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第3章 旅の仲間
8. 宿の主人
しおりを挟むレイサーとリマールが階段を下りていくと、その軋み音に気付いた主人が厨房から出て来て出迎え、真っ先にこう問うてきた。
「おや、お連れ様は。」
「ああ、雨に濡れたからか、風邪をひいてしまったらしくて。」
レイサーは少し演技をして、ため息混じりに答えた。
「そうですか。天気が良くない日が続きましたからね。」
「まだ食欲はあるみたいなんで、食べられるうちに食事を持っていってあげてもいいですか。」
リマールもごくごく自然な感じを意識して続けた。
「そういうことなら、ええ構いませんよ。どうぞ、空いている席へご自由にお座りください。」
そして彼は厨房へ戻っていった。その厨房からは女性の声も聞こえる。若くはなさそうだった。きっと奥さんだろう。彼女が料理長だろうか。
レイサーとリマールは、この宿からみて北通りに面している窓際の席を選んだ。椅子を引いて腰を下ろし、目が向くままに窓の外をのぞいてみる。通りを挟んだ向かいには、大衆食堂があった。ちょうど混む時間で、なかなか繁盛しているらしく、店の前には、鹿毛や黒鹿毛、それに栗毛の馬が柵につながれ待たされていた。
二人は目を見合ったが、言葉は何も交わさなかった。ただ、その目から読み取れたのは、互いに嫌な予感と緊張、そして警戒心。
馬の世話をしていた青年が、水差しとガラス製のコップを二つ持ってきてくれた。今はウェイターとして働いているらしい。
しばらくしてまず運ばれてきたのは、タマネギとキャベツの千切りスープ。そのあとカボチャのサラダと、一つのバスケットに丸い胚芽パンが四つ。そして、蒸し鶏に特製ソースを添えたメインディッシュだ。
二人は時々、窓の外にちらっと注意を払いながら食べ進めた。気になるのは、向かいの大衆食堂の前に並んでいる馬の持ち主のこと。この宿に入る前にはいなかったので、自分たちとそう変わらない時間に入店したと思われた。考えすぎかもしれないが、油断はできない。しかし、せっかくの種類豊富にある美味しそうな料理はきちんと味わいたい。二人は、必要以上に気にするのを止めることにした。
料理の味は期待を裏切らなかった。リマールがたまに味を評価するのに対して、レイサーは軽く相槌を打ったり一言返しはしたが、それ以外は特に会話らしいやり取りもなく、二人はほとんど黙々と食べた。
そうしてリマールは半分ほど、そして、レイサーの方はもうすぐ食べ終わるという皿の中身になった時、主人が二階へ上がっていくのが見えた。二人とも少し心配になった。さっき連れの具合が良くないと伝えたので、それでかもしれない。自分たちの部屋を訪れるだろうか。アベルがドア越しに話して、上手く避けてくれればいいが。
顔を見られるのを恐れて、アベルは窓際へは行かずに寝椅子に座ったまま、向かいの建物の屋根や空を眺めていた。
そうしながら、いろんなことを考えた。何もすることが無くじっとしていると、自然とそうなってしまう。最初はやはり兄である王様のこと。そして母の王太后様。そして亡くなった父の先代王。さらには悪人だとイメージしている叔父のことまで。それに、この先の旅についてや敵のことも。
気づけば、窓の外はすっかり夜の色に染まっていた。二人が食堂へ下りていったのが、何時間も前のことのように思える。もう食事を終えただろうか。
ちょうどその時、ドアをノックする音が聞こえた。
アベルは立ち上がって入口へ向かい、鍵を外してドアを開けた。
その瞬間、思わず飛び退いた。そして、サッとドアの後ろに隠れた。
部屋の前にいたのはレイサーとリマールではなく、恰幅のいい宿の主人だ。
しまった、考え事をしていたせいか、足音にも注意がいかず返事までし忘れた。こんな時に・・・と、アベルはまぬけな自分に腹が立った。
「驚かせてすみません。」と詫びた主人も、アベルの反応に戸惑っている様子。
だがその戸惑いの中に、アベルはぞっとするものを感じていた。急に、主人の目が商売人のそれではなくなった気がした。一瞬表情が消え、それからは任務を帯びた兵士のような鋭さを感じる。疑り深くなっているせいだとしても、彼のそんな視線に晒されているのは耐えがたかった。
しかし完全に隠れるのは不自然なので、アベルは仕方なく半分だけ顔を出して言った。
「いえ・・・あの、何ですか。」
「お加減が良くないとお伺いしましたので、何か御要りようではないかと。」
「ああ、ありがとうございます。大丈夫です。」
「そうですか。」
主人は素早く笑顔に戻っていたが、今のアベルにとっては前ほど感じの良いものではなかった。彼は一つお辞儀をして戻っていった。
あの鋭く探るような目を、アベルはすぐに忘れられそうにはない・・・と思った。
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