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第二章 修行

【八】洞窟(弥助)

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「う、うわっ!!」

顔に突然落ちてきた水滴に目を覚ますと、そこは見覚えのない洞窟のような場所だった。
拘束もされず、荒く編んだ茣蓙の様なものに寝かされていたところを見ると、俺をここまで連れてきた人物は敵ではなさそうだ。

現在洞窟の中腹辺りにいるのだろうか…明かりの見える入口からズラリと薄暗い奥の方まで並べられた小さな仏像が内部を異様な光景にしていた。

耳を澄ませてみても聴こえるのは天井から滴り落ちて地面を濡らす水音ばかり。明るい入口の方へと向かえば外に出ることは出来そうだが、自分に不意打ちを食らわせここへ連れてきた犯人と、奇妙な仏像群が気になった俺は忍び足で薄暗い奥の方を目指すことにした。すると突然、肩を叩く何者かの気配を感じる。慌てて振り返り、三日月に手を伸ばそうとすると

『ハハハ、才蔵に似て血の気の多いやつじゃのぅ、ワシの気配に今まで気づいておらんかったお前が今から剣を抜いたところで勝てるワケがないと思わぬか?小童よ。』

才蔵という言葉を聞き体が固まる。

「な、何故師匠の名を
知っておるのだ!名を名乗れ!!」

『まぁまぁ、落ち着け、奥で茶でも飲みながらゆっくり話そうではないか。ワシも退屈しておったところじゃからな~』

後ろにいたはずが、いつの間にか移動し、俺の前をスタスタと歩き出した謎の人物。この身のこなし…全快の状態であったとしても到底太刀打ちできるような相手ではない。
三日月を納めると、黙って後ろをついていくことにした。

松明で照らされた明るい居住空間に通され、ようやく謎の人物の全貌を目の当たりにする。
髪は白色の長髪で胸元辺りまであるだろうか、髪の長さに合わすように蓄えられた真っ白な髭、露出している額には大きく深い傷が見受けられた。目尻には深いシワが刻まれているところから相当な年月を生きてきた人物だと想像できる。こちらを見る表情はとても穏やかではあるが、全てを見透かしたような眼光をしているのに気づき、自然と背筋が伸びた。いくつもの修羅場を生き抜くと、人としての悟りを開き穏やかな面持ちになるのであろうか?思えば、師匠もそうであった。

『おい小童、名前は何と申す?』

先程から人の事を小童と呼ぶとは…
何と不躾な老人だ…しかし師匠のことを知っている様子だし、年齢も恐らく師匠より上。逆らっても返り討ちにあう可能性が高い。ここは下手に出て情報を探るとしよう。

「私の名は弥助、河川敷で見つけた敵と戦っていたはずだが、後ろからの不意打ちをうけ気絶…そこからの記憶がない。何故ここに連れてこられたのでしょうか?」

『おぉ、弥助…そうか、あの時の小童がお主じゃったのか、大きくなったのぉ!』

何を言っているのだ?
俺の事を知っているのか?

「あ、あのあなたは師匠と、どのようなご関係なのですか?それに、私は貴殿の事を存じ上げませんが、初見ではないのですか?」

『なんじゃ、質問の多いやつじゃのぉ。まぁよい、ワシ、暇じゃからな!…才蔵か?あいつに忍術を教えたのはワシじゃ。お主、聞いておらぬのか?全くあいつは肝心なことを何も言わずに逝ってしまったのか…』

先程までの人を小馬鹿にした様な眼光とは違い、老人の目には哀しみの色が見て取れる。

『ワシの名は風魔小太郎、あいつはワシの最後の弟子じゃったからな…お主の師匠、才蔵の最期を教えてくれるか…?』

ゆっくりと頷き突然の敵襲のこと、師匠が闘った敵のこと、俺が河川敷に至るまでの出来事を丁寧に説明した。
泣いてはならぬ、と思えば思うほど涙が込み上げてきて、師匠がいなくなったことを痛感させられる。そんな俺の拙い話を小太郎殿は、時に涙を拭うような素振りをしながら黙って聞いてくれていた。
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