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第5章 試 練
6. 追跡と逃走
しおりを挟む「お前たちはひとまず走って逃げろ!」
レイサーは、あぶみに足をかけたアベルを、馬の背に引っ張り上げた。
そしてリマールは、言われた通りにラキアの手首を引っ掴むや、少し急な下り坂になっている藪の中へ逃げ込んだ。
「いたぞ!」
ビクッ! となる叫び声が上がった。
二人を乗せたオリファトロスは、その場からすぐさま飛び去った。
レイサーは振り向いて後ろを確認した。
みるみる集まり追いかけてくるのは、やはり、しばらく見ずにいられた者たち。
灰色と黒の奴ら・・・!
馬を疾駆させるため、ひとまず道へ戻ったレイサー。そして、アベルの上から前屈みになると、見事な馬術で、矢のように駆けることができる駿馬を走らせた。敵の優れた乗り手がすぐ横に現れても、手を出すチャンスを与えず。
「回り込め!」
後ろにいる男の誰かがわめいた。
できるものか! レイサーは声にせず言い返し、足の速い黒馬を奮い立たせ、もっと速く走らせた。その要求に相棒は見事に応えてくれる。
いい馬をもらえて良かった。オリファトロス、こいつならついて来れる。奴らを振り切れる・・・!
道端の木々が飛ぶように後ろへ消えていく。
勢いよく風を切っているせいで、フードがパッと跳ね上げられそうになる。
今それをすることに意味があるのか分からなかったが、アベルは癖のように片手でしっかりと押さえ、髪の色を隠していた。
それは意味があった。やがて追っ手に「もう一人の方では・・・?」と思わせることができたようだ。約半数が不意に引き返して行ったのである。
だがまだ、五、六人がしつこくついて来る。レイサーは右に左に視線を走らせ、辺りの下藪を見極め、方向を変えて、今度は道の無い茂みの中を走り回った。
ところが、運悪く断崖に出た。逃げ場を失った・・・! いや、神は幸運をくれた。向こう岸は低い位置にあり、一筋の崖の切れ目のようになっている。その下には広い岩だな。あの狭い谷を飛び越えれば逃げきれる。きっと無理な距離ではない。オリファトロスが恐れず従ってくれるなら。
「アベル、足をしっかり押しつけてしがみつけ。」
「まさか、飛ぶの?」
「飛び越える。」
それしかなさそうだ、と、アベルも覚悟を決めた。
刺客たちは速度を落としたが、レイサーは手綱を締めるどころか、拍車をかけた。
オリファトロスは突進した。二人分の体重は問題ではないのか、自信があるようだ。
「行け・・・!」
自身が選んだ主人に忠実なその軍馬は、命令に従う・・・というより、使命感に燃えて飛んだ。騎手と一心同体となり、崖際で力強く地面を蹴り、そして・・・華麗に跳躍して見事、対岸に降り立ったのだ。
それについて来た者が、敵に一人だけいた。だがその馬は下の岩だなに落ち、騎手は衝撃で落馬した。そのまま谷へ滑り落ちるかというところで、間一髪、きわで踏み止まった。実際、その峡谷は目がくらむほど深いものではなかったが、下には川が流れ、岸壁は切り立っている。馬を見捨ててもよじ登るには時間がかかるだろうし、一緒にとなると自力ではまず上がれまい。
ほかの追っ手は、レイサーの狙い通りに対岸で立ち往生している。引き返すことはできるが、奴らの追跡はここまでだ。ひとまず暗殺兵団を一部減らすことができた。
たいした馬だ。そう褒めてやりながら、レイサーはオリファトロスの首をしきりになでた。それから馬を回して、悔しそうに見つめてくる刺客たちを尻目に、その目の前から姿を消した。
雑木林の暗い場所へと入っていったレイサーは、馬を大きな岩陰へ進ませた。
そこで、アベルに降りるように言った。
「とりあえず、俺達だけで先へ進もう。」
「え・・・二人は?」
「お互い無駄に探し回れば、奴らに見つかる危険が高い。大丈夫、きっと王都で会えるさ。リマールもそうするはずだ。」
言われたことに、アベルも納得するしかなかった。
「オリファトロスは、ここで放そう。」
レイサーは、その勇敢で頼りになる相棒を優しくなでた。アベルもそうした。
黒い馬は、悲しそうに小さくいなないた。別れを惜しんでいるかのよう。
「また会おう。必ず迎えに来るよ。」
レイサーがささやきかけた。
その言葉が分かったかのように、オリファトロスは従順に言うことをきいて、次第に離れていく主人たちを見送った。
一方、リマールとラキアは、別の道から吊り橋を渡って、レイサーとアベルが飛び越えたのと同じ谷を越えていた。上手く刺客を撒くことができた二人。今、周りに人の気配は一切無い。
ひとまず安全だ・・・という状況だが、このままでは喜べなかった。二人はしょんぼり肩を落として、茂みの道をとぼとぼと歩く。
「はぐれちゃったね・・・。」
ラキアが言った。
「うん・・・。」
「待ち合わせ場所、決めておけば良かったね。」
「そうだね・・・。」
「どうするの?」
本当ならもっと悩んでいたいところだが、リマールにはすべきことが分かっていた。
「僕たちは僕たちで、王都を目指そう。」
「え、でも・・・。」
「ここで無駄にうろうろするのは危険だよ。だから、レイサーもそうすると思う。きっと王都で会えるよ。」
そうは言ったものの、もし捕まっていたら・・・という思いもあり、リマールは心配で胸が潰れそうだった。だがもしそうなったとして、今さら助けに行ったところで手遅れだろう。奴らは暗殺者なのだから。そもそも、自分に立ち向かえるような相手ではないし、多勢に無勢。必ず出会えると信じて望みをかけるなら、互いに無事でいることだ。それに僕にも大事な任務がある、と、リマールはそれを忘れてはいなかった。薬を持っているのは、自分なんだ・・・。
リマールもラキアも黙りこくった。ただ木立の後ろから射す、太陽の光を背中に感じながら歩き続けた。東へ。
森を渡る風が枝を揺らす。頭上でカサカサと木の葉がざわめく。今の二人には、どこかむなしく頭に響く音だった。無性に寂しくて、切ない。
カサカサ・・・カサ・・・
カサカサ・・・
ガサッ!
いきなり、横の茂みがはっきりと音をたてた。
リマールもラキアも、驚いて飛び退いた。
すると聞き慣れた声がして、見慣れた顔が現れた。
「ほら、やっぱり!」
アベルだ。
「レイサー、いたよ!」
リマールは声をおさえて喜んだが、ラキアは遠慮なく歓声を上げた。次の瞬間、その可愛い口をレイサーが乱暴に塞いだ。そんなつもりは無かったのだが、焦ったはずみで。
「静かにっ。」
「とりあえず、ラキアと二人で王都へ行くつもりだった。良かったのかな。」
リマールが言った。
「僕たちもそうだ。でも風の声を聞いてたら、二人が近くにいるって分かったんだ。」
とアベルも答えた。そして、確信するまでは、用心して忍び足で後を追っていたと。
リマールは、預かっていた弓と矢筒をアベルに返した。
「無事でよかった。さあ、早くここから逃げよう。」
早口でそう促したレイサーは、再び先に立って歩きだした。
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