【完結】敵は恐山にあり！？

第三章 覚醒

【二十】対話(左京)

佐助殿とは梵字の治療以降、毎月満月の夜に密かに会い修行をつけてもらっていた。才蔵師匠の、仲間と協力して物事を進める戦い方と違い、いかに敵の気配を素早く察知し、相手の急所を的確に仕留めるかといった情容赦のない修行の仕方に最初は戸惑いも感じたが、俺には合っていたのか自分でも忍びとしての腕が急成長していくのを感じていた。

『左京、今日もよく頑張りましたね。出会った頃とは違う自分を貴殿も感じているでしょう？今の貴殿であれば、才蔵と同格もしくはそれ以上の力をつけているかもしれませんね。それはそうと、梵字の治療を行ってから何か体に異変はありませんか？私も封印解除専門の忍びではないので今後の参考に伺っておきたいと思いましてね。』

「はい、以前のように無意味な殺生を行いたいといった衝動や感情はなくなっていると思います。しかし新月の日になると、日没辺りから急激な眠気に襲われ夜が開けるまで記憶がないといったことがあります。何か関係あるのでしょうか？」

本当はもう少し気になることがあった。部屋で寝ていたはずなのに、目覚めると衣服が就寝前に着ていたものと変わっており、着ていたはずの着物が脱ぎ捨てられ見てみると血で汚れていたり、…どう考えてもただ寝ていただけとは思えない就寝前とは違う変化。しかし、記憶がないので気の所為と言われてしまえば反論できない自分もいる。

『なるほど、わかりました。一度、
背中を見せて頂いてもいいですか？』

言われた通り、服を脱ぎ背中を見せると何やら呪文を唱えだした佐助殿。その刹那、頭の中で自分のものとは違う声が聴こえ始めた。

”我を呼ぶのは誰じゃ？佐助か？”

「う、うわっ！！誰だ！何だこの感覚は！！佐助殿、どういう事ですか？？」

『貴殿の中にいる、もう一人の貴殿ですよ？名前は右京…。もうすぐ大きな仕事を控えているので、貴殿にも存在を感じてもらっておこうかと思いましてね。何、軽く封印を解いただけなので今日は意識を失うこともないはずですよ？内なるもう一人の自分と対話してみるのも良いかも知れませんね。』

佐助殿は何を言っているのだ？俺の体の中にもう一人の人格があるというのか？そんな話、聞いたこともないが、頭の中に聴こえてくるこの自分とは違う声の存在。
簡単には否定することも出来ない…

”左京よ、聴こえているのだろ？我にはお前の事が手に取る様にわかる。そんなに混乱することはない。まぁ、簡単に説明すると、左京という器に二つの人格が入っておる、お主が理性を持って行動する気の強い陽の人格だとすれば、我は理性などお構い無しに無慈悲に行動する陰の人格。お主は以前まで月に一度、殺生願望やら負の感情に襲われて苦しんでおったはず、あれを全部引き受けておるのが我ということだ。感謝されても恨まれる筋合いはないと思うぞ？”

謎の声が頭から消えたのを見計らったようにすぐさま佐助殿が話を始めた。

『理解できましたか？この梵字が持つ意味を。実はこの封印は恐山にいる有名な陰陽師が施したものでしてね、その陰陽師の封印はこの私をもってしても簡単には解けないのですよ。何とか陰と陽の人格を分ける事には成功したのですがね。まだまだ研究が必要なのです。その甲斐あって貴殿は新月の日にゆっくりと眠れるようになり、寝ている間にも拙者の修行を受けることで前よりも強くなれたのです。因みに次の新月の日、貴殿の城にて盛大な催しを開く予定です。貴殿には一応教えておいて差し上げましょう。催しが始まる頃には貴殿は眠りに落ち、目覚める頃には全てが終わっているでしょうがね。この話を聞いたことを才蔵に報告して、共に城をまもるのも一興、我々と共に戦を楽しむのもまた一興。貴殿がどう動くのか楽しみにしております故。では、拙者はこれにて失礼致しますね。』

質問する間も無く姿を消した佐助殿。
佐助殿が消えた後、いくら話しかけても右京と呼ばれていたもう一人の自分が語りかけてくることはなかった。