計画的ルームシェアの罠

高木凛

文字の大きさ
3 / 3

新たな居場所

しおりを挟む
遮光カーテンで日光をしっかり遮られ、暗い部屋に響くアラームの音。眠い目を擦りながら手探りでスマホを手繰り寄せ、眩しいバックライトに目を細めつつ時刻を確認する。朝八時を過ぎたところだ。覚醒しきっていない頭で辺りを見渡し、一瞬首を傾げてから、そうだったと気づく。
昨日から新居――ルームシェアというか、居候先というか、新生活を始める住まいに移ったことを思い出す。与えられたのは玄関からほど近い一室。実家にあった自室よりはやや手狭だが、引越しを機に荷物を整理したら十分な広さだった。
新たに住み始めた家は2LDKの間取りで、一室をもらえると思っていなかった。「見知った相手だとしてもパーソナルスペースは必要だろう」と涼が当たり前のように言っていた。
家主である涼はというと、リビングに隣接した部屋を書斎兼寝室として使っているらしい。一人で暮らすにはそれくらいで十分なのだとか。それならばこの一部屋は? と疑問を抱いたが、そこはいかようにも使えるらしい。家賃は一部屋増えた分上がるけれど、手狭になってから引越す方が面倒だと言っていた。社会人ともなれば仕事の合間に引越しだなんて時間も労力も使うからというのが本人の見解だった。途中から興味を失った湊は適当に相槌を打って話を終わらせた。
本格的な授業はまだだが新学期が始まって、やることも多々ある。通学も慣れていないから早めに家を出て学校に向かおうと起きたところだ。といっても、実家から通っていたときに比べれば通学時間は格段に短くなっているし、今からのんびり家を出ても遅れることはない。
あくびをしながら、リビングに向かおうとするといい匂いが鼻をくすぐる。

「えっ?」
「おはよう、湊」

二人で使うには少々小さいダイニングテーブルには炊きたての米に味噌汁、焼き魚――完璧な和食が並んでいる。涼がワイシャツほどかっちりとしていないが、どうみても「ビジネスマンだ」と思うくらいな格好で朝ごはんを配膳していた。

「あれ、朝から仕事じゃ……」
「出社もあるけど今日は家で仕事だし。朝ごはんはちゃんと食べるからな。湊も食べるだろ?」

仕事の準備で忙しいはずの時間だ。今はもう八時すぎている辺り、どんなに段取りがよくても一時間は前に起きていたのだろう。昨日の今日で、あまり学校が忙しくないうちに朝ごはんの準備でもして驚かせようと思っていたのが大幅に予定が狂ってしまった。
なんせ今日から作ろうとしても、ついて早々、冷蔵庫の中身をチェックするなんてことはできなかったわけで、そのうち実行してやろうという魂胆は見事に出鼻をくじかれた。

「ほら、早く座って食べないと。今日学校行くんだろ?」
「え、あ、うん」

ぐう、と情けない音を立てた湊の腹を見透かしたように、涼さんが可笑しそうに目を細める。完璧すぎる年上の余裕。一泡吹かせるどころか玄関から一歩も出ないうちに湊は涼のペースに飲み込まれようとしていた。

「……いただきます」

促されるまま椅子を引けば、ふわりと出汁のいい香りが立ち上った。一口啜った味噌汁は少しだけ上品な味がしたし、ご飯もつやつやでふっくらしていて美味しい。悔しいけれど、胃袋に染み渡る。

「いつも朝ごはん食べてるの?」
「まあ出来るときは毎日な。といってもトーストだけで済ませるときもあるし、和食を作るときもある。家にいる時間も長いから息抜きみたいなもんだな。一人分も二人分も大した変わらないし」

普段から朝ごはんを作っていることを知り、湊が考えていた作戦は難しそうだと判断する。昨日はあれだけ啖呵を切ったのだ、朝ごはんがダメでも何かで挽回したいところ。いや、挽回どころかおっと? と思わせる必要がある。ただまだ起きてそう時間が経っていない頭では妙案は浮かばない。

