。

今は10トンほどの大型トラックのドライバーである。

ドライバーの仕事は高速道路が空いている夜中などに、不規則な時間で走る。

休みも月に4日しか取れない。

忙しくて睡眠不足になったりする。給油中や荷下ろしの間、仮眠を取ることもある。

「ドライバーの仕事って大変なんですね…」

陸は心配そうな目で言った。

「僕なんて大学生のくせに将来のことぜんぜん考えてないですからね…由治さんてやっぱ大人だなあ…」

「ま、まあ、仕事はきついけど、楽しみもあるんだ。最近のサービスエリアのレストランではご当地グルメが出るんだ。

全国のうまいものが簡単に食べられるんだぜ!」

由治は照れ隠しに言った。



二人はキャンプやご当地グルメの話で盛り上がった後、トラックは夜遅く青森に着いた。

トラックは青森から北海道の函館までフェリーに乗っていく。

「函館にキャンプ場があるそうなので、僕は函館で降ります」

「そうか、そこでお別れだな。俺は札幌の営業所に戻るから」

フェリーが函館に着いたときは朝だった。

由治は函館の朝市で陸に海鮮丼をおごった。

陸は無邪気な笑顔で海鮮丼を平らげた。



別れの時、二人はなにげなく連絡先を交換した。


由治は孤独なトラックドライバーにも出会いはあるのか、としみじみ思った。


また陸に会いたかった。


由治は函館から4時間ほどかけて札幌に戻り、帰宅した。

本当は疲れ切って泥のように眠りたかった。


家では妻の留衣(るい)が不服そうに由治を待っていた。

由治には5歳の娘と3歳の息子がいたが、育児は留衣に任せっきりだった。

由治も留衣も元々ヤンキーで、子どもが出来てしまったため結婚した。

留衣は親とも縁が薄く、一人で家事・育児をしていた。

由治の仕事も不規則で家族とはすれ違いの生活だった。

留衣はそれが不満なのか、いつも由治にくどくど愚痴を言った。

二人は気性が激しかったのでたびたびケンカしていた。


しかし今日はケンカをせず、由治は速攻で眠った。




ぐっすり眠ったあとはまた仕事だった。

由治は洗面所で無精髭を生やした自分の顔を見つめた。そして鼻歌を歌いながら髭を剃り始めた。

「…あんた、女出来たね?」

由治はぎょっとしてカミソリで顎を切ってしまった。

後ろを振り向くと留衣が立っていた。

「お、女なんて出来てねーよ‼」

「おかしいじゃないか。いつもは髭なんか剃らない癖に!」

「そ、それは未央(娘)も5歳だし、髭もじゃのお父さんなんて嫌だろうと思ってな…」

「ふーん…」

留衣がきつい目で由治を睨んだ。

留衣は寂しがり屋で嫉妬深かった。それもケンカの一因になっている。

由治は留衣を押しのけて慌てて仕事に出かけた。

髭を剃ったのは自由に生きてる陸を意識しているのかもしれなかった。



由治は結婚してからは留衣一筋でやってきた。

しかし留衣の料理はお世辞にもおいしいとは言えず、彼は外食で済ませていた。

外食と言ってもせいぜいファーストフード、ラーメン、ファミレスであり、

楽しみといえばサービスエリアのご当地グルメだけであった。

やがて由治は家に帰ることが少なくなった。



数日後、陸から連絡があった。

陸は札幌までやってきたらしく、まだ北海道のキャンプ場を回りたいとのことだった。

由治はちょうど休みが入っていたので、二人で富良野に行くことを約束した。

富良野のキャンプ場は星が綺麗だと評判があった。

都会では夜の街灯が明るすぎて星がよく見えないし、田舎のほうが綺麗に見えるのだ。


(陸とまた会える___)


