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前編:フレームの中の誰か
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写真が趣味の僕にとって、リサイクルショップの薄暗いショーケースの奥で埃をかぶっていたそいつは、まさしく運命の出会いだった。鈍い銀色に輝く、美しいフォルム。手に取ると、ずしりと心地よい重みが伝わってくる。ライカ製の一眼レフ。しかも、驚くほど状態が良い。新品なら、僕の安月給では到底手が出ないような高級機だ。それが、たったの五千円。
「これ、なんでこんなに安いんですか?」
レジで尋ねると、人の良さそうな店主は、どうにも歯切れ悪く頭を掻いた。
「いやあ、それがねえ。何度か売れたんだけど、そのたんびに返品されちまうんだよ。『フィルムの調子が悪い』とか、『変なものが写る』とか言ってね」
「故障してるってことですか?」
「それが、専門家に見せても、メカ的には全く異常なし。でも、前の持ち主はみんな、口を揃えて『気味が悪い』って言うんだよなあ」
なるほど、訳あり品か。だが、僕にとってそんなことは些細な問題だった。フィルムカメラの多少の不具合なら、自分で分解して直すくらいの知識と愛情は持ち合わせている。むしろ、そんなミステリアスな逸話が、このカメラをより一層魅力的に見せていた。
家に帰り、早速カメラを隅々まで調べてみる。シャッターを切ると、カシャッ、という小気味良い音が部屋に響く。ああ、最高だ。ただ一つだけ、カメラの底面に「M.K.」と、誰かの手で彫られたであろう小さなイニシャルが刻まれているのが気になったくらいだった。
僕は逸る心を抑え、新品のフィルムを装填すると、近所の公園へと試し撮りに繰り出した。春の陽気に咲き誇るチューリップ、ベンチで昼寝をする愛猫のミケ、古びたブランコ。ファインダー越しに見る世界は、いつもより少しだけ特別に見えた。
数日後。わくわくしながら現像に出した写真を受け取り、その場で中身を確認した僕は、思わず「おぉ」と声を漏らした。さすがはライカだ。色の深み、空気感、どれをとってもデジタルカメラでは表現できない、素晴らしい写りだった。
ただ、数枚の写真に、奇妙な点が写り込んでいるのが気になった。チューリップを撮った写真の隅に、ぼんやりとした人のような影。ミケを撮った写真では、その後ろの茂みに、誰かが立っているような黒いシミがある。
「ははあ、これが店主の言ってた『変なもの』か。多重露光だな」
フィルムカメラでは、たまに前の撮影データがうっすらと残っていて、重ねて写ってしまうことがある。きっと、前の持ち主が何かを撮ったのだろう。そう、大して気にも留めずにいた。
だが、二本目のフィルムを現像した時、僕は首を傾げることになった。今度は、撮影の際に細心の注意を払った。レンズの汚れも確認し、確実に誰もいないことを確認してからシャッターを切ったはずだ。
それなのに、やはり全ての写真に、あの人影が写り込んでいた。しかも、前回よりも、明らかにその輪郭がはっきりとしてきている。公園の噴水の写真には、水しぶきの向こうで老婆がこちらを見ている。神社の鳥居の写真には、柱の陰から子供が顔を覗かせている。老若男女、様々な人々が、まるで僕の撮影会に、勝手に参加してきているかのようだった。
「面白いじゃないか」
恐怖よりも先に、好奇心が勝っていた。これは、ただの故障ではない。このカメラには、何か特別な「個性」があるのかもしれない。僕は、このカメラの正体を突き止めてみたくなった。底面のイニシャル「M.K.」を手がかりに、インターネットで検索をかけてみる。
すると、一つの古いニュース記事がヒットした。
『戦場カメラマン・松本一也氏、ベトナムにて消息不明』
記事によれば、松本一也(Matsumoto Kazuya)は、1960年代に活躍した若手のカメラマンだった。ベトナム戦争の取材中に、彼の乗ったジープが爆撃を受け、行方不明になったという。遺体は見つからず、現場からは彼が愛用していた一台のライカ製カメラだけが、奇跡的に回収された。
「M.K.」……松本一也。まさか。
鳥肌が立った。この記事が本当なら、僕が今手にしているこのカメラは、かつて激しい戦場を駆け巡っていたことになる。
僕は、まるで禁断の書物を読み解くように、震える指でさらに調査を進めた。すると、好事家たちが集うオカルト系のウェブサイトに、このカメラに関する、ある不吉な噂が書き込まれているのを見つけた。
『松本一也が死の直前に撮影したフィルムには、戦場で命を落とした兵士たちの、無数の霊が写り込んでいたという。以来、あのカメラで写真を撮ると、この世ならざる者がフレームの中に現れるのだ』
「……マジかよ」
思わず、乾いた笑いが漏れた。写真に写っていたあの人影は、本当に「霊」だというのか?
