イルマの東へ

月河未羽

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第5章  試 練

4. 月明かりの中で ― レイサーとのひととき

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 本当なら、ラキアの体内レーダーに頼って(危険から離れる方の意味で)移動したかったが、ラキアはまたレイサーにもたれて眠ってしまっていた。ひどい目にあったのを分かっているので、レイサーも無理に起こしはしなかった。彼はたまに見下ろして、気分は治っただろうかと少女の様子を気にした。

 それで結局、この日は、真夜中にかなりの距離を進むことになった。不思議なことには、霧はいつの間にかすっきりと晴れていた。

 やがて開けた川辺に出た。ただ、丈高い植物が一面に生えそろっている。小さい花をたくさんつけた植物。これはナノハナだ。そのせいで見えないが、さらさらと川の流れる心地良い音がしていた。

 月光に包まれた広くなった場所で、さきほどの恐怖体験を思うと、嘘のように優しく感じられる場所だった。水音がする方には、茂みがぽっかりと空いている部分も見られる。そこには大きな一枚岩でもあるのだろう。

 一行はひとまず、寝場所をここに決めた。ただ、遠くから微かに聞こえるのは獣の遠吠え・・・と言えば狼。気にはなるが、警戒の範囲内だ。妖怪よりは自分でも対処できるとレイサーは思い、特に問題にはしなかった。

 アベルやリマールに手伝ってもらい、馬の背中で眠っているラキアをレイサーが抱きかかえた。そして木が生えている方へ少し戻り、茂みが柔らかくて少ない空き地にそっと横たえた。

 ほかの者は、馬を木につないでからラキアのそばに腰を下ろした。

 そうして、やっと落ち着くことができた。やれやれ・・・とんだ災難だった。悪夢を見そうだと、アベルはため息をついて首を振った。






 眠りについてそれほど経たないうちに、アベルはパッと目を覚ました。思った通りになった。ひどい夢だ。沼での出来事が再現された。あの出来事に、この悪夢に、僕はしばらく呪われるんだろう・・・。

 そう滅入めいりながら周りを見ると、見張りをしているはずのレイサーがいなかった。だが立ち上がってみれば、すぐにその姿を見つけることができた。

 レイサーは、水辺の大きな岩に座って夜空を見上げていた。黒い空に際立きわだ下弦かげんの月を、感慨かんがい深げに見つめている。

 月明かりに照らされたその横顔に気付いた時、アベルは少しドキッとした。違う人かと思うほど眼差しは穏やかで、表情は優しく映った。月光の中、夜風に髪をなびかせてのその姿は妙に神秘的で、男の人を見ているのにそのまま呆然と見惚みとれてしまった。

 ちょっとまだ眠れそうにないし・・・アベルは、レイサーのそばへ歩いて行った。

「どうした。」
 すぐに気付いたレイサーが顔を向ける。
「目が覚めてしまって。」
「ああ・・・あんなことがあった後だ。そのせいだろう。」

 そのせいです・・・と、アベルは心の中で答えた。なんだか自分がとても気の弱い男に思われ、情けなくなった。

「あの・・・さっきは・・・。」
「気にするな、お前のせいじゃない。しかし、ラキアがいてくれて良かった。」

 レイサーが横にずれてくれ、アベルは平らな岩の空いた場所に座った。

「レイサーは、アヴェレーゼさんとは似てないですね。」
 だしぬけに、アベルはそんな話題を持ち出した。なぜかすぐに浮かんだ言葉だった。

「姉貴とエドリックは母親似で、俺とルファイアス兄貴は父親の方だからな。ちなみにラルティス兄貴は亡くなった祖母に似てると言われる。」
「じゃあ、お婆様はすごい美人なんですね。ラルティス総司令官は、とてもハンサムだから。」
「俺は皺くちゃの祖母しか知らないから何とも言えないが、まあそれらしい面影はあったな。だが、アレンディル陛下は、兄貴たちなんかとは比べものにならない美青年だぞ。」
「そうなんだ・・・。」
「あんたは母親似だな。陛下や王太后様と髪と目の色が同じだから。それに、あんたもいい顔をしている。」
 そう言って、レイサーは普段は精悍せいかんな表情を少し崩した。

 近寄り難くて苦手だと思っていたのに、いつの間にか全く緊張しなくなった。それどころかかれるものさえ感じていた。彼の頼もしさやたくましさに、アベルは男として憧れた。

「ここで何してたんですか。」
「何も・・・ただ、月がきれーだなーって。」
 思わず吹きだしたアベル。本人は、ありのまま真面目に答えたというのに。 
「似合わない・・・って言いたいんだろ。」
「すみません。」

 でも、さっきの表情なら・・・笑っておいて、アベルはあとから思った・・・むしろ絵になる。

「どうして、さすらい戦士になったんですか。他のご兄弟はみんな騎士になってるのに。」

 今はなぜか踏み込んだ質問ができてしまう自分に、アベルは内心戸惑いながら、それを口にしていた。それほど親しくなれたということだろうか。

「命令されるのも、規律に縛られるのも性に合わないんでな。それに、いろんな所に行くのが好きなんだ。自由にいろんな場所の空と雲を見るのが。」
 レイサーも普通に答えてくれる。
「ああ、それで。」
 月を眺めてたんだ・・・と、アベルは納得した。
「あんたこそ、何で王族なのに山に籠ってたんだ。」

 レイサーが受け取った手紙には、その理由が〝わけあって。〟で済まされていた。

 アベルはこの問いに、初めて個人的なことを聞いてきた・・・と、少し驚いた。妙に嬉しくなった。

「僕は物心ついた頃にはもう山にいたんです。1歳になった頃、死ぬような病気にかかったらしくて、イルマ山のおじいさんのもとでないと助けられなかったとかで。詳しい事情は、僕もつい最近聞いたばかりなんだけど。」
「なるほど・・・。山からの眺めは絶景だろうな。」
「ええ。山腹の台地のような場所に住んでいたので、ほんとにすごく綺麗です。夜空を埋め尽くす星屑ほしくずが特に。」

 このあとは沈黙が続いたが、落ち着かないということはなかった。それどころか満たされていた。今日ここで、アベルは何だか特別な時間を過ごした気がした。


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