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水族館 2
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もうすでに水族館にいるかのような構内を抜け、集合場所となっている噴水にたどり着くと、鈴木さんが先に待っていた。
まさかここにきて俺は遅刻してしまったのかと思いスマホを見ると、9時56分。
遅刻したわけではないが、なんだか微妙な気持ちだ。
画面に表示されている6が7に変わったタイミングで、俺はスマホをしまった。
その先で俺に気が付いた鈴木さんの顔がパッと明るくなったのが見えた。
「ごめん、遅くなって」
小走りで鈴木さんのもとに向かい、声をかける。
「いや、全然! 電車の乗り換えうまくいって、ほんの少し早く着いちゃっただけだよ」
そう言ってスカートを優しく翻し「行こう!」と先に歩き出す彼女。
「こと────」
一瞬吹き抜けた風の音にかき消されるほどの声。
自分の口から発せられたその音を思い出す。
──いや、俺気持ち悪すぎだろ。
何、考えてるんだ。
文化祭で出会っただけ。
周りの女子より、ほんの少し仲が良くなっただけ。
彼女とはただそれだけなのに、俺は鈴木さんの事を下の名前で呼ぼうとした、だなんて。
気持ち悪くなるほどの甘すぎるものを口の中に感じた。
その刹那、今朝の俺を睨みつける少女が頭をよぎった。
さっきまでの甘さと、今朝の何とも言えない苦さがゆっくりと交わってぐちゃぐちゃになっていく。
最近、本当にあの少女の夢を見ることが増えた。
「ねぇ、佐々木くん」
そう言ったのは鈴木さんでも少女でもなくて。
「佐倉、さん……?」
聞こえてくるのは間違いなく佐倉さんの声。
「ねぇ……こうちゃん」
なんで、佐倉さんがその呼び方を?
「佐々木くん?」
「……え」
目の前にいたのは鈴木さん。
じゃあ、さっきの声は?
どこまでが夢で、どこからが現実だ?
とにかく、鈴木さんがわざわざここまで戻ってきてくれているということは、俺は数秒動かなかったらしい。
「ごめん、ぼーっとしてた。行こう」
そう言って俺は先に歩き出し、夏のせいではない謎の汗を見せないようにした。
その時の俺は、後ろから感じる別の視線に気づいてはいたのだが、そこまで考える余裕は残っていなかった。
「ペンギンだー!」
鈴木さんが俺の隣ではしゃいでいる。
水槽のガラスにおでこがくっつきそうなほど顔を近づけ、これでもかと言うほどペンギンを見つめている。
その子供っぽい姿に俺の頬は緩んだ。
いつもは全然子供っぽさを感じなくて、かといって、大人っぽいわけではないが……なんというか、こういう一面もあるんだなという発見をした嬉しさもあった。
「あ、上行った! 見てみて!」
ペンギンから俺に目線を移した鈴木さん。
ペンギンではなく鈴木さんを見つめていた俺と、バッチリと目が合う。
「あ、えっと……」
俺は思いのほか平常運転で、むしろ取り乱したのは鈴木さんの方だった。
「どうしたの?」
小さな子供を見るように優しい笑顔を向けながら、声をかけた。
特に変なことをしたつもりはなかったのだが、俺を見ている鈴木さんの顔の赤みがみるみる増していく。
「つ、次いこう!」
「え、ペンギンはもういいの?」
俺の問いにはまともに答えてくれず、鈴木さんは先を歩き始めてしまった。
後姿から覗ける耳まで、ほんのり赤くなっていた理由を、俺が知ることはなかった。
まさかここにきて俺は遅刻してしまったのかと思いスマホを見ると、9時56分。
遅刻したわけではないが、なんだか微妙な気持ちだ。
画面に表示されている6が7に変わったタイミングで、俺はスマホをしまった。
その先で俺に気が付いた鈴木さんの顔がパッと明るくなったのが見えた。
「ごめん、遅くなって」
小走りで鈴木さんのもとに向かい、声をかける。
「いや、全然! 電車の乗り換えうまくいって、ほんの少し早く着いちゃっただけだよ」
そう言ってスカートを優しく翻し「行こう!」と先に歩き出す彼女。
「こと────」
一瞬吹き抜けた風の音にかき消されるほどの声。
自分の口から発せられたその音を思い出す。
──いや、俺気持ち悪すぎだろ。
何、考えてるんだ。
文化祭で出会っただけ。
周りの女子より、ほんの少し仲が良くなっただけ。
彼女とはただそれだけなのに、俺は鈴木さんの事を下の名前で呼ぼうとした、だなんて。
気持ち悪くなるほどの甘すぎるものを口の中に感じた。
その刹那、今朝の俺を睨みつける少女が頭をよぎった。
さっきまでの甘さと、今朝の何とも言えない苦さがゆっくりと交わってぐちゃぐちゃになっていく。
最近、本当にあの少女の夢を見ることが増えた。
「ねぇ、佐々木くん」
そう言ったのは鈴木さんでも少女でもなくて。
「佐倉、さん……?」
聞こえてくるのは間違いなく佐倉さんの声。
「ねぇ……こうちゃん」
なんで、佐倉さんがその呼び方を?
「佐々木くん?」
「……え」
目の前にいたのは鈴木さん。
じゃあ、さっきの声は?
どこまでが夢で、どこからが現実だ?
とにかく、鈴木さんがわざわざここまで戻ってきてくれているということは、俺は数秒動かなかったらしい。
「ごめん、ぼーっとしてた。行こう」
そう言って俺は先に歩き出し、夏のせいではない謎の汗を見せないようにした。
その時の俺は、後ろから感じる別の視線に気づいてはいたのだが、そこまで考える余裕は残っていなかった。
「ペンギンだー!」
鈴木さんが俺の隣ではしゃいでいる。
水槽のガラスにおでこがくっつきそうなほど顔を近づけ、これでもかと言うほどペンギンを見つめている。
その子供っぽい姿に俺の頬は緩んだ。
いつもは全然子供っぽさを感じなくて、かといって、大人っぽいわけではないが……なんというか、こういう一面もあるんだなという発見をした嬉しさもあった。
「あ、上行った! 見てみて!」
ペンギンから俺に目線を移した鈴木さん。
ペンギンではなく鈴木さんを見つめていた俺と、バッチリと目が合う。
「あ、えっと……」
俺は思いのほか平常運転で、むしろ取り乱したのは鈴木さんの方だった。
「どうしたの?」
小さな子供を見るように優しい笑顔を向けながら、声をかけた。
特に変なことをしたつもりはなかったのだが、俺を見ている鈴木さんの顔の赤みがみるみる増していく。
「つ、次いこう!」
「え、ペンギンはもういいの?」
俺の問いにはまともに答えてくれず、鈴木さんは先を歩き始めてしまった。
後姿から覗ける耳まで、ほんのり赤くなっていた理由を、俺が知ることはなかった。
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