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第5章 試 練
5. 敵の包囲網
しおりを挟む朝、起きてみて、目覚めたばかりだというのに、アベルはまず夢見心地になった。目の前が黄色で華やいでいる。川辺はちょっとしたナノハナ畑だ。この深い森の中に、こんな特別な場所があるなんて。
空はすっかり明るくなっていた。
他の場所もよく見てみると、辺りの様相が、昨日とはずいぶん違う所に来ていることに気づいた。木の種類が増え、茂みは高くなり、所々に鬱蒼とした藪も見られる。
そばにはもう、リマールもラキアもいなかった。先に目覚めて、今は好きなように過ごしているのだろう。リマールは周辺の薬草調査に違いない。ラキアは・・・。
アベルはナノハナ畑を通って、川の水ぎわまで歩いて行った。
小魚を嬉しそうに目で追っているラキアがいる。そして、そのすぐ近くの岩の椅子にはレイサー。ラキアが、川にボチャンと落ちないか注意しているようだ。アベルには、レイサーがもう保護者同然の感情を持っているように見える。
「おはよう。」と、アベル。
「おはよう。」と、レイサー。
「僕、あれから何時間くらい寝てました?」
「四時間も眠ってない。俺たちはもう朝食を済ませたから。」
アベルは地面に膝をつくと、川の水で顔を洗った。
やがてリマールが戻ってきて、旅人たちは出発した。
コケに覆われている岩のそばで、飛び跳ねるシカを見かけた。小鳥も機嫌よくさえずっている。夜中にはリンリンと虫の声もしていた。あの沼のほとり・・・夕べ最初にいたその場所は、まるで死人の世界、あるいはそこへの入口だった。これがこの世の生きた森、その日常だ。
実が生っている木がある場所を通りかかった。桃のような果物で、まだ熟していないけれど、じゅうぶん食料にできるのでもぎ取った。そこでそのまま休憩を取り、ついでにほかにも自然の中から食べられるものを探した。
一時間ほどして再び出発したが、今朝は天気が良かった空から、午後になって小雨が降り出してきた。
次第に雨脚は強くなり、結局あまり進めないまま、大木の下で雨宿りをすることに。
止むまで待っていると、太陽が西の空にずいぶん傾く頃まで足止めを食らった。
夜、できるだけ進もうといことになり、一行は馬を歩かせ始めた。これまで通り道幅に合わせて一列に並んだが、成り行きでアベルが真ん中になった。
空は少し晴れて、落ち着いた陽の光が、雨上がりの群雲を染めているのが美しい。それは石造りの廃墟の上によく眺めることができた。深い森の奥から、人が住んでいた場所まで出てきた。そのうち村にも出会うだろう。まだこの辺りは、つる植物や他の緑が密生している場所も多いが、その中に、わりと広い道も細道も伸びている。じゅうぶん馬で通れる場所だ。
オリファトロスの耳は、時々、ピクリ、ピクリと動いた。レイサーが見て思う限り、もう怯えているような様子はなかった。音を自然と耳が追っているだけという感じだった。ここでは、様々な生き物が活動しているのが目にも分かる。ただ、それら森の動物たちが立てる音の中に、違う物音も混じっている・・・という予感で、レイサーの警戒心と緊張は次第に高まっていった。
同じ頃、アベルもまた風の知らせからそれらの気配にだけは気づいていた。はっきり何だとまでは分からないが、胸に押し寄せてくるものは、明らかに不安だった。
遠くの木立をかすめて、一瞬、何かが横切った。それはすぐに視界から消えた。
「反対の道を行こう。」
レイサーも不吉な前触れだと思ったようだ。彼はたちまち進路を変えた。
アベルは、心臓が異常にドキドキしてきた。
リマールも嫌な胸騒ぎに眉をひそめながら、レイサーに黙ってついていく。
しばらく行くと、レイサーがピタッと馬を止めた。
斜め前方に、立ち止っている影。まだ遠くて、木の葉や植物の緑に大部分が隠れているが、シカよりも大きな動物・・・というのは分かる。
そこから離れるようにして、レイサーはまた別の道を選んだ。
アベルが感じている不安は、急に大きな波となって襲ってきた。
ある時、レイサーは馬から降りて、地面に耳をつけた。
「こっちだ。」
そして、いよいよ道から外れて、藪の中を左方向へ曲がった。低木の枝や、鋭い植物の葉が肌を傷つけてくるような獣道を通り、鬱蒼とした雑木林に姿を溶け込ませた。馬も気の毒に思われたので、手綱を握る者たちは静かに小枝を掻き分けたり、手を伸ばして首や腹をなでてやった。
するとある時、大きな影が、右手の向こうの道を通って行った。まだ距離はあったが、ついにそれを、藪の間から一瞬、目に留めることができた。
茶色い馬に人が乗っていた。
方向を変えずに進んでいたら、きっと見つかっていた道の方だ。誰もがもう、敵に追われていると感じていた。
「僕たちを探してる・・・。」
レイサーの後ろに続いているアベルが言った。
「分からない。だが、その可能性はある。」
自分たちも姿をチラッと見られた可能性が。だとすれば、敵は今、確信をもって注意深く捜索している。密かに突破するのが難しくなる。
ここで一行はみな馬から降り、それより先はいっそう息を殺して、慎重に手綱を引きながら歩いた。
そのうち、どの方向へ進んでも、行く手の茂み越しに、ふと人影が現れるようになった。逃げようとあがいても、次第にその間隔が短くなる。徐々に追い込まれているのかもしれない。
この恐怖を掻き立てられる切迫した状況にあっては、さすがにラキアでも窮地にいることを肌で理解しているようだった。
「レイサー・・・。」
ラキアはおびえた目をして、後ろからその背中にささやきかける。
レイサーは何も答えず、ただ張りつめた表情で危険をかわして行ける道を探す。
しかし、今やこだまする蹄の音が誰の耳にも聞こえ、それらの気配も、もはや八方から感じられるようになった。
とうとう敵の包囲網にかかったか。だが避けては行けないと分かっていた。きっとその目をかいくぐり、隙をついて抜け出すしかなかった。最初から。
「仕方ない。馬はここに置いて行こう。」
三頭はひとまず森に放し、あとで王都の兵士たちに探してもらうことにした。
と、その時。
角笛の音が聞こえた・・・! 森に反響する、仲間を呼び集める合図。
見つかった・・・!
レイサーは再び、慌ててオリファトロスに飛び乗った。そして、アベルに手を伸ばす。
「アベル、俺の前に乗れ!」
後ろからつかまってくれる方が馬を走らせやすいが、前にいさせれば攻撃を受けても抱き込んで守れる。彼は瞬時にそう考えたのだ。もっとも、俺が耐えられればだが、と。
そこでリマールも、とっさの判断で、邪魔になると思ったアベルの弓と矢筒を預かった。
間もなく、叫び声や何か騒々しい音が上がり、蹄の音がすばやく迫ってきて、近くの枝が大きく揺れた。
来る・・・!
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