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第一章 喪失

【四】潜入(灘姫)

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弥生と共に始めた旅は未だに弥助と会えぬまま月日は流れ、私は二十歳の誕生日を迎えていた。最初の一年くらいは自国の大きな集落へ潜伏していたが、城主が倒されたこともあり国は荒れていた。身の危険を脅かされる出来事や一向に手掛かりが掴めなかったこともあり、限界を感じた私達は、忍頭が言っていた”恐山”という言葉に賭け、恐山から一番近くて大きな集落で弥助が通るのを待つことにした。

そして現在、私と弥生は入念な下調べを行い、あるお茶屋で働いている。この集落で一番気品のある店に雇ってくれと直談判しに行くと、私達二人の容姿を一目で気に入った店主は直ぐ様迎え入れてくれた。"私達姉妹は両親に先立たれ、住む家も失い旅をしている"と伝えると茶屋の納屋を整理し住まいとして貸してくれた。別に騙しているつもりもない。姉妹という部分以外のことは真実なのだから。

弥生は当初反対をしていた。

『 姫を茶屋で働かせるとは…亡くなった殿や奥方様に顔向けできません…私が一人で!』

弥生が心配してくれる気持ちもわかるが、両親を失った今、弥生に甘えてばかりいるわけにはいかない。私は強くならなければならないのだ。いつか自分の城を建て直すその時までに、世に出て様々な経験を積み、町の人々の声を聞いておくということは大切なことだと思う。私の考えを聞いた弥生は、渋々ながら一緒に働くことを条件に許してくれた。


この茶屋を選んだ理由、それは客人に上流階級と呼ばれる裕福な殿方が多いからだ。お上に関わる役人や大名なども多く、日頃の鬱憤が溜まっているのだろうか、お酌をしながら手でも握ればそれだけで自国に関わる重要な情報でも簡単に話してくれることも多々ある。全く…人間の欲というものは本当に恐ろしいものだ。幼少期から城で培われた知識や教養と、恵まれた容姿を持つ私が店の稼ぎ頭となるのに時間はかからなかった。弥生は持ち前の身体能力と私とは違う大人びた魅力を武器に、二番手として重宝されている。


”お春?今日のお客は冥国の大名様だからくれぐれも粗相の無いように頼むよ。日が暮れる頃には到着するみたいだからしっかりと準備をしておくように。”

「かしこまりました、旦那様。」

本名を名乗るわけにもいかず、私は"お春"弥生は"お夏"としてお座敷に出ている。
それにしても…冥国の大名という名前を聞き、胸騒ぎがした。弥生と二人で数年に渡る地道な情報収集を行った結果、確証はないのだが羽後の小国であった私達の国、”曉国”を襲い破滅へと導いた国の名が同じく羽後にあった”冥国”であるという情報を掴んでいたのだ。確認をとるために急いで部屋へと戻り、弥生にその事を伝えた。


『 …なるほど。灘姫様、最近”冥国”は勢力を拡大してきていると先日お客様が仰っておりました。姫様を連れ去るように命令していたということは姫様のお顔を知られている場合もあります…。お座敷に姫様が出るというのはかなり危険なのではないでしょうか…』

「…確かにね。でも、私も歳を重ねているしあの頃とは違って派手な化粧もしているわ?まさか私がこんなところで働いているとは夢にも思わないでしょう。用心して探りをいれるから、弥生は私が危なくなったらいつもみたいに助けてね?」

『 かしこまりました!いつも以上に注意しておきますので、ご無理は禁物ですよ?』

私が店に出ている時、弥生は基本的に非番となっており私の身を影から監視し危なくなったら助けてくれる。勿論店主には内緒だが。
弥生は動きやすい服装に着替えると、茶屋の屋根裏へと侵入していった。
    
そして夜の帳がおり、茶屋通りに昼間とは違った暖簾が続々と掛けられ始めた頃、三人の護衛を従えて現れた、ずんぐりと太ったガマガエルのような男。こいつが我々の全てを奪ったのかと考えると今すぐにでも刺し殺してしまいたいところではあるが、まだ確定した訳ではない。夜は長いし、じっくりと聞き出してやろうではないか。店主が私を紹介すると男は、一目で気に入ったようで馴れ馴れしく肩を抱いてきた。

酒も進み、綺麗な女衆に囲まれて上機嫌になった男は、女達に銭をばらまきながら自分がいかに凄いのかと言ったことを饒舌に話し出した。正直、こんな下品な事をするようなやつに私の国は滅ぼされたのかと思うと腹が立って仕方がないが今は情報を得る格好の機会である。

「大名様はお酒もお強いのですね!惚れ惚れ致しまする。あの…風の噂で聞いたのですが…大名様は相当に策略家で切れ者だとお聞きしております。私、頭脳明晰な殿方のお話を聞かせて頂くのが大好きなのですが、何か面白い話をお持ちではないでしょうか?」

”おぉ、お春は好奇心旺盛じゃの?よし、面白い話を聞かせてやろうではないか。実はな…?”

話を聞き終えて背筋に寒気が走る。
嬉しそうにガマガエルが話した内容は隣国を闇討ちして滅ぼしたという自慢話だった。
私が城を出てから数年、他にそのような話を聞いたことは無い。おそらく私達の国のことを言っているのであろう。
しかし何かが引っかかる…とりあえず弥生に報告して相談した方がよさそうだ。

"着物を直して参りますね"

と大名の耳元で囁き、弥生の元へと急いだ。



『…姫様!ご無事で何よりです。』

部屋を出た私の元に、隠れて様子を伺っていた弥生が静かに近づいてきた。

「…弥生、詳しいことまではわからないけど、あいつらの国が関わっているのは確かだわ…。ハッキリと名前は聞いていないけれど、忍びを使ってと言っていたし、近年討ち入りで国が滅ぼされた話も聞いたことはないわよね…。やはりどこかで左京とも接点を持っていたのかしら…。」

『そうでしたか…忍びを使って…ですか。やはり左京兄さんの裏切りがあったのですね…。私、どこかでまだ信じたいと思っていたのですが…気持ちを切り替えないといけませんね…』

「…そうよね、私はそんなに接点はなかったけれど、あなたは一緒に行動することもあったでしょうし…とにかく、もう少しだけ話を聞いてみるわ。あなたは隠れて見守っていてよね?」

『かしこまりました、お気をつけて…』

話を聞き動揺を隠せないでいる弥生と別れて座敷に戻ろうとしていると、中から物騒な声が聞こえてきた。

「あ、お主何者じゃ!!皆の者、剣を取れ!」

少しだけ開いていた襖から中の様子を伺ってみると、ガマガエルが護衛に向かって声を荒げて叫んでいる。

『姫様、一旦引いてくださいませ!ここは私が様子を伺って参ります。』

すぐに異変を察知した弥生、流石くノ一だ。
武術の心得もない私が行っても、何の役にもたたないだろう…。素直に弥生の言葉に頷くと、廊下の納戸へと身を隠すことにした。
騒ぎを聞き付けた店主や、店の護衛が続々と
大名の部屋へと集まってきていた。
    
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