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第5章 試 練
13. 救出
しおりを挟むアベルとリマールは、ウィンダー王国の二人の兵士と共に、決戦の場からは少し離れた岩陰で待っていた。
その二人の兵士は、油断なく周囲をうかがう、がっちりして戦い慣れていそうな風貌の男性と、逆に二十歳そこそこだろうという細身の青年。見た目は自分と何ら変わらないとアベルもリマールも思ったが、彼もまた紛れもなく頼れる戦士で、戦い方を知っている。だからこそ、エドリック隊長は護衛につけてくれたのだ。
「一人も逃がすな!」
ついに、エドリック隊長の勇ましい叫び声が聞こえた。
それが火蓋を切ったようだった。続いて男たちの荒々しい雄叫びが湧き起り、激しく打ち合わされる金属音と、それに驚いたような馬のいななきが、いっしょくたとなって響いてきた。
戦闘が始まった。
アベルとリマールは目をつむり、胸の前で両手を組み合わせて祈った。大きな悲鳴が上がった時は、驚いてパッと目を開けたりした。そして、恐怖にかられながらまた祈った。
意外にも、戦いは長引くものではなかった。何か決定打が早々に決まったようだ。誰かの「引け!」という切羽詰まった大声がしたあと、やや騒々しさが落ち着いたように思われた。
様子が気になり、少年たちはドキドキしながら目を開ける。とはいえ、その場では状況を見て知ることはできない。現場へ行かなければ。
すると、すぐ近くの道を、馬が猛烈なスピードで駆け抜けていった。
少しして、また。
当然、騎手もいただろう。追われている者と、追う者たちという感じだった。何頭走って行ったか分からないが、恐らく、四、五人ってところだ。
そのあと、気づけば、戦いの場はすっかり静かになっていた。
角笛の音が鳴り響いた。
「隊長の笛の音だ。」
若い兵士が言った。
「もう大丈夫、行きましょう。」
「あの・・・ということは、勝ったんですか。」
アベルは確信を持って問うた。
「当然です。ベルニア国の兵士を相手に、我々が負けるなどありません。」
風格ある年上の兵士が答えた。
アベルとリマール、それに二人の兵士がそこへ行くと、レイサーもラキアもいた。やはり二人とも捕まっていたのだと知ったと同時に、無事でいてくれたことに心底ホッとし、喜びがあふれた。
その時、ラキアはちょうど兵士の一人に縄を解いてもらっている最中だったが、レイサーの方はエドリック隊長と向かい合っているだけで、まだ木につながれたままだ。
二人のあいだに、なんだか険悪な空気がただよっていた。
「久しぶりだな、レイサー・・・無様な。」
「うるせえ。喧嘩うってんのか、エドリック。早く、これを解けっ。」
「うるさいのはお前だ。それが人にものを頼む態度か。」
そう言い返しながらも、エドリックは可愛くない弟のそばに膝を付いて、縛めを解いてやろうと固い結び目に両手を伸ばしている。
すると、やっと縄を外してもらい始めたレイサーのところに、ラキアがよろよろと歩いてきた。そして、レイサーの傍らにしゃがみこんだかと思うと、どうしたのか泣きじゃくりだしたのである。
なぜ自分のそばに来たのかは分からなかったが、レイサーは自由になった片腕で肩を抱き寄せてやり、頭をなでてやった。
あの状況で、何がラキアにあれほど無言を貫かせたのか。プライドだとも意地だとも思えなかった。恐怖のあまり何も考えられなくなり、声が出せなかっただけかもしれない。それでも、この少女は落ち合い場所を教えなかった。よく頑張ったことだけは確かだ。
現場には、二人の死体が横たわっていた。どちらも身に着けている軍服は黒だ。それにはホッとしたアベルだが、死者を見るのはいいものではないし、やっぱり慣れられそうにないと思った。だがあとで、戦士になれば、この感覚に動じない鉄の精神が備わるだろうか・・・と、なぜかふと考えた。
そして、負傷者はと言えば、なんと多くいることか。敵にも味方にも。その場は、勝利したウィンダー王国の兵士たちが取り仕切っていたが、その中で彼らは敵の負傷兵をも手当てし、死者をどうするかの相談をしていた。
