上 下
54 / 68
第六章 真相

【五十三】同郷(才蔵)

しおりを挟む
「ふぅ、何とか上手くいったみたいですな。幸景殿には感謝しかありませぬ。今頃敵の偵察部隊が佐助達に報告し、慌てふためいている頃でしょう。」

民衆の前での演説を終え、皆の者が退けたのを確認した後、ワシと幸景殿は小太郎師匠の洞窟へと避難した。きっと佐助はワシの生存を確認する為に急いで向かってくることじゃろう。奴は幸景殿の存在も知らぬはず、これ以上不用意に人前に姿を現すのは避けたいところである。佐助は昔から、敵と見なせば見境のないやつじゃからな…幸景殿の命だけはこの命に替えて何としても守らねばならぬ。数日以内には、この騒ぎを聞きつけた小太郎殿が戻ってくるはず。

『才蔵よ、佐助という忍び…あやつは何者なのだ?詳しくは知らぬが、私には奴がお主にえらく執着しておるように見えるのだ…』

「はい、ワシと佐助は同郷で古くからの知り合いにございます。少し長くなりますが聞いて頂けますか?奴の心は母親の亡霊に取り憑かれておるのです。」

初めてヤツの名前を耳にしたのは、まだ五つになったばかりの頃だった。霧隠一族の次男として産まれたワシと、猿飛一族の長男として産まれた佐助。古くからの名門の流れを汲む忍の名家の長男として産まれた佐助は、幼き頃から母親の狂気に満ちた愛情を一身に受け育っていた。

佐助と初めて出会い、言葉を交わしたのは十歳の時。修行の休憩で立ち寄った河川敷で、喉を潤そうとしていたワシの前に、血だらけの佐助が現れた。見たところ年頃も自分と同じくらいというのに、痛むであろう傷口を表情一つ変えることなく洗っていた佐助に、自分の持っていた傷薬を渡した。佐助は不信気な顔をしていたが、知っている薬だったのか黙って受け取り、小さな声で礼を言ってきた。無視されると思っていたワシは礼を言われたことに嬉しくなり、佐助の横に座り、その傷はどうしたのか、名前はなんだ?どこから来たのか?と話しかけ続けた。

最後まで無視を貫いておった佐助だったが、傷口を洗い終え立ち上がった刹那、”猿飛佐助”と自分の名を口にした。小さき頃より話には聞いていた神童と呼ばれる天才忍者、猿飛佐助が目の前にいる!あまりの驚きと返事をしてくれた嬉しさに、飛び上がって喜んでいると佐助の姿はいつの間にか消えていた。

それからワシはその河川敷に通うようになり佐助が来ないかと待つ日々が続いた。私には兄もいたが、歳は離れ修行に忙しい方故、遊び相手にはなってくれず、忍一族ということで避けられ郷に遊んでくれる友もいなかった。
ただ純粋に同じ歳の頃の友達が欲しかった。

そして河川敷へ通いだして数ヶ月が過ぎた頃、ついに佐助がやってきた。嬉しくて話しかけようと近づいていくと、佐助はワシにお願い事をしてきた。

『もうすぐここに、私の母上が拙者を探しにやってくる。拙者はそこに隠れておく故、ここには来ていないと言ってもらえぬか?』

瞳は輝きを無くし、疲れきった表情をしていた佐助。これは何かあると思い、お願いを聞くことにした。

『佐助、佐助!!こっちにきたのは分かっているのですよ?隠れてないで今すぐ姿をあらわしなさい!まだ修行が残っているのです!いい加減にしないと、また閉じ込めますからね!!』

凄い剣幕で部下を従えてやってきた、佐助の母親らしき女性。自分が言われているのではないのに、その口調は殺意さえも感じるように恐ろしいものだった。

『おい、小童、ここにお主くらいの男児がこなかったか?隠し立てをしたら許さぬ。』

先程までは恐怖を覚えていたが、初見の子供に対してこのような威圧的な態度をとるとは何たる非道なお人なのだ!ワシの恐怖は憤怒へと変わった。

「そんな人知らないし、例え知っていたとしても礼儀を知らない人には絶対に教えませぬ。失礼致しまする!あ、私を攻撃してきたら、隠れている護衛が飛びかかってきます故、やめておいたほうがいいですよ?」

先程までは怯えを見せていた少年が急に自分に反抗の意を示したことに、母親は怯んだのか汚い捨て台詞を吐きながら去っていた。

完璧に居なくなったのを確認し、佐助の元へ向かうと佐助は立ち上がり出てきた。母親が立ち去った所為、安堵の表情は見えたもののやはり冷めた目をしていた。

「佐助よ、一晩うちに泊まらぬか?」

少し考え、黙って頷いた佐助をその日は家へと連れて帰ることにした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

郷土伝承伝奇会

ホラー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

電子魔術の夜-タブレットマギウス-

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

運命の輪廻

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

素直になれなくて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:33

桜の舞う時

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

【短短】抱き合っていきたい

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

三度目の人生を君と謳う

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

星に手を伸ばす

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

仕事やめたからお家でほのぼのする

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...