7 / 68
第一章 喪失
【六】失踪(弥生)
しおりを挟む
「お客さん!こんなところに居たんですか!戻ってきたら部屋に居ないし、なにやらお隣で物騒な声がすると思って来てみたら…なんですかこの有様は!他のお客様に迷惑をかけるなんてもう、私許せませぬ!!二度とここにはこないで下さいね!!……大名様、私の客が大変失礼なことをしでかしまして申し訳ありませぬ…」
凄い剣幕で突然入ってきて”曲者”を罵倒し始めたと思ったら、突然泣きながら地面に頭を付き謝り始めた私の姿を見て、場の空気が変わったのを感じた。
頭を下げた私に合わせ、店主も隣に平伏している姿を見て大名も肩の力が抜けたのか徐々に平静を取り戻しているようだ。
大名の護衛が刀を納めたのを確認すると、立ち上がって”曲者”の頬を思い切り一発殴り、手を引いて更に罵倒を続けながらそそくさと部屋を後にした。
”はっはー!あのオナゴやるではないか!”
と言う声が隣室から聞こえ少し胸を撫で下ろす。上手くいったみたいだ。
弥助兄さんらしきこの”曲者”の手を引いたまま罵倒を続け、店の外へと連れ出すと路地裏に入り顔を確認した。
「…弥助兄さんでしょ?」
部屋での罵倒からここまで一切声を発することがなかった男は、私の顔を見てようやく口を開いた。
『お、お主、弥生か?』
やはりそうだ、弥助兄さんだ!!
「やっぱり!腰の刀、それ三日月ですよね?三日月が私に教えてくれたんですよ、ご無沙汰しております、弥生です。しかし…忍者ともあろうものが、何故にあんな騒ぎなど起こしたのですか?姫様と潜入しておりました故に事を収めることができましたが…そうでなかったら今頃どうなっていたことか…」
腰の刀に手を触れ、小さく笑う弥助兄さん。
『そうか、三日月が…やはり凄い刀じゃな!やっとワシにも運が回ってきたようだ!それにしても、弥生!あの頬への一発は中々のものであったぞ?ワシじゃなかったら吹っ飛んでおったところだ!腕は鈍っておらぬようで安心したわ。』
悪びれる様子もなく、ガハハと笑いながら答える弥助兄さんに少しイラっとしたものの、久しぶりに見た懐しい同胞の笑みに安堵の気持ちを抱く。それにこれで私と姫様の目的は果たせたわけだ!後は、恐山へと向かうだけ。
「本当にもう…昔から弥助兄さんは私が本気で怒っても取り合わず、笑って済ませようとしますよね?でも、お元気そうで何よりです。姫様とはあの夜から一緒に行動しており、これまでお護りしてきた次第です。詳しい話は場所を移して致しましょう!それにしても、先程の騒ぎの主がまさか弥助兄さんだったとは、灘姫様は露にも思っていないことでしょうね。私は店に戻って姫様を迎えに行ってきますので、弥助兄さんは店の裏の離れにある納屋の天井にでも隠れておいてくださいませ、そこが私達の住処です。部屋を間違えないでくださいよ?」
弥助兄さんと別れ、騒ぎの収まった店へと戻る。大名の座敷には先程のお詫びと言わんばかりに若い遊女達が集められ上機嫌で宴が続けられていた。
「姫様、戻りました、弥生です。」
姫様を隠していた納戸へ事前に決めていた合図をし、小声で呼びかけるも返事がない。
「姫様…?」
姫様に内側から屏をして開かなくしてもらっていたはずなのに引戸は簡単に開いてしまった。幽かな灯りを頼りに中を探してみるも人の気配は感じない。
「そ、そんな…ようやく弥助兄さんと
逢えたというのに」
急いで自室に戻ると、私の気配を察知した弥助兄さんが音もなく上から降りてきた。
「弥助、兄さん…姫様が…消えました…」
『何だと?弥生、今すぐ姫が消えた場所へ案内するのじゃ!何か痕跡があるやもしれぬ。』
接客着から忍びの服へと着替え
急いで問題の納戸へと到着した。
狭く薄暗い室内を鋭い観察眼で調べていく弥助兄さん。その無駄のない動きは先程まで、私に罵倒されていた曲者と同一人物とは思えない。体から発する”気”の種類が変わり殺伐とした雰囲気を出している。
『弥生、これを見てみろ…。これは、間違いない左京、ヤツの所業だ…』
指摘された場所を確認すると、私にも見覚えのある特徴的な走り書きのようなものが記されていた。
「こ、これ…私が左京兄さんと任務に出たことは、数える程でしたが…任務終了後にこのような文字を現場で目にしたことがありました。しかし左京兄さんはどうして、証拠を残すのでしょうか?忍者とは影、相手に自分がやったと示すような痕跡を残す利点が思い浮かびませぬ。」
『弥生には、わからぬかも知れぬが、左京は日々自分よりも強い相手を求めておった…天才忍者と呼ばれていた左京故の悩みかもしれぬな。忍ぶ存在に徹しながらも、己の存在を知らしめ、自分を倒してくれる存在を探しておったのかもしれぬ。』
「そんな…だからと言って何故一度解放した姫様を左京兄さんは、また連れ去ったのでしょうか?」
『それはワシにもわからぬ…でも、ヤツが全ての出来事に関わっていることは確かだ。まだ遠くには行っていないはず、弥生すぐに出発するぞ。』
一難去ってまた一難…ようやく恐山へと向かい全てを片付けることができると思ったのに…
必要最低限の荷物と食糧を纏め、店主への短い挨拶文を残し、私達は闇夜に消えた。
凄い剣幕で突然入ってきて”曲者”を罵倒し始めたと思ったら、突然泣きながら地面に頭を付き謝り始めた私の姿を見て、場の空気が変わったのを感じた。
頭を下げた私に合わせ、店主も隣に平伏している姿を見て大名も肩の力が抜けたのか徐々に平静を取り戻しているようだ。
大名の護衛が刀を納めたのを確認すると、立ち上がって”曲者”の頬を思い切り一発殴り、手を引いて更に罵倒を続けながらそそくさと部屋を後にした。
”はっはー!あのオナゴやるではないか!”