由治は札幌で陸と合流し、うきうきした気分で食材と薪を買い込んでマイカーで富良野へ向かった。

陸は重さ12kgほどのバックパックを背負っており、中にはワンタッチ式のテント、ランタン、ミニテーブル、グリルなどが入っていた。

二人は昼頃富良野のキャンプ場に着き、簡単にテントを設営した。

そして田舎の空気を満喫しながらゆっくり過ごし、だらだらとおしゃべりした。

「やっぱり、北海道の空気はおいしいですね。とても広いし開放感があります」

「だろ? 陸も時々こっちにくればいいよ」

「冬の北海道も楽しみだな。ものすごく積もった雪が見てみたい」

話しているうちに夕方になった。

由治のスマートフォンに留衣から連絡の通知が入っていたが、無視した。

夕食はグリルを使って持ち寄った肉や野菜を焼き、二人で食べる。

由治は野外で食べる食事はおいしいなと感じた。

結婚してからは忙しくてキャンプなんてやってる余裕もなかった。

のんびりできるなんて久しぶりの感覚だ。

やがて夜になり、星が出てきた。

星空を見上げながら薪を燃やし、気持ちが落ち着いてくる。

陸は満天の星空をみつめてひどく感動していた。

由治は陸の目の輝きに見入ってしまっていた。

「そ、その…陸は男の俺となんかいて楽しいのか? 本当は女の子と来たかったんじゃないのか?」

「え⁉ そんなことないですよ。もともと一人だったし、由治さんと二人でいるのも楽しいなって思います」

由治はおもむろに切り出した。

「…なあ、もうちょっとそばに行っていいか?」

「え、ええ…」

由治は椅子を持って陸のそばに座った。

そして陸の髪を撫でた。

二人の視線が絡み合い、しばらく沈黙が流れた。

髪を撫でた手は、肩に置かれ、由治は陸を抱き寄せた。

由治の顔が近づき二人の唇が合わさったが、陸は静かに由治を受け入れた。


夜が更け、簡易テントはかろうじて二人が入れる広さだったが、肌を寄せ合って眠った。





翌日、由治は札幌に帰り、陸と別れた。

陸は東京に帰ると言った。

昨夜の出来事は秘密にしておこう…と二人で約束した。

陸にとってもひと夏の経験でしかないのだろう。男同士だし、罪の意識は感じない様子だった。



何日か経って由治が在宅の時、妻の留衣が由治に近寄ってきた。

「あんた、やっぱり浮気してるでしょ!」

「…し、してねえよ!」

「陸って誰だよ?」

「⁉ な…なんで知ってんだよ!」

「あんた最近スマホを裏返しに置いてるだろ。怪しいと思ったから見たんだよ」

由治は無意識にスマホを裏返しに置いていた。どこかやましい気持ちがあったのかもしれない。

由治はしまった、と思った。

「こないだ、車に女を乗せたね。助手席の位置がずれてたんだ」

「女じゃねーよ、男友達だよ!」

二人は言い争いになった。近くにいた娘も息子も寄り添って怯えていた。

由治がうろたえればうろたえるほど、泥沼にはまっていった。


由治と留衣の中はすっかり険悪になった。ついに我慢が爆発し、由治は離婚を決意した。






数か月後離婚した由治は一人アパートで暮らしていた。ずっと憔悴しきっていた。

留衣と離婚するのはかなりの精神力を使ったのだ。

親権は留衣に譲り、慰謝料と子どもの養育費を払うことで夫婦は合意した。


留衣はこれから仕事をしながら子ども二人を育てていくのだろうか?

俺は感情的になって離婚してよかったのだろうか?

留衣達3人はこれから幸福になれるんだろうか?

後悔にも似た気持ちが由治を苦しめた。

子どもたちの笑い声はもう聞こえない。

家族を失った今、浮き草のように心もとない。




由治はつい横井陸に電話で連絡をしてしまった。

陸に自分が離婚したことを話した。

「もしかして、僕のせいで…?」

陸の声が震えていた。

「違うんだ、きみのせいじゃない。これは俺個人で決めたことだから…」

陸はしばらく声を失った。

「僕…由治さんに今すぐ会いたいです…」

「俺もだ。陸…!」



由治は仕事で東京に行った際に陸と会った。

ホテルの一室に部屋を借り、二人は抱き合った。


「すまん、きみを巻き込んでしまって…」

由治は泣きそうな顔になって陸の頬を両手で挟んだ。

「いいんです。僕も由治さんのこと好きでしたから…」

陸は由治を優しく抱きしめた。


二人はお互いの気持ちを確かめ合い、寄り添ってベッドで眠った。




由治は離婚してから半年後、次第に自分を取り戻していった。


離婚の原因となったトラックドライバーの仕事だが、預かった荷物を安全に届けることに由治は誇りを持っていた。

トラックドライバーの仕事を続けるには理解してくれるパートナーが必要だろう。

陸はまだ就職先を決めていなかった。彼はもっと全国を回ってから考えたいと言った。

由治はタイミングが合えば陸と現地で会うことにした。会ったときは恋人のように過ごした。





(不安はあるが、お互いの意思を尊重しあってる。俺たちは自由だ____)

もう誰に気兼ねすることはない。由治はそう思うことにした。












現地夫。~自由と束縛~
著者 北白 純
発行日 2021年2月14日
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