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第4章 旅の協力者
6. 姉と弟
しおりを挟むルファイアスがアヴェレーゼの嫁ぎ先へ寄るよう指示しなかったのは、レイサーがその姉のことを苦手としているのを知っているからだ。その名を出せば、護衛の依頼を引き受けてはくれないかもしれないと、少し心配になったのである。だからレイサーは、今、その姉がいる場所へ二人で話をしに行くのが億劫だった。しかし、この状況を説明しなければならない。アヴェレーゼは、何の事情も知らないはずなのにあっさりと歓迎してくれ、とても親切に感じ良く仲間たちに接してくれたが、内心では突然のことに驚き混乱していたはず。自分(レイサー)が訪ねてきたこと、二人の兵士、見ず知らずの若い少年少女。何の前触れもなく目の前に現れた全てが、信じられなかっただろう。
レイサーは、言われた通りに二階の広間の前に来た。エントランスホールから階段を上がってすぐの部屋だ。
彼はノックもせずに自分の手でドアを開け、中へ入った。
気配に気づいて歩いてきていた執事が途中で立ち止り、大きく張り出しているバルコニーの方へうやうやしく手を向けた。
そのバルコニーに置かれた椅子は、整形庭園の方を向いて並んでいる。
いちばん右の椅子には、気配に気づいていながら、振り向きもしないアヴェレーゼの後ろ姿が見える。レイサーが話をしたがらないことを知っているので、その弟とじっくり会話をするのは、彼女にとっては少し思い切りがいる。そのせいだろうと、レイサーも分かりながら無言のまま近づいて、隣の椅子に腰を下ろした。話題はこの旅のこと以外にも及ぶだろうと、察しがついていた。
執事が、サイドテーブルに用意してあったワインボトルの栓を抜き、グラスに赤い液体を注いだ。
だが前もって指示されていたのか、それを二人が受け取ったあとは、一礼して速やかに退室した。
広い空間とバルコニーの部屋に、二人だけになった。
レイサーはワインを一口喉に通し、それから窺うようにして姉の方へ横目を向けた。
「あなたがお城を出て行ってから、もう三年になるわね。」
アヴェレーゼがそう静かに声をかけ、二人は話し始めた。
避けたい方からいきなりきたので、レイサーは早速、滅入った。
しかしこの時の彼女は、先ほど夕食の席で見せたのとは、全く違う顔になっていた。心にたくさんの心配事があり、自分の周りの大切な人全てのことをいつも気にかけている。そういう思いやりに溢れる人柄を滲ませた顔をしていた。その大切な人の中には、もちろんレイサーもいる。
「たまには帰ってあげなさい。」
アヴェレーゼは優しい声で、極めて慎重にその言葉を口にした。
なのにレイサーは、ふてくされたようにも聞こえる声で、「どの面さげて・・・。俺は勘当されたも同然の身だ。」と、即答。
「あなたが勝手に出て行ったんでしょう。」
「ルファイアス兄貴が、俺のことを許すよう父と話をしていると聞いたが。」
「お母様も歳を取って、もう元気じゃあないのよ。お父様に気を使って口には出さないけれど、あれからもずっと心配して・・・。だから、顔を見せてあげて。」
母親のことを言われると、レイサーは辛かった。母はずっと味方であったし、城を出る時も行かないでと泣きつかれていた。
昔、レイサーがもっと若い頃、彼は好奇心が強く自由に生きたいと思い、領主の息子として不適切な発言をすることが多々あった。父は厳しい人で、忠義を尽くすことを嫌がっているととられ、時には殴られることもあった。それを母や兄たちが必死で止めに入ることも。レイサー自身は、殴られても仕方がないと思うところもあったのだが、心配性のその母は、夫とこの末息子との溝が修復不可能なまでに深まり、そこに憎悪が湧くのを恐れている。
レイサーは、母が異常に自分と父のことで悩んでいるというのは知っていたが、可能な限り父の顔は見たくないのも本音だった。
レイサーは、視線を姉の顔から下へ落とした。
「今度・・・実家に帰ったら、元気でやってたと伝えてくれ。」
アヴェレーゼは呆れ返り、これ以上ないほど大きなため息を返してやった。
二人は黙った。
アヴェレーゼは何か言いたいのを堪えるように、ワインをごくごくと飲み干した。
「それじゃあ、話してくれるかしら。ラルティスお兄様の二人の部下に護衛されながら、あなたが若いお友達を三人も連れて、珍しく私を訪ねてくれた訳を。」
レイサーは丁寧に話すタイプではないので、あまりにも淡々と手短に事情を説明したが、確かに要点は伝えた。それが逆に分かりやすく、ずいぶん簡単な説明の中の衝撃的な言葉(アベルが実は王弟であり、命を狙われているという部分)に、アヴェレーゼは言葉を失った。
その話を受け入れ、落ち着くまでに一分ほどかかった。
アヴェレーゼは夜空を見上げた。
明るい月の周りに、青白いちぎれ雲が綺麗に見られる夜だった。
「皆いい子ね。いくつなの? 」
「アベルは15、リマールは17、ラキアは13・・・だったか。」
「皆それよりも下に思えるわね。純粋すぎて。何としても守ってあげたくなるでしょう。」
「仕事でやってるだけだ。」
「相変わらず素直じゃないわね。」
アヴェレーゼは、人の心を見透かしたような口の利き方をすることがある。
そんな時、レイサーは、つい反抗的な態度をとってしまう。恐ろしいのは、それがたいてい言い当てられたと感じてドキッとなること。今の自分の返事もその通りで、いつの間にか本心では・・・もうそれだけでは無くなった気がしていた。
レイサーは、「もういいだろ。」と素っ気なく返して、椅子から立ち上がった。
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