命の対価

桜庭 葉菜

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夏期講習 2

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 俺の左斜め前から佐倉さんがふわりと姿を現す。

 彼女の右手の平には青いケースに入った消しゴム。

 どうやら知らないうちに落としていたようだ。

「あ、ありがとう」

 消しゴムが佐倉さんの手から俺の手へと渡り、そのまま筆箱の中へと移動する。

「今日もこのあと部活?」

 昨日と同じ席に腰を下ろした佐倉さんが尋ねてくる。

「いや、今日は午前だけ」

 顧問の先生が午後から用事があるらしく、午後は滅多にない休みとなった。

「ならさ、よかったらこのあと一緒に今日の残り、やらない?」

 佐倉さんと一緒に勉強?

 正直、雅也や裕貴よりは女子に対して免疫があると思っていたが、女子と勉強なんて初めてで戸惑いを隠せずにいた。

 でも断る理由もない……

「いいよ」

 小さめの声でたった一言、返事をした。

「じゃあ私っ、この教室のクーラー付けておいて貰えるように言ってくるね!」

 そう言って佐倉さんはぴょんと椅子から立ち上がり、職員室に向かった。

 俺は席に着いたまま、片付けかけていたプリントをもう一度広げる。

 一緒に勉強ってどうやったらいいんだ。

 なにか話すべきなんだろうか。

 もし教えてと言われても上手く教えられる自信はないし。

 だんだん目の前の数式がぐちゃぐちゃに見えてきて、俺は思考を止めた。

 ……多分、なるようになる。

 佐倉さんが帰ってくるまでの時間がいやに長く感じた。

 それから2人で今日のプリントを進めていると、不思議とさっきまでの緊張はなくなっていた。

 どうやら俺が色々と考えすぎていただけみたいだ。

 目の前で黙々と問題を解いていく佐倉さん。

 紙の上でシャーペンの先を滑らせ、そこに小さくて綺麗な文字が並んでいく。

 シャーペンの少し掠れた音と、時計の秒針の音だけが鳴り響く中、突然、1つの音が消えた。

「ど、どうかしたの?」

 秒針の音だけが唐突に大きくなり、佐倉さんが顔を上げた。

 ただぼーっと見ていただけなのだが、よく考えればちょっと、いや、かなり恥ずかしいことをしていた。

「いや、なんでも……」

 俺は自分のプリントに目を落とし、少し荒い音を書き鳴らす。

 少ししてその音にゆっくりと優しい音が加わる。

 それからほとんど話すことなく集中して解き続け、佐倉さんが先にペンを置く。

「佐々木くんってさ……」

 自分の名前を呼ばれ、俺は視線を上げた。

「サッカー、ずっとやってるの?」

 何か変なことでも聞かれるのかと内心ドキドキしていたのが、サッカーのことなら話しやすい。

「まぁ、小学生の頃からずっと」

「すごいね! 私はずっと続けてるものってないから、なんか羨ましいな」

「そう? 別に続けることだけが全てじゃないからいいと思うけど……」

 俺の話を聞いた佐倉さんが目を丸くし、黙ってしまった。

「ごめん、俺変なこと言った?」

 慌てて謝ると、キラキラと星のように光る大きな目が一瞬にして三日月形になり。

「ううん、言ってないよ。ありがとう」

 今まで見てきた優しい笑顔とは変わり、少し無邪気さが混じった笑顔。

 その笑顔につられて俺の両の口角も上がる。

「じゃあほら、佐々木くんのプリント終わったら帰ろっか!」

 少しだけ弾んだ佐倉さんの声が俺のペンを軽々と進ませた。
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