イルマの東へ

月河未羽

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第5章  試 練

3. あやかしの沼

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 ラキアは何かぶつぶつ言いながら、虚空に文字を描くように指先を動かし、それから両手を組み合わせて印を結んだ。

 光の玉が、ランプに火を灯したようにパッと生まれた。ラキアの胸の前に。

 次ぎの瞬間、レイサーもアベルも、そしてラキアでさえもぞっとした。 

 灯りで分かったリマールは、真顔だ。

 だが、その首回りにいた何か悪いものは、うっとおしそうな顔をして、とりあえずは消え去ってくれた。

 これで解決・・・と思いきや。

「あ・・・ああ・・・。」

 今度はアベルがおかしい・・・!

 アベルは変な悲鳴を漏らして立ち上がり、後ずさりしたかと思うと、くるりと背中を返して駆け出したのである。

「今度はこっちか・・・!」
 レイサーは慌てて追いかけた。

 一方、正気を取り戻したリマールだが、とたんに地面に両手をついて、吐きそうなほど激しく咳き込みだした。

 アベルは森の小道を闇雲やみくもに突っ走っていく。
 灯りも無くほとんど真っ暗なのに、アベルにははっきりと見えているものがあった。

 牙を剥きだした大蛇のようなもの。甲冑かっちゅうを着たガイコツ。恐ろしくて気味の悪いものたちが次々と現れては宙を舞い、前から横から襲ってくる。だがそれは、ラキアに見えているものとは全く違った。ラキアが見たのは、こんな説明のつく幻影ではない。

 レイサーがとにかくアベルを追いかけていると、前方に木が生えていない場所が見えてきた。辛うじて分かった。周りの木々は、そこをふち取るように立ち並んでいる。その形は楕円・・・しまった!

 そうか、なまり色の沼! 

 レイサーは、声にせずとも叫ばずにはいられなかった。
 非現実的だったので結局あまり気に留まらなかったが、ここは話に聞いていた例の危険区域だ! 

「アベル、止まれ!沼に突っ込む気か!」

 幸い、レイサーの方が遥かに身体能力が優れていたおかげで、風のように追いつくことができた。後ろから上着につかみかかりながら、もう片腕を回してぐいと腰を引き寄せ思い切り横へ。

 倒されても、アベルはこの世の終わりを見たかのようにひいひい悲鳴を上げている。右に左に首を振り、立ち上がってまだ逃げようとするので、レイサーは馬乗りになった。

 そこへ足音が聞こえて、レイサーが振り向くと、追いかけてきたラキアの姿が見えた。

 ところが何事か、突然けたたましい悲鳴を上げたラキアは、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。

 ラキアも沼の存在に気づいたのだ。なにしろ、少女の目には〝あやかし〟と言われる、その全てが実際に見えていた。

 沼の上に、また何か分からない恐ろしいものがうようよとうごめいている。目や口のようなものはあるのに人の顔をしていない、動物でもない、見たこともない気味の悪いもの。きっとあの水の中にはもっといる。近寄りたくない。

「ラキア!」
 レイサーが叫んでいる。
 一人気を確かに保っているレイサーだが、どうしようもなくあせり、慌てた。
「おい、ラキア、しっかりしてくれ!」
 ダメだ、こっちを見ようとしない。
「頼む、助けてくれ! ラキア!」
 
 その時、ようやく気づいた。

〝 松明たいまつを灯せば悪いものは近づいて来ない・・・ 〟

 そうだ・・・!

「ラキア、火、火だ! 火を出してくれ! 関所でやったアレを!」

 ラキアがやっとこたえた。一向に顔は背けたままだが、必死で恐怖に打ち勝ち、泣きながらでも腕を動かして、印を結びながらまたぶつぶつと呪文なるものを口にし始めたのである。

 松明の炎のようなものだけが、宙に幾つも現れた。それが三人を囲うように、等間隔の位置について燃えている。レイサーにしてみれば、それもまた奇妙で不気味な光景だ。

 アベルが、やっと暴れるのをやめた。

「大丈夫か。」

 アベルはハアハア息を乱して目を閉じたままだが、確かに二度うなずいた。

「ラキア、大丈夫か。」

 レイサーは一人、あっちもこっちも気遣わなければならない。

 ラキアは幼い子のように、うずくまったまま声を上げて泣いている。しかも震えて、自分の両腕をしきりにさすっている。

 気分が良くなったと思ったのは、単に体が慣れただけだった。だがまた、この大きな衝撃のせいで体内バランスが急激に崩れだした。悪寒がひどくなり、吐き気とまではいかなくても、胃がムカムカする。でも一番はやっぱり、何より怖い・・・!

 それを見たレイサーも、仕方がなかったとはいえ後悔した。霊を見ることができるという霊能力者。ラキアに起こった異変は、きっとその能力ゆえの、あやかしに対する拒絶反応。ラキアの体は、例の沼を通りかかっていることを知らせてくれていた。なのに、離れるどころか近くにとどまってしまった。完全に判断ミスだ。

 そうすると、悪さをしたり近寄ってこなくなっただけで、まだ周りに何かいるのか。レイサーは沼の方を見て、それからラキアを抱きしめに行った。頭に手を回して胸に顔をうずめてやり、落ち着かせようと優しい声をかけた。

「何か怖いものが見えているなら、このまま、ここを離れよう。」 

 そこへリマールが歩いてきた。手には即席の松明を持っている。リマールも執事の話を思い出したようだ。

「リマール、アベルを頼む。」

 レイサーに言われて、リマールは背中だけを起こしたアベルのそばへ寄った。

 間もなく、それぞれ立ち上がった。まだ動揺している様子のアベルをリマールが、ラキアをレイサーが支えながら道を戻り始めた。

 彼らは速やかに荷物をまとめ、大急ぎで馬たちにくらをつけた。一刻も早く、ここから脱出したい。こんな実在する呪われた世界から。

「さあ、今すぐ場所を変えよう。」

 アベルとリマールにそう言うと、レイサーはほとんど抱き上げてラキアを馬に乗せた。

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