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第6章 祝 福
3. 王の宮殿へ
しおりを挟む黒髪に灰青色の瞳、紳士的で、英雄らしい威厳を滲ませている男性。運よく通りかかった救い手はまさに、ルファイアス騎士その人だった。
「リマール・・・?」
ルファイアスもそうと気付くと、サッと馬から飛び降り、武器を引き抜きながら駆け寄った。
「ルファイアス騎士か。」
「くそ・・・。」
男たちは反対方向、つまり、この路地裏の奥へとたちまち逃げ出していく。
それらの行く手に、今度は、立ちはだかるようにして一人の若者が現れた。
レイサーだ。
「リマール、無事か!」
「レイサー、その者達を捕えろ!」と、長男ルファイアス。
「言われなくても。あと命令・・・まあいい。」
すると、男たちはそれぞれ武器を手に取り、強行突破をはかろうとした。
だがレイサーは、抜き身の剣を横に構えるだけで、それを止めさせた。少し顎を引いて男たちをにらみつけるその目つきは、リマールに、豹や虎といったネコ科の猛獣を思わせた。その迫力に負けて、男たちは急に尻込みしだしたのである。
そこへ、ルファイアスのあとに続いた二人の騎兵が駆けつけた。さらに、街の警備にあたっている衛兵も二人加わった。
路地を出たところの大通りには、何事かと足を止めた多くの人のささやき合う声が、結局騒ぎとなって響いている。
その群衆にまで聞こえるようにか、男の一人が狂ったようにわめきだした。
「先代の王ラトゥータスは卑怯者の臆病者、王アレンディルは無能な偽善者だ!この国は滅ぼされる!」
「口を閉じろ! そして、武器を全て足元に置け!」
騎兵の一人が慌てて命令した。
「両手を頭の後ろへ回せ。」
逃げられないと理解はしていて、その狼藉者たちは、言われたことにはすぐに従った。ただ、一様に悔しくて恨めしそうな表情で、自分を捕まえようとしている兵士たちを見ている。
リマールはショックで身動きできないまま、そんな男たちの形相に釘付けになっていた。
こうして、堂々と君主をけなし、彼に乱暴を働いた男たちは捕えられた。
罪人たちは連れて行かれた。だが、いよいよめちゃくちゃな暴言を吐き続けている。それを四人の兵士が怒鳴りつけながら引っ張って行った。
リマールはとても嫌な気分になり、ため息をついて見送った。それから、地面に投げ捨てられた自分のシャツを拾い上げ、砂をはらった。
隣ではルファイアス騎士も苦い表情を浮かべている。
ルファイアス騎士は、「間違った思想を抱き、理想を描かされている者が多くいる。」と、悲しい声でつぶやいた。
だがそれから、彼は気を取り直すように微笑し、若い弟と向かい合うと、明るい声で言った。
「レイサー、やはり引き受けてくれたか。ご苦労だった。」
レイサーの方は、その依頼主に一歩近づくや小声で、「褒美はたっぷりと用意できてるんだろうな、兄貴。」と、真面目な顔。
「しかし危ないところだったぞ。この分は差し引かねばな。」
「そっちこそ、密偵より先にちゃんと迎えろよ。」
今の会話が、リマールにはかすかに聞き取れた。なるほど、簡単に引き受けてくれたのは、だからか。考えてみれば、彼が務めたのは王族の用心棒。約束されている報酬は目が飛び出るような高額に違いない。だが、金のため? 果たしてそうだろうかと、リマールにはもう分かっている気がしていた。依頼に応えたその時と今とでは、彼の中で大きく変わったものがあるはずだ、そうきっと。
ルファイアスは、視線をリマールに向けた。
「ところで、なぜ君は一人で逃げて来たんだ?」
「薬を持っていたからです。」と、リマール。
「なるほど・・・では、今は持っていないということかい。」
「はい。路地裏を走り回って、見つけた空箱の中へ投げ込みました。」
リマールはちょっと肩をすくめながらそう答えたが、ルファイアスは呆れるどころか感心してうなずいた。
「たいした機転だ。」
「あ、でも、早く取りに行かないと。」
とたんにリマールが焦り出して、レイサーとルファイアスはその路地裏を奥へと進んだ。
リマールは、さらに暗くて細い道の方へ曲がった。
「俺達がひどい目にあってきた数々の親玉の悪事は、罪には問われないのか。」
レイサーが、後ろになった兄を肩越しに見ながらきいてみた。
ルファイアスは困ったような顔になり、ため息を返した。
「残念ながら彼が指示したという証拠が無い。これまでお前たちを襲ってきたのも、全て陰の部隊と密偵だからな。夕べ、連行されてきたその者たちを問い詰めても、勝手にやったとの一点張りだ。」
繁華街を抜けてから王宮までは、レイサーとリマールが、ルファイアスのあとについて歩いた。それからは、何事もなくたどり着いた。