「そういえば、おじさんたちには連絡したか? 向こうに着いて落ち着いた頃だろ」
「あ……昨日の夜、無事に着いたって。あとで電話するつもり」
「そうしてやれ。おじさんもお前のこと、心配してたからな。……もちろん、ここにいる間は俺が責任を持って預かるって伝えてあるけど」

責任を持って、預かる。その言葉は、親戚のお兄さんとしての「正論」そのものだった。けれど、コーヒーカップを口に運ぶ涼の視線が、ふっと湊をまじまじと見ているような気がして、湊は思わず箸を止める。

「……何見てるの?」
「いや。やっぱり、実家にいた時より少し痩せたかと思ってな」
「そんなわけないから。久々だからそう見えただけだよ」
「……ふーん」

興味なさげに返事をする涼に湊は怪訝そうな視線を送りながら、再び朝ごはんを口に運んでいく。

「……今日、大学のあとは? 真っ直ぐ帰ってくるか?」

その問いかけに断る理由を見つけられないまま、湊は「……多分」と小さく頷くことしかできなかった。
ご飯を食べ終わり、片付けは良いからと断られ、時間が迫っていることも考えて湊は少し急いで出かける準備をする。カバンを持って玄関に向かうと、その後ろを涼もついてきた。

「えっ、何?」
「これ。予備の鍵だ。昨日渡しそびれたから」
「あ、でも、涼兄いるなら合鍵じゃなくても……」
「出社することもあるし、会議で出られないこともあるからな」

涼は湊の手を取り、その手のひらにずっしりと重い鍵を載せた。そして、その上から自分の手を重ねて包み込む。

「そもそもしばらく住む家なんだから、鍵を持ってないとおかしいだろ?」

自分の帰る場所。そうはっきり言われ、湊は胸の奥をくすぐられたような、不思議な優越感を覚えた。躍起になっていたはずなのに、鍵を握らされただけで「自分の居場所」を与えられた子供のように、少しだけ嬉しくなってしまったのだ。
嬉しい気持ちを必死で我慢して、さも「確かにそうだね」と平静を装うようにして、玄関の入口に手をかけた。

「……じゃあ、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい。……気をつけてな」

背中に向けられる涼の視線が、ドアが閉まるまでずっと離れなかったことに、湊は気づかない。カチリ、と自動で施錠される音。それが、自分を閉じ込める『堅牢な鳥籠』の鍵がかかった音だとは、露ほども思わずに。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

嘘をついたのは……

hamapito
BL
――これから俺は、人生最大の嘘をつく。 幼馴染の浩輔に彼女ができたと知り、ショックを受ける悠太。 それでも想いを隠したまま、幼馴染として接する。 そんな悠太に浩輔はある「お願い」を言ってきて……。 誰がどんな嘘をついているのか。 嘘の先にあるものとはーー?

とある冒険者達の話

灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。 ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。 ほのぼの執着な短いお話です。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

溺愛系とまではいかないけど…過保護系カレシと言った方が 良いじゃねぇ? って親友に言われる僕のカレシさん

315 サイコ
BL
潔癖症で対人恐怖症の汐織は、一目惚れした1つ上の三波 道也に告白する。  が、案の定…  対人恐怖症と潔癖症が、災いして号泣した汐織を心配して手を貸そうとした三波の手を叩いてしまう。  そんな事が、あったのにも関わらず仮の恋人から本当の恋人までなるのだが…  三波もまた、汐織の対応をどうしたらいいのか、戸惑っていた。  そこに汐織の幼馴染みで、隣に住んでいる汐織の姉と付き合っていると言う戸室 久貴が、汐織の頭をポンポンしている場面に遭遇してしまう…   表紙のイラストは、Days AIさんで作らせていただきました。

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

処理中です...