だが、僕の心は、恐怖よりもむしろ、未知への興奮に打ち震えていた。もし、これが本当なら……。
僕は、まるで何かに導かれるように、カメラを手に、車に乗り込んだ。向かう先は、県内でも最恐と名高い、心霊スポットの廃病院だ。
「これ、なんでこんなに安いんですか?」
レジで尋ねると、人の良さそうな店主は、どうにも歯切れ悪く頭を掻いた。
「いやあ、それがねえ。何度か売れたんだけど、そのたんびに返品されちまうんだよ。『フィルムの調子が悪い』とか、『変なものが写る』とか言ってね」
「故障してるってことですか?」
「それが、専門家に見せても、メカ的には全く異常なし。でも、前の持ち主はみんな、口を揃えて『気味が悪い』って言うんだよなあ」
なるほど、訳あり品か。だが、僕にとってそんなことは些細な問題だった。フィルムカメラの多少の不具合なら、自分で分解して直すくらいの知識と愛情は持ち合わせている。むしろ、そんなミステリアスな逸話が、このカメラをより一層魅力的に見せていた。
家に帰り、早速カメラを隅々まで調べてみる。シャッターを切ると、カシャッ、という小気味良い音が部屋に響く。ああ、最高だ。ただ一つだけ、カメラの底面に「M.K.」と、誰かの手で彫られたであろう小さなイニシャルが刻まれているのが気になったくらいだった。
僕は逸る心を抑え、新品のフィルムを装填すると、近所の公園へと試し撮りに繰り出した。春の陽気に咲き誇るチューリップ、ベンチで昼寝をする愛猫のミケ、古びたブランコ。ファインダー越しに見る世界は、いつもより少しだけ特別に見えた。
数日後。わくわくしながら現像に出した写真を受け取り、その場で中身を確認した僕は、思わず「おぉ」と声を漏らした。さすがはライカだ。色の深み、空気感、どれをとってもデジタルカメラでは表現できない、素晴らしい写りだった。
ただ、数枚の写真に、奇妙な点が写り込んでいるのが気になった。チューリップを撮った写真の隅に、ぼんやりとした人のような影。ミケを撮った写真では、その後ろの茂みに、誰かが立っているような黒いシミがある。
「ははあ、これが店主の言ってた『変なもの』か。多重露光だな」
フィルムカメラでは、たまに前の撮影データがうっすらと残っていて、重ねて写ってしまうことがある。きっと、前の持ち主が何かを撮ったのだろう。そう、大して気にも留めずにいた。
だが、二本目のフィルムを現像した時、僕は首を傾げることになった。今度は、撮影の際に細心の注意を払った。レンズの汚れも確認し、確実に誰もいないことを確認してからシャッターを切ったはずだ。
それなのに、やはり全ての写真に、あの人影が写り込んでいた。しかも、前回よりも、明らかにその輪郭がはっきりとしてきている。公園の噴水の写真には、水しぶきの向こうで老婆がこちらを見ている。神社の鳥居の写真には、柱の陰から子供が顔を覗かせている。老若男女、様々な人々が、まるで僕の撮影会に、勝手に参加してきているかのようだった。
「面白いじゃないか」
恐怖よりも先に、好奇心が勝っていた。これは、ただの故障ではない。このカメラには、何か特別な「個性」があるのかもしれない。僕は、このカメラの正体を突き止めてみたくなった。底面のイニシャル「M.K.」を手がかりに、インターネットで検索をかけてみる。
すると、一つの古いニュース記事がヒットした。
『戦場カメラマン・松本一也氏、ベトナムにて消息不明』
記事によれば、松本一也(Matsumoto Kazuya)は、1960年代に活躍した若手のカメラマンだった。ベトナム戦争の取材中に、彼の乗ったジープが爆撃を受け、行方不明になったという。遺体は見つからず、現場からは彼が愛用していた一台のライカ製カメラだけが、奇跡的に回収された。
「M.K.」……松本一也。まさか。
鳥肌が立った。この記事が本当なら、僕が今手にしているこのカメラは、かつて激しい戦場を駆け巡っていたことになる。
僕は、まるで禁断の書物を読み解くように、震える指でさらに調査を進めた。すると、好事家たちが集うオカルト系のウェブサイトに、このカメラに関する、ある不吉な噂が書き込まれているのを見つけた。
『松本一也が死の直前に撮影したフィルムには、戦場で命を落とした兵士たちの、無数の霊が写り込んでいたという。以来、あのカメラで写真を撮ると、この世ならざる者がフレームの中に現れるのだ』
「……マジかよ」
思わず、乾いた笑いが漏れた。写真に写っていたあの人影は、本当に「霊」だというのか?
だが、僕の心は、恐怖よりもむしろ、未知への興奮に打ち震えていた。もし、これが本当なら……。
僕は、まるで何かに導かれるように、カメラを手に、車に乗り込んだ。向かう先は、県内でも最恐と名高い、心霊スポットの廃病院だ。
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