一方、エドリックが付き添う形で、先に到着していたアベルとラキアが待っていた。三人は門の前からは少し離れた物陰にいて、中の様子を窺うようにそろって背中を向けている。二人の門番が見張りをしている後ろには、白亜の王宮と大庭園を背景に、迎えの馬車が停車していた。一度は門の前まで行ったらしい。
今、王宮の間近にいるアベルは、真正面を向いている主宮殿を眺めた。外観は単純な形をしている。中央と両翼が高くなっているけれど、一言で言えば長方形だ。その前の整形庭園には大きな池があり、その中にある高い噴水が水を噴き上げている。優雅で上品な感じがした。
仲間たちは合流して、まずは互いに無事でいたことを喜び合った。
そしてエドリックが、門から離れて待っていた理由を話した。
「心の準備が必要だろうと、とりあえず、殿下が無事に帰郷したことを知らせておいた。あそこで待っていたら、どうなるか分かるだろ。もう、ぞくぞくと関係者たちが駆けつけている。声をかけられたら、いちいち相手をしていられない。兄さんがいないと。」
そうして彼らは、そろって門番たちの前に姿を現した。いよいよ王宮の敷居をまたぐという時を迎えた一行。馬車で進める場所まで送ってもらうと、宮殿の玄関口までは広い石の階段が続いていた。それを落ち着いた歩調で上がっていく。歩を進めるごとに増える衛兵が、うやうやしく挨拶をしてきた。ただ、この時点では王弟であるアベルではなく、英雄騎士ルファイアスの顔が大きかった。出会う者、出会う者、彼が連れている少年少女を「誰?」と問いたげな表情でしげしげと見つめてくる。
しかし、アベルが主宮殿のエントランスに姿を現せば、たちまち注目の的が変わった。騒ぎと言えるほどの衝撃が走った。そしてなんと、偉そうな人々が一斉にひざまずいた。
そこには王の側近や名立たる騎士、それに政治家、とにかく、居合わせた者や急遽駆けつけた者など、王都にいた高い地位にある関係者達が集まっていた。そんな彼らが、そのあと身を乗り出して、アベルにはよく分からないことを口にしながら、次々と言葉をかけてくる。それは大変な喜びようで、中には涙を流す者までいる始末。
一方で、ただの召使いなど事情を知らない者達は、呆気にとられた様子で目を丸くしていた。アベル自身もそうだ。
「殿下!」
「ああ、よくぞご無事で。」
「よく、お戻りくださいました。」
ルファイアスがアベルの前に堂々と立ち、ゆっくりと片手を上げた。興奮している者たちを静かに制したのである。それから少し苦笑を浮かべてみせた彼は、とても穏やかに響く声で言った。
「申し訳ありませんが、殿下を、まずは陛下と王太后様のもとへお通ししなくてはなりません。お集まりいただいた皆様は、広間でお待ちください。」
本当に申し訳ないけど・・・とアベルも思った。この場は、何とも落ち着かず居心地が悪い。
集まった者たちは身を引き、口を閉じて再びひざまずいた。
王の近衛兵であるルファイアスが案内人となり、その後ろにアベル、そしてラキアとリマールが並んで、最後にレイサーとエドリックが続いた。
権力者の集団から抜け出すと、アベルはやっと周りに目を向ける余裕ができた。まずイスタリア城とはぜんぜん違う・・・と思った。広い通路には彫像や季節に合った植物が置かれ、壁には風景画が掛けられている。
その明るい広廊から中庭へ出るという時だった。
息をきらせた老人が一人、曲がり角からひょっこり現れたのである。見入ってしまうほど驚いた顔をして、どうしたのか声が出ない様子でいる。
ルファイアスがほほえみを浮かべてうなずきかけると、老人は震える声でやっと言った。
「ルファイアス殿、その御方は・・・もしや。」
「ええ、まさしく。ゼルフィン殿。」
アベルは目をみはった。そこで突然、老人はほろほろと涙を流し始めたのだ。
「ああ・・・お帰りなさいませ、アベルディン様。」
老人は、骨ばった皺くちゃの手で涙をぬぐいながら言った。
「さあさ、兄上様と母上様が、今か今かと身を案じてお待ちかねでございます。」
それから彼はのろのろと背中を返し、ルファイアスのさらに先に立って歩きだした。
「あの・・・この方は。」
アベルがルファイアスにささやきかけた。
「陛下の侍従です。子供の頃から、ずっと。」
中庭を三つ抜けて行き、廊下を幾つも曲がって、いろんな場所の階段を上がった。
やがて侍従ゼルフィンは、扉を隔てた向こうに王がいるという部屋の前で足を止めた。
四隅にさりげなく銀飾りをあしらった、淡い水色の大きな扉の前だった。
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