計画的ルームシェアの罠

高木凛

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堅牢な鳥籠

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「……ふ、あはは。やっぱり期待通りだな、本当に」

湊が扉を閉めた瞬間、涼の顔から「優しいお兄さん」の仮面が剥がれ落ちる。かわされた手のひらをじっと見つめ、そこに残る湊の体温をなぞるように指を動かす。

「弟として可愛がってられるのも今のうち、か。……気づいたらどんな顔するんだろうな」



遡ること、二年前。湊が志望校を決め、夏期講習に通い始めた頃のことだった。

「……いかがでしょう?」
「そうですね、広さも十分ですし、交通のアクセスも良さそうだ」

不動産屋の言葉に、涼は内装を眺めながら満足げに頷いた。湊の選んだ大学は、ここからなら乗り換えなしで十五分。出勤においても三十分程度で済むのだから、かなりの優良物件である。
会社への利便性という看板を掲げつつ、その実、今頃勉強に勤しんでいるであろう幼馴染の顔を思い浮かべ、ニヤける気持ちを押さえながら物件の案内に帯同していた不動産屋の職員に頷いた。

「ここに決めます」

受験に「絶対」はない。だが涼の中に湊が大学に落ちるという選択肢はなかった。あいつの努力も、性格も、成績の推移も、すべて両親経由で把握している。湊は必ず合格するし、俺はその後のあいつの人生もすべて、この手の中に収めるつもりだ。
もちろん、大学入学と同時にここへ連れ込めるとは思っていなかった。なんだかんだ家族愛があり、両親も家から通えるのなら最初から無理する必要はないと言うだろう。それでいい。慣れない大学生活、往復の通学で削られる体力、自由のない実家暮らし……。喉が渇ききったタイミングで差し出す水こそが、一番価値がある。それが今、涼ができる全てだった。
一人で暮らすには十分すぎるし、家賃も安くはない。世間から見れば愚かな浪費に映るだろう。ただ先行投資とこれから先の振る舞いを考えたら安いものだ。欲しいものを確実に手に入れるために必要なことだと思ったら痛くもない。
――それから、二年。想像していたよりも早く、そして最高の形で、熟した果実が向こうから転がり込んできた。
実家同士の繋がりがなくなってしまうのは残念ではある。涼自身、家を出てからあまり帰省をしていなかったものの、幼少時代からともに過ごしていた家がなくなるのだし、帰ったら会えるとか、一緒に帰るができなくなってしまう。けれど、ここに二人で住めれば今まで以上にともに過ごせると思えば、まあいいかと思ってしまった。あまりにも薄情で、湊に悟られてはいけないが。これから先、湊が実家に帰ることはなくなる。「帰る場所」はこの玄関の内側だけだ。



「涼兄をびっくりさせるから」
そう言って、勝ち誇ったような顔で自室に消えた湊。涼は湊が抵抗しているつもりなのは知っていた。きっと自分に対して良い感情を抱いていないことも含めて。けれど涼は湊の、自分に対する「強い感情」をぶつけて来ること自体が喜びだった。例え反抗心だろうと間違いなく、日向湊が一ノ瀬涼だけに向けた感情なのだから。
それにちょっと反抗しただけでやられるほどではないし、自分にだけ見せる表情を独り占めできると思えば悪くはない。むしろ涼にとってはご褒美でしかないのだ。
自分から部屋に踏み入ったあいつは、今、どんな顔で荷解きをしているだろうか。涼は先ほどかわされた手のひらを舌先でそっとなぞる。

「驚かせてくれるんだろ? ……期待してるよ、湊」

消灯したリビングで、涼は怪しく笑みを浮かべた。籠の中の小鳥を、どうやって、どこから食んでやろうか。
二年かけて用意した『鳥籠』は、これからゆっくりと熱を孕んでいく。
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