鐘が鳴るときに

プーヤン

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第3話 侍女シェリル

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月が綺麗に輝く夜のこと。

そこは税務を取り締まる貴族区の役所。

「タレスさん。あそこの畑はどうしますか?今日、見積もり書を出す予定ですよね?」

「ああ。あの第三区の東にある小畑の税の再見積もりか。……………………乗せとけよ。あの所有者はムカつく男だったからなぁ。」

「はい。それはばっちりです。」

「よし。ならばいい。」

二人の税務担当官はその後、仕事の書類も片付けずに町へと飲みに行く。

彼らの去った部屋にその部の長に当たる男が来ていたとは知らずに。

彼は彼らが作成した書類を見ては押印せず、自分が持ってきた書類と照らし合わせては修正し、正しい書類を作成していく。

彼は彼らの愚行の数々を知りながら、何も言わずに淡々と日々の実務を遂行していく。

それが正しくない行いだと分かっていながら、自分にはどうすることもできないという非力さも客観的視点から理解しているのだ。

そして、一つの見積もり書で手が止まる。

その土地の所有者の名前に見覚えがあったからだ。メモの項目には何故か所有者の印象が書かれていた。それは、誹謗中傷の数々であったが、これはおそらく先ほどの彼らが書いたものではないだろう。
嫌に具体的であり、手紙の一部を抜き取ったような文章である。これは、彼らに入れ知恵した人間の作為が潜んでいるなと彼は思案する。

しかしながら、この言われよう。

確かに思い出されるのは、口調の荒い少年であった。

月光が少しはにかむ彼を照らしていた。

 

 

 

「おかえりなさい。ロイド様。おや。」

「ん?ただいま。どうされました。」

「…………いえ。」

私はダグラス家に子供の頃からお仕えしおります侍女のシェリルでございます。

私はその時、相当驚いておりました。

小さいころからダグラス家の次男であるロイド様にお仕えして15年。今まで私は彼の本当に笑った顔を見たことはありませんでした。

親族の方や年の近い他貴族の方との間でなされる乾いた笑顔は見たことがありました。しかしそれは思い出し笑いのような感情のない作り笑いでした。
今は私に変に勘繰られたことに対する照れたお顔をなされておられます。

主人に対して抱いてはいけない感情ですが私はその時、不意に彼を可愛いなと感じてしまいました。

あの鉄壁の仮面を崩せる方がいたとは。

と、そのような考えを抱いていると、すぐにいつもの無表情に戻っておられるロイド様から叱咤が飛んできました。

「どうしました?何か言いたいことがあるなら言いなさい。」

「はい。申し訳ありません。いえ。何か楽しいことでもありましたか?」

「ん?ああ。そうか。ありましたね。」

「私も子供のころからロイド様にお仕えしておりますが、ロイド様のそのようなお顔は初めて拝見いたしました。」

「そうですか。…………とりあえず夕食の用意をお願いできますか?」

「畏まりました。」

ロイド様は私の口角が少し上がっているのを確認すると、私を遠ざけようと夕食を頼みました。

そういった行動をとられることも珍しく、私はキッチンへと向かう途中も笑みが消えませんでした。

そもそも、私はこのダグラス家が好きではありませんでした。

私はもともとダグラス家に仕える家の者ではありましたが、前領主ゲイル・ダグラス様は私を慰み者としてダグラス家に呼びました。

彼は所謂、好色家であったそうです。

しかし、なぜ年端もいかぬ私のような小娘が呼ばれるのかという疑問もありました。
私の家もダグラス家の言うことには絶対服従でしたから、それは仕方がないと思いながらも不安と恐怖心がある中、ダグラス家の戸を叩きました。

しかしながら、私はロイド様専属侍女として働くことになりました。

それは、ロイド様が領主様に掛け合ってくださったからだとのちに分かりました。

それからは、この鉄仮面をずっとつけて外さぬ主人のもとで働いているのです。

その後、前領主様はお亡くなりになり、長男で跡取りのデイル・ダグラス様が現領主となりました。

ロイド様は頭も賢く、顔立ちも良く、学院も優秀な成績をお修めになったそうでしたが、何故か貴族区の税機関へとお入りになり、今はダグラス本家とは違った別宅で暮らしておられます。私以外に侍女や、コック、掃除人を雇われないのも謎です。

しかし、私はこの暮らしに満足しております。

最近では、ロイド様もよく笑っておられ、私もその姿を拝見し、心が跳ねて楽しい気持ちになるのです。

 

 

 

「ああ。そういえば、シェリル。もうすぐこの家はなくなるかもしれないから、次の働き口を探しておくけど、どんなところで働きたいですか?」

それは青天の霹靂。

寝耳に水。

思いもしない言葉でした。

「……………………えっとどういうことですか?」

「ああ。ダグラス家は遅かれ早かれ潰れると前から言っていましたが、もう時間の問題なのです。私も何とかしようと考えてはいましたが、兄様は手を出してはいけないところに歩を進めてしまったのですよ。細い道も突き進めば、大きな道に出るとは言いますが、小者だと思っていた我が兄の後ろからあのような人間が出てくるとは思いもしなかったのです。力及ばず申し訳ないのですが、結果、ダグラス家は貴族の地位をはく奪されるでしょう。もしくは…………」

「えっと仰っている意味がわからないのですが…………。この家はなくなるのですか?」

「そうですよ。」

「でしたら、ロイド様はどうされるのですか?」

「そうですね。私も畑がしたいですね。」

「はい?」

それは全くもって意味の分からない言葉でした。彼は税務機関においても異例の出世をはたし今は第三区の管理税務官まで上り詰めた人です。
そんな方が平民と同じく畑をやりたいとは…………意味が分かりません。

私は考えていることが顔によく出るらしく、この時もロイド様は私の訝し気な表情を見て苦笑されておりました。

「いえ。私にはあの手の仕事は向いていないのですよ。書類の山に埋もれて生涯を過ごすのも飽きてきましたし。ならば彼のように畑で汗をかくのも一興というものです。とにかく、シェリルの働き口は保証するので安心してください。」

「……………………は。はい。」

私は理解できぬまま、ただ主人の言葉に頷くことしかできませんでした。

その話の真意を知るのはもっと後のことになります。

ダグラス家の現領主は表では、税の再見積もり案を通し、民衆を味方に付けてはおりましたが、裏では全く違うことを行っていたそうです。

ロイド様はすべてを分かった上で何度も兄を説得したそうですが、聞く耳を持たずにまだ愚行を重ねていったそうです。

税管理官の中にもその派閥はあり、この事案が王国に知れ渡るのも時間の問題だというのも分かる話でした。しかしながら、我が家が消えるというは全く想像もできない話なのです。

彼の兄が他国と共謀しようが、金のない人間を売り飛ばそうが私にとってはどうでもいいことでした。それは私のような侍女には関係のない話ですから。

しかし、ロイド様は悪を嫌い、善に従う。

彼はあまりに真面目なために前領主とは袂を分かち、現領主とも折り合いが悪い。

彼が前々からダグラス家の悪行を止めようと画策していたのは知ってはおりましたが、その彼がこう言われるということは彼の知略をもってしてもデイル様は止められないのでしょう。

この後、どのようになるかはロイド様の言葉から分かります。

しかし、彼は結局逃げないのでしょう。

その場から、すべてを放棄して逃げるだけの力をもっていながら。

他の地でもやっていける才能を持ち合わせていながら。

私も言われたらいつでも付いて行く準備はしております。

しかし、彼は何も言ってはくださらないでしょう。

ロイド様は結局、最後まで私に何も言ってはくださらないのです。

 

 

 

 

 
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