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第5章 試 練
1. フェルドーランの森
しおりを挟む方向としては、東への旅ならイスタリア城の裏門側から出れば近かったのだが、そちらは岩山の道になり、乗馬初心者が馬で行くには危険だということで、しばらく川の流れに沿って進む道を選んだ一行。川は岩山の下を、とりあえずは東へ向かっていた。川幅はすぐに狭くなった。イスタリア城の近くでは勾配を駆けくだっていた流れも、天気が良い日が続いたこともあって、やがて緩やかになり方向を変えた。
そしてある日、川底に小さな石ばかりが溜まっている浅い場所を、馬の背にまたがったまま横切った。その時、森の木々の上に、霞がかった山脈を広い視野で見ることができた。実際には、思ったよりまだずっと遠いかもしれない。けれど、もう間近に迫っているように感じる。あと何日でたどり着くだろうと、アベルは王都へ思いを馳せて眺めた。
フェルドーランの森に入って数日経ったが、とりあえず何事も起こらない日々を過ごせている。森は深く、家も見かけず、とても静かだ。特に今日は、自然がたてる音しか聞いてない気がすると、アベルは不意に気づいた。
森はとても広大なので、大街道の方には居住区もあるのかもしれないが、レイサーが先導する道はとにかく人気が無かった。
旅人たちは、昼間休憩をとった場所にしばらくとどまった。自分たちよりも、馬を休ませるための休憩だ。三頭はそれぞれ別の、樹皮が鱗模様になっている老木につないだ。
その間、例によって、レイサーは夜中の見張りに備えた仮眠を取り、アベルとリマールは食べられそうなものを自然の中から探し、ラキアは、燃やせそうな枝などを集めたり、時々さぼって遊んだり。
陽射しがずいぶん弱まった頃になって出発した。
森の地面は、おおかた柔らかくて低い茂みに覆われているが、その中に細い道が幾つも通っている。そこを馬は常歩で進んだ。アベルとリマールは、このところ毎日、レイサーの指導のもと少しずつ歩法の練習をしている。馬の動きに合わせて、馬上で立ったり座ったりする速歩も、自然とできるまでになった。
レイサーがしばらく馬を歩かせていると、オリファトロスが頭を真っ直ぐに上げて、鋭敏な耳を、ピク・・・ピク・・・と動かした。
何か耳慣れない音を聞きつけたかと思い、レイサーは注意深く、木々の後ろや遠くにじっと目を凝らした。森はもう薄暗いが、空はまだ明るさを残している頃で、高い位置からだと、周辺の様子をそこそこ見ることができた。
今はまだ、危険が潜んでいるような気配は感じない。そもそも、そういえば今朝から、リスやキツネなど野生の動物すら全く目にしていないな。妙な音をたてる、人以外の何かが出てきたのだろう。とりあえず、刺客では無さそうだ・・・と、レイサーは判断しつつも、オリファトロスがどこか落ち着きが無くなったのは、やはり気になる。
レイサーは肩越しに振り向いて、後ろに続いているリマールの馬を見た。
リマールが、「はい?」という顔をしたが、アイオロスは何か聞きつけたり、感じているのかどうかは分からなかった。アズバロンは? レイサーはそのまま横から見ようとした・・・が、後ろに隠れているのでよくは見えなかった。
狼の遠吠えでも聞こえたか。熊がたてた物音ということもありうる。これまでのところ遭遇していないが、今夜あたりから、それらの危険も高くなりそうだ。そう結論づけて、レイサーは視線を周囲から進行方向へ戻した。
実はこの時、様子がおかしくなったのは、馬だけではなかった。気を張っている感じのオリファトロスとは対照的に、ラキアが、頭を下げてばかりいる。うなだれて、下から揺さぶられるままにふらふらしているのである。
「珍しくおとなしいな。」
レイサーが、自分の前に座っているラキアに話しかけた。
それこそ珍しいことだ。明らかにおかしい場合は別として、レイサーが、こんなふうに人の様子を気にして話しかけるなど。しかも、視界が少しでも見えているあいだは、ラキアは興味があちこちに向くのできょろきょろしたり、無駄に声を上げたりする。それをレイサーは、「ああ、うっとおしい。」と不快に思うこともあるくらいなのに。
「なんか・・・ちょっと寒い・・・気持ち悪い。」
ラキアはすっかり元気の無い声で答えた。そして、のろのろと顔をのけぞらせ、高い木の傘をぐるりと眺め回した。
複雑に交差する枝と、木の葉の黒いシルエットが今にもゆがんで動き出しそうに見え、葉ずれの音が不気味な音楽をかなでているように聞こえる。
なぜ今、辺りを気にしたのか。ラキアは自分でも分からなかったが、何かぞわぞわするものが、無意識にそうさせた感じだった。
その一方、最後尾にいるアベルもまた浮かない顔で、周囲をゆっくりと見回していた。そうしながら、時々目を閉じて耳を澄まし、眉をひそめて、ため息をついていた。
「俺にもたれるか?」
「大丈夫・・・あ、でも・・・うん、やっぱりそうする。」
ラキアは後ろへ寄りかかり、レイサーの胸にぐったりと背中を預けた。目を閉じて力無く首をかたむけ、辛そうなため息をくり返している。
気分が悪いなら、馬の背に揺られていると悪化させてしまう。早く横になった方がいいと考えたレイサーは、今日はもう先へは進まず、この近くで眠るのに良い場所を探すことにした。
道を外れて馬を歩き回らせていると、間もなく適当な場所を見つけることができた。大きな岩と木々の陰に隠れられる窪地。馬の姿を見られないようにするには、ちょうど良さそうだった。
ラキアはすぐに、外套のフードをかぶって横になった。
体を丸めて毛布を引き寄せている上から、リマールが自分のハーフケットを重ねてあげた。
「大丈夫?」
「ん・・・ちょっと・・・マシになった気がする。」
「風邪でもひいたかな。熱が出るようなら、薬出すね。」
リマールはそのまま、ラキアの隣に落ち着いた。レイサーは向かいにいて、剣を抱きしめるように左肩にもたせかけて座っている。彼はもう、朝まで眠らないつもりだ。アベルは・・・そういえば、今日はあまり話してないなと気付いて視線を向けると、アベルは耳に手を当てて、目を閉じていた。眉間にやや皺が寄っている。
「また何か聞こえるの?」と、リマール。
おもむろに瞼を上げたアベルは、親友の方へ首を向けてため息をついた。
「うん、でも・・・よく分からないんだ。途切れ途切れで・・・どうしたんだろ。」
そのうち辺りは暗くなり、やがて闇に包まれた。
霧がただよう夜だった。
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