と言う声が隣室から聞こえ少し胸を撫で下ろす。上手くいったみたいだ。
弥助兄さんらしきこの”曲者”の手を引いたまま罵倒を続け、店の外へと連れ出すと路地裏に入り顔を確認した。
「…弥助兄さんでしょ?」
部屋での罵倒からここまで一切声を発することがなかった男は、私の顔を見てようやく口を開いた。
『お、お主、弥生か?』
やはりそうだ、弥助兄さんだ!!
「やっぱり!腰の刀、それ三日月ですよね?三日月が私に教えてくれたんですよ、ご無沙汰しております、弥生です。しかし…忍者ともあろうものが、何故にあんな騒ぎなど起こしたのですか?姫様と潜入しておりました故に事を収めることができましたが…そうでなかったら今頃どうなっていたことか…」
腰の刀に手を触れ、小さく笑う弥助兄さん。
『そうか、三日月が…やはり凄い刀じゃな!やっとワシにも運が回ってきたようだ!それにしても、弥生!あの頬への一発は中々のものであったぞ?ワシじゃなかったら吹っ飛んでおったところだ!腕は鈍っておらぬようで安心したわ。』
悪びれる様子もなく、ガハハと笑いながら答える弥助兄さんに少しイラっとしたものの、久しぶりに見た懐しい同胞の笑みに安堵の気持ちを抱く。それにこれで私と姫様の目的は果たせたわけだ!後は、恐山へと向かうだけ。
「本当にもう…昔から弥助兄さんは私が本気で怒っても取り合わず、笑って済ませようとしますよね?でも、お元気そうで何よりです。姫様とはあの夜から一緒に行動しており、これまでお護りしてきた次第です。詳しい話は場所を移して致しましょう!それにしても、先程の騒ぎの主がまさか弥助兄さんだったとは、灘姫様は露にも思っていないことでしょうね。私は店に戻って姫様を迎えに行ってきますので、弥助兄さんは店の裏の離れにある納屋の天井にでも隠れておいてくださいませ、そこが私達の住処です。部屋を間違えないでくださいよ?」
弥助兄さんと別れ、騒ぎの収まった店へと戻る。大名の座敷には先程のお詫びと言わんばかりに若い遊女達が集められ上機嫌で宴が続けられていた。
「姫様、戻りました、弥生です。」
姫様を隠していた納戸へ事前に決めていた合図をし、小声で呼びかけるも返事がない。
「姫様…?」
姫様に内側から屏をして開かなくしてもらっていたはずなのに引戸は簡単に開いてしまった。幽かな灯りを頼りに中を探してみるも人の気配は感じない。
「そ、そんな…ようやく弥助兄さんと
逢えたというのに」
急いで自室に戻ると、私の気配を察知した弥助兄さんが音もなく上から降りてきた。
「弥助、兄さん…姫様が…消えました…」
『何だと?弥生、今すぐ姫が消えた場所へ案内するのじゃ!何か痕跡があるやもしれぬ。』
接客着から忍びの服へと着替え
急いで問題の納戸へと到着した。
狭く薄暗い室内を鋭い観察眼で調べていく弥助兄さん。その無駄のない動きは先程まで、私に罵倒されていた曲者と同一人物とは思えない。体から発する”気”の種類が変わり殺伐とした雰囲気を出している。
『弥生、これを見てみろ…。これは、間違いない左京、ヤツの所業だ…』
指摘された場所を確認すると、私にも見覚えのある特徴的な走り書きのようなものが記されていた。
「こ、これ…私が左京兄さんと任務に出たことは、数える程でしたが…任務終了後にこのような文字を現場で目にしたことがありました。しかし左京兄さんはどうして、証拠を残すのでしょうか?忍者とは影、相手に自分がやったと示すような痕跡を残す利点が思い浮かびませぬ。」
『弥生には、わからぬかも知れぬが、左京は日々自分よりも強い相手を求めておった…天才忍者と呼ばれていた左京故の悩みかもしれぬな。忍ぶ存在に徹しながらも、己の存在を知らしめ、自分を倒してくれる存在を探しておったのかもしれぬ。』
「そんな…だからと言って何故一度解放した姫様を左京兄さんは、また連れ去ったのでしょうか?」
『それはワシにもわからぬ…でも、ヤツが全ての出来事に関わっていることは確かだ。まだ遠くには行っていないはず、弥生すぐに出発するぞ。』
一難去ってまた一難…ようやく恐山へと向かい全てを片付けることができると思ったのに…
必要最低限の荷物と食糧を纏め、店主への短い挨拶文を残し、私達は闇夜に消えた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる