イルマの東へ

月河未羽

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第3章  旅の仲間

7. ガゼルの宿泊街

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 あの嵐の日以来、大気たいきの状態はずっと不安定だ。何度か持ち直したものの、雨は降ったり止んだり、すっきりしない天気が続いている。じめじめした空気の中にいるのも、さすがにつらくなってきた。病気になりそう・・・。ああ、かわいた清潔せいけつな場所でゆっくりと休みたい・・・。

 そういうわけで、一行いっこうは、森を抜けて最初にたどり着いた店舗てんぽがそろう場所で、初めての宿をとることにした。一日中歩き続けて、やっとたどり着いた宿泊街しゅくはくがいだ。その大通りの道端みちばたには、『ガゼルの宿泊街へようこそ!』と書かれた看板かんばんが立っていた。とはいえ、聞いていた通り集落しゅうらくほどの規模きぼしかない。森の中で刺客しかくの姿を確認したことを思うと少し不安だったが、住人たちの様子は友好的で、怪しい人影や馬を見かけることもなかった。つまり、あの男達がこのまちで聞き込みを行ったということはなさそうである。前回の経験からして、また誰かがそそのかされている可能性をぬぐいきることはできなかったが。

 そこで念のために、アベルは外套がいとう頭巾ずきん目深まぶかにかぶり、うつむき加減で歩いた。今は刺客の方が先を行っていると考えられたが、これからやってくることも有りる。

 太陽は、その姿をはっきりと現さないまま、西の山脈の後ろへ沈んでいくところだった。この日は、そのほのかに赤く染まった夕焼け空を見ることができた。

 一行は、茶色い三角屋根から煙突えんとつが突き出している、二階建ての宿の前で足を止めた。ここはどうだろうと、互いに顔を見合わせる。すぐそばに見える宿の馬小屋には、宿泊客があずけている馬が二頭いた。宿で働く者がエサをやり、世話をしている。いていそうな感じだった。

「すみません、今日は何名泊まっていますか。」
 その従業員じゅうぎょういんに、レイサーがそう声をかけた。

 20歳はたちを過ぎた頃だろうというその若者は、振り向くと愛想あいそのいい笑顔で答えた。
「三組です。今日はいていますよ。今なら夕食にも間に合います。宿自慢じまん菜園さいえんれた新鮮な野菜と、鶏肉とりにくを使った美味しい食事をお出ししますよ。」

 なかなか商売上手な彼に、そうして一行は釣られるまま宿泊先を決めた。

 従業員の青年は一行の先に立って案内し、入口を入ったところにある食堂から、声を張り上げた。
旦那だんなさん、お客様がいらっしゃったよ。三名様ご宿泊だよ。」

 奥の厨房ちゅうぼうからただよう、おそらく鶏肉とりにくを料理している美味そうな匂いに誘われていると、そこから恰幅かっぷくのいい男性が一人現れた。ぱたぱたと床を鳴らしてやってくる。

「ようこそ、お越しくださいました。お部屋は二階になります。」

 レイサーとリマールに隠れるようにして後ろにいるアベルは、うつむいて頭巾ずきん目深まぶかにかぶっているが、特に怪しまれるような感じはなかった。

「食事は部屋でも食べられますか。」
 リマールが問うた。

「申し訳ございません、通常はお断りさせていただいてます。どうぞ、食堂でお召し上がりください。」

 テーブル席では、すでに三組の宿泊客が談笑だんしょうしたり窓の外を眺めたりして、夕食が出されるのを待っている。実際、客は二人連れが二組と、お一人様の五名だ。

 一行は、従業員の青年のあとについて、食堂の中央から伸びている階段を上がり、二階の客室へ向かった。

「こちらになります。」 
 青年は先に入室して、薄暗い部屋のランプを点けた。それからドアの横に立ち、客を中へ通した。
「間もなく夕食の時間ですから、落ち着きましたらすぐに食堂へお越しください。」

 彼は一つお辞儀じぎをして、一階へ下りて行った。

 淡い黄色がかった漆喰しっくいが塗られ、ヘッドボードが無く幅の狭いベッドが二台と、寝椅子ねいすが用意された部屋だった。それだけで、部屋の中はほぼいっぱいになっていた。いちばん背が低いアベルが寝椅子を使うことになった。東側に窓が一つだけある。広い通りに面していて、人や馬が行き交う様子を見下ろせた。

 彼らはすみの空いている場所に荷物を下ろして、少し相談をした。

「思いきって宿をとってみたが・・・。」
 レイサーがベッドにすとんと腰掛けて言った。

 それぞれ、自分の寝場所ねばしょを自然と居場所いばしょにしている。それ以外は通路で、ほかにくつろげるスペースが無かった。

「夕食、どうしよう。」
 リマールがアベルを見て言った。

「僕はやっぱり、あの人たちに顔を見せる気にはなれません。」と、アベルはレイサーに向かって言った。

 ふもとの森の住人ベルゴの話を聞いてから、まだそう離れていないということもあって、顔を見られることに多少の恐怖を覚えるようになってしまった。

「俺もその方がいいと思う。奴らはまだ俺が加わったことはきっと知らないから、もし奴らがここへ来て聞き込みをしても、情報が二人組のままならなんを逃れられるかもしれない。」

 レイサーの意見を聞きながら、自分で言い出したことで分かってはいても、アベルはがっかりせずにはいられなかった。ああ、温かい鶏肉料理・・・食べたかったな。

 リマールが見るにしのびないほど、アベルはあからさまに肩を落としている。

 自分だけいい思いはできない性格のリマールは、「上手うまく言って、夕食持ってきてあげるから。」と、そこで明るい声をかけた。

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