数名の兵士に取り囲まれて、地面に座り込んでいる暗殺兵団の指揮官らしき男もまた、肩の傷を押さえてうめいていた。
この隊長が敗れたと分かるや、その部下たちは慌てて馬に飛び乗り、次々と逃走し始めたという。
二人は、疲れた様子でいるレイサーとラキアのそばへ行った。
怪我をしたそのレイサーには、水を汲んできたばかりの兵士がついていて、ちょうど包帯を取り出し、これから手当てをほどこすというところだった。
「よければ、彼は僕が。どうぞ、ほかの人を診てあげてください。」と、リマールが声をかけた。
その兵士もリマールの腕を察したようで、うなずいて応えると、傷ついたほかの同胞のもとへ走って行った。
「さあ、診せて。」
リマールは、レイサーの傍らに両膝をついた。
すると、「すまない。」と、レイサーが恥じるように口にした。
それを聞いていたアベルは、一瞬、手当てのことかと思ったが、このあとの二人のやりとりで違うと分かった。一方のリマールは、その意味をすぐに理解していたようだった。
「そんなこと・・・。」
「行けなかった・・・。」
「大丈夫、僕たちはすべきことが分かってたから。レイサーはすごいよ。」
そう話しているあいだにも、リマールは彼の足を縛って止血し、斬られた方の袖をゆっくりと捲り上げ、傷口が覗いているあたりのズボンの生地を開いた。腕と足、そうして特に大きな両方の傷を見て、顔をしかめた。
「ああ、これはひどい・・・しみるよ。」
リマールは、彼が左腿に受けた深い傷から洗った。それでも、どうしたって強い刺激を与えてしまう。どんなに優しくしてあげようと思っても。実際、それはのけぞって飛び上がりそうになるほど応えたが、「俺は、我慢強い。」と大見得きっただけあって、レイサーは身じろぎもせずに耐えた。
そこへ、西側にいたエドリックの部下たちが、一時乗り捨てられたアズバロンとアイオロスを見つけて連れて来た。二頭はどちらも機嫌よく元気でいる。アベルやリマールには、迎えに来てもらえて安心しているように見えた。
「他の場所にもう一頭、馬具にイスタリア城の紋章をつけた立派な黒馬がいるのですが、気が荒くて誰にも手綱をつかませてくれないんです。逃げはしないのですが・・・どうしますか。」
アズバロンの手綱をつかんでいる兵士が報告した。
「ここまで彼らを乗せてきた馬だぞ。それは、お前たちの中の誰も、気に入られなかっただけだ。」
と隊長は答えて、レイサーを見た。
「お前のだな。」
「エドリック、お前も行って、乗せてくれるかどうか試してみたらどうだ。」
「当然、お前より気が合うだろうさ。俺の方が馬との付き合いは長いし、その手のへそ曲がりにも慣れている。」
よく喧嘩をしていた・・・なるほど、顔を合わせればこうなるのだろうと、アヴェレーゼの言葉にアベルは納得して、呆れた。さっきからこんな調子だもの。
「森にはまだいるぞ。逃げた暗殺者、及びそれらを捜し出して、全員縛り上げろ。戻ったら、ルファイアス騎士に報告を。」
この話しぶりから、彼もついてきてくれるのだろうか・・・と、アベルは予想し、次の言葉に少し期待した。そうなれば心強い味方が増える。ただ、レイサーと口喧嘩ばっかりするだろうけど・・・。
するとやはり、彼は向き直ってこう言った。
「この先は、私もお供いたします。さあ参りましょう。王都までもうすぐです。」
それから、副隊長や数名の経験豊かな部下を呼び寄せたエドリックは、自分が不在にするあいだのことで、いろいろと指示を出し始めた。
その後、エドリック隊長から聞いた話によると、大橋の関所からやってきた急使の知らせによって指令が下り、この森にも、いくつかの軍事基地から部隊が送られたとのことだった。しかし森は広大。こうして危機を救うことができたのは、まさに神のご加護とお導きのおかげに違いないと彼は言